第百五話 不安鏡
読み方は二通り。「ふあんのかがみ」と「ふあんきょう」。選べなかったんだ…←(言い訳)
「ノエ、それがあいつの名前だ。武器は鏡。だが、特殊能力となった今、その効果は不明だ」
薙が告げた言葉に少女は満足そうに笑った。ニィと口角を上げて、三日月のように微笑んだ。そして少女は再び鏡を優しく撫でた。
「知ってるんだね。嬉しいな。でも、今からそれは無意味だけど」
その強調された言葉に紅葉達は我知らず体を硬直させた。なにかくる、そう思うのは当たり前だった。
少女、ノエは透明な髪質で色は白と言っても空色と言っても通じてしまう、中間の色で長さはセミロングで左側に三つ編みを編み込んでいる。瞳は虚ろで光がない。服は白のオフショルダーで腹を見せており、下は薄い空色の膝上までのミニスカート。焦げ茶色のロングブーツを履いている。
ノエはふふっと笑うと紅葉達を見た。来る、そう瞬時に感じ取り、先手必勝で紅葉、薙、雛丸が飛び出した。白桜はその背後で扇二つを交差させ共通能力を発動させる。
「〈過激闘志〉!」
扇二つから放たれた五色の光が飛び出した行った三人の武器に付与される。だがそれでもノエは慌てる事なく、余裕綽々と言った表情だ。鏡で紅葉達を捕らえているからだろうか。はたまた特殊能力があるから余裕綽々なのだろうか。一足先に辿り着いた紅葉がノエに向かって大鎌を振りかぶった。ノエは一瞬の隙に大鎌と自分の間に鏡を滑り込ませるとそれで防ぐ。パリン、と音がして鏡が紅葉によって砕け散った。壊れ、倒れていく鏡を足場に雛丸が軽やかな動きでノエに接近する。ナイフと短刀を首筋を挟むようにして振るが、彼女はそれを紙一重で横にずれてかわす。そしてその背後にいつの間に回り込んだのか薙と白桜が現れ、無防備な背中に刀と扇を振り下ろす。しかし、一瞬の隙にノエは忽然と姿を消していた。攻撃しようとしていた二人に至っては突然の事に目をぱちくりとさせている。
「(まるでリンの、)」
影みたいだ。そう雛丸は考えた瞬間、慌てたように後方を振り返った。雛丸の予想通り、そこにいたのはノエだった。雛丸に釣られるようにして振り返った彼らも驚いたようだった。リンの影に潜るようなものと似ている。恐らく、彼女の場合は四方八方を囲む鏡が移動手段なのだろう。そう考えたのは雛丸だけではなかった。紅葉が薙の耳元に口を寄せ、ノエに聞かれないように云う。
「あの子、捕まえる?その方が良いよね」
「いや、恐らく双璧のような事は相手にはもう効かない可能性もある」
「でも、試してみる価値はあるよ?」
紅葉の真剣な声色に薙はうむと悩む。雛丸に意見を求めるとやる価値はある、と云うように頷いていた。これで決まった。そう彼らは視線で確かめ合う。だが、取り込むと言っていた彼女も動き出す事に決めたようだった。紅葉が跳躍しようと足に力を入れた、次の瞬間だった。ノエが紅葉達を指差した。突然の行動につんのめった紅葉。そんな彼らを気にする様子もなく、ノエは、命じる。いや、静かにそれでいて不気味さを孕んだ声で言う。
「〈もう一人の自分〉」
「「「「!?」」」」
途端、紅葉達を囲んでいた鏡達が動きを止めたかと思うと四枚が紅葉達の前方に頭上から降ってきた。突然の事に動きを止めた彼らは目の前に現れた鏡に違和感を覚える。ユラァと鏡の表面が揺れたと思った、次の瞬間、鏡に誰かが映った。鏡にうつった誰かは一様にニィと口角を三日月のように上げて嗤った。その笑みは、よく知っているもので。
「お気をつけください!これは…普通ではありません!」
白桜が緊迫感を孕んだ声で叫ぶ。警戒しつつも自分達を狭く囲んだ鏡四枚を睨み付ける。何が起こるの、検討もつかず、それが恐怖を煽るが逆に「勝ってやる」と云うその決意が心を奮い立たせた。その時、雛丸の視界に恐ろしいものがうつった。鏡にうつる誰かが白桜に向かって手を伸ばしていたのだ。
「白桜!」
思わず白桜に向かって手を伸ばしながら叫ぶが、彼の方を振り返った瞬間、雛丸の後ろに佇んでいた鏡から誰かが上半身を乗り出してきた。そして雛丸に抱きつくようにしてその身を捕らえた。その尋常ではない異変にいち早くも白桜が気付き、自らも雛丸に向かって手を伸ばす。だが白桜の体も鏡から抜け出してきた誰かによって捕らえられる。二人の、片割れの瞳の色が塗られた証の指先が絡み合う事はなかった。微かに触れて、離れて行った。突然の出来事に目を見開き、驚いていたのか、はたまた片割れを捕らえた輩を見て驚いていたのか。今になってはもう分からない。驚愕する紅葉と薙の目の前で二人は鏡に吸い込まれた。いや、吸い込まれたと云う表現があっているのかさえ怪しい。呑み込まれた、引き摺り込まれた。
「雛丸!」
「兄さん!二人になにしたの?!」
薙と紅葉が叫ぶ。自分達の周りをゆっくりと回り始めた鏡と鏡の間から紅葉がノエを睨み付ける。此処からでは大鎌は届かないし、鏡に二人が引き摺り込まれた以上、むやみやたらに攻撃できない。ノエはその事を知っているのか笑うばかりである。
「ねぇ、あなたたちは勝てるかな?もう一人の自分に!」
「?!ってことはまさか?!」
悦に入ったような笑みを浮かべるノエの言葉に薙は声を失った。紅葉が勢い良く鏡を振り返る。まさかさっき見えたのは、もう一人の自分だとでも云うのか?そう鏡を凝視していると内側でなにかが揺らめいた。あ、ヤバい。そう思うのが早かったか、行動に移すのが早かったか。紅葉は大鎌を軸に薙に向かって手を伸ばした。先程と同じようなことになるかもしれない。もう一人の自分がどんなのか検討もつかない。それでも…!紅葉が苦しそうにしながら手を伸ばした意味が分かったのか、薙も手を伸ばした。二人の手は絡み合った。が、それは一瞬の出来事ですぐさま二人は抵抗の隙も与えられずに鏡に呑み込まれてしまった。鏡に引き摺り込まれた一瞬、紅葉はなにかを見た気がした。
紅葉達を呑み込んだ、引き摺り込んだ鏡四枚はノエの方向を向いてまるで兵隊のように規律正しく並んだ。それにノエは満足そうに笑って先程まで自分達を囲んでいた別の鏡を撤退させるとクルリと振り返った。薄い空色のスカートが、透明感溢れるスカートが揺れ動く。
「ねぇ、どっちが勝つかな?気にならない?」
ノエは自分の背後にいた別の『勇使』に向かって笑いかけた。その無邪気な笑みに『勇使』が苦笑をもらしたのは云うまでもない。
取り込まれるっていうか、こういうのは一度やりたかったし入れたかった。満足!←




