第百七話 小さな鳥が、殻を破ったその時
指先が触れた瞬間を思い出すように、ハッと意識が上昇した。みんなは、白桜はどうなったの?雛丸は不安になりながらも辺りを見渡した。そこは左右が鏡のようになっており、上下が水面のようになった摩訶不思議な空間だった。雛丸が軽く動くたびに水面に波紋が広がる。雛丸は左の鏡にうつっている自分に軽く驚きながらそちらへ近づいて行った。此処がノエが作り出した世界なら、何処かに出口があるはず。鏡に触れると指先が触れた白桜を思い出した。白桜は強いから、きっと、大丈夫。そう思った時、目の前の鏡にうつる自分に違和感を持った。怪訝そうに顔をしかめていると誰かが、笑った。
「《隠してるくせに、酷いね》」
「え!?」
目の前の鏡が、しゃべった?!驚き身を引く雛丸の目の前の鏡から彼女にそっくりなもう一人の雛丸が抜け出してきた。雛丸にそっくりだけれど、雛丸じゃない。すぐさま雛丸は警戒し、ナイフと短刀を構える。面食らう雛丸の前でそっくりで正確には違う、もう一人が笑う。もう一人の雛丸は黒い軍帽をかぶり、瞳が鉄色をしている。ナイフと短刀を持つ手が逆になっていたりとやはり、雛丸ではない。先程の言葉はどういう意味だろう?知っていながら雛丸は知らんぷりをした。だがそれが気に食わなかったのか、もう一人の雛丸ー瞳が鉄色だったのでテツとしようーがクスクスと嘲笑う。
「《認めたくないんでしょ?なら、なんでそうやって証を作って、日の光を浴びさせるの?キミが弱いからでしょ?》」
「……違う。なにを言いたいのかわかんないけど、違う!」
敵。そう確信した雛丸が二つの刃を構えるとテツはクスクスと笑い、背後の鏡を蹴り、雛丸に向かって跳躍した。まるで心の奥の底にまで侵入するような感覚を振り払いながら、迫るテツの攻撃をナイフと短刀を交差させて防ぐと力任せに違う方向へ吹っ飛ばした。くるんくるんと空中で回ってテツは着地するとすぐさま跳躍した。片足で水面を強く蹴ると水が弾け飛んだ。上段から振り下ろされた二つの刃をかわし、今度はこちらから攻撃を仕掛ける。短刀を目を狙って振り回すがそれを短刀で防がれる。すかさずナイフを振り上げながらそれと同時に片足を振り上げる。足はテツの肩に乗っかった。そのまま足に体重をかけてテツの振られたナイフから逃れるように跳躍すると、テツの背中に蹴りを放つ。前方につんのめって行くテツに向けて束にした刃を振り下ろす。が、テツの姿はなかった。驚き、周囲に視線を向ける雛丸の首筋を掻き切るように刃物が振られた。慌てて横に回転してかわし、片膝を立てて確認する。
「…なるほどねぇ~本当にボクだ」
「《認めたいからと平気で嘘をつく。その事を、知っているのかな?》」
目の前で雛丸の固有能力を発動させたテツがくるくると楽しそうに回っている。心の何処かで思っていた。自分と同じなら固有能力もって。今それは、確定された。雛丸は首筋に軽く刻まれた傷を軽く撫でると大きく足を踏み出し、テツに迫った。テツも雛丸に向かって迫る。ガキン、と甲高い音を響かせて刃物四つが交差する。グルンと交差しているナイフを引き抜き、短刀で二つの刃を絡めると雛丸はナイフを振った。が、素早い動きでテツが後退しそれを回避したかと思うとまた雛丸に接近し、爪先を顎目掛けて振り上げた。頭を後方へ引いてかわすと態勢を低くし足を刈るように膝にナイフと短刀を振った。切った感触はあったが、すぐにテツは素早い動きで退避した。固有能力発動時じゃあ、通常時のボクだと間に合わない。
「〈乱舞・双〉」
雛丸は自身も固有能力を発動させ、強く水面を蹴った。テツもほぼ同時に回るようにして跳躍し、二人の刃は再び交差した。雛丸は少し距離を取るとテツのナイフを弾き上げ、大きく頭上へ跳躍。二つの刃を素早く振り下ろすがテツも素早くそれを防ぐ。激しく、素早い攻防戦が繰り広げられる。その時、テツの腕にナイフの切っ先がかすった。そこを狙い、雛丸は手首を狙って短刀を振った。手首に突き刺さったためにナイフが弧を描いて水面に落ちた。ポチャン、と云う音がこの異様な状況を浮き上がらせる。雛丸は間髪いれずに腹へ蹴りを放ち、痛みに歪んだテツなど気にも止めずにその足を振り上げた。上へ飛んで行くテツに追い討ちをかけるように雛丸も大きく跳躍する。すると跳躍してくる自分を見て何故か、テツが笑っていた。その笑みの意味が分からずイラッとした雛丸は叫ぶ。
「なに笑ってんの?!」
「《えぇ?わからないはずないでしょー?今さら認めたって、もう遅い。だからその体、ボクにちょぉだい?》」
まるで伸ばされた手が自分の眼球を抉ったような痛みに雛丸は目を見開いた。けれどそれでも空中で交差した刃は離れない。一つだけになった刃を巧みに操り全ての雛丸の攻撃を防ぐテツ。一方雛丸は、肩で息をしていた。この固有能力は体に大きな負担がかかる。だから連続で使用するには向かない。使用するにしても数分でも良い、時間をおかなければならない。雛丸は、その効果が切れ始めていた。テツは依然として効果は継続しており、体に負担がかかっている様子はない。あり得ない!雛丸は唇を噛み締めながら、ナイフを大振りに振った。途端、ガクンと体が傾いた。効果が切れ、体力が一時的に落ちたのだ。そこを狙わないわけがない。テツは落下し始めた雛丸の腹に向かって踵落としを食らわせる。咄嗟に避けれなかった雛丸はそれを真に受け、勢いよく落下していく。バシャン!と水面に強く叩きつけられた雛丸は咳き込みながら起き上がろうとするが、効果が切れないテツがその上にゆっくりと降りてくると馬乗りになり、短刀をその首筋に突きつけた。体中が痛い。
「っ、ゲホゲホ…」
「《あ、痛かった?ごめんね?でも、それ以上に痛いものはあるよね。嘘をついた信頼されない過去なんて、要らない。ねぇ、そう思わない?》」
うん、そうかもしれない。でもね、ボクは、
「嘘なんてついてない。認めたくはなかった過去を認めるために、進むために証を作った。名前を刻んだ。ボクはもう認めてる」
「《それは、云うならば捨てたとも言うよね。キミはそれでも弱いんだよ。それを認めなよ》」
ス、と首筋に短刀の切っ先が食い込み、血が伝う。ケラケラ嗤うテツが煩わしい。そうだよ。最初は認めたくなかった、あんな過去。でもそれでも、ボクは認めることで強くなれた。白桜と共有し合う事で、話すことで楽になれた。支え合う事でボクは、大人になれた。それをこの名前が、白桜との意思の証が教えてくれる。ボクを強くしてくれる。認めたいから、ボクはその嘘だと叫んでしまうような過去も抱きしめるよ。優しくボクを見守ってくれた白桜のように。
「捨ててなんかいない。ボクの心にしっかりと刻まれてる。それはこのボクに表れてるよ。そんなこともわからないの?」
「《……強がりはやめな、よ~》」
「強がってなんかないよ。事実だもん」
テツの顔が苦痛と云うかなんと云うか少し複雑に歪む。痛んでいた体は既に動く。固有能力も休んだから使える。怯んでいる、困惑している今が、チャンス。
キミがボクを取り込む鏡なら、うつっているのは、
「ボクは過去もその先も大事に抱きしめて、自分の糧にする。認めて強くなる。意味がある限り、ボクには分かってる、信じてる!〈乱舞・双〉!」
認めたくなかったボク自身!
そう力強く叫んだ雛丸にテツは一瞬怯んだようだった。その隙を今度こそ逃しはしない。馬乗りになっているテツの顎に向けて手を突き出した。突然の事にテツは何も出来ずに顎を押され、後方に倒れ込んだ。そのまま後転しながら立ち上がるテツ。それよりも早く雛丸は勢い良く立ち上がると二つの刃を横に出し、構えた。立ち上がったテツの目が見開かれた。今さっき立ち上がったばかりだと思っていた雛丸は既にテツの目の前にいた。猫のように、刃のように鋭くなったその瞳をテツに向け、雛丸は大きく刃を振り払った。
チャポン、と水面を力なく歩く雛丸の足音が響いた。両膝をつきながら座り込む。効果の代償だろう。途端に別の大きな水音が響いた。力なく後方を振り返るとうつ伏せの状態でテツが倒れ込んでいた。その手に短刀を大事そうに握りしめ、嬉しそうに目を閉じていた。こちらを見た雛丸に気配で気づいたのか、テツはにっこりと微笑んだ。それに雛丸は大きくため息をつきながら、二つの刃を大切そうに抱きしめた。
連休だー!もう一日終わるけど!
とりあえず、進めます!




