第百二話 戦いの狼煙は、切って落とされた
どちらかと云うと最前線にいた紅葉達は火花が切って落とされたと同時に飛び出した。目の前に同じく飛び出した化け物が大きく爪を振り上げている。その化け物に向かって大鎌を振り回す。が、それを軽くかわされてしまい、紅葉の方へ大きな拳が落ちてくる。その一撃を後方へ地面に手を着けて軽く回転しながら避けると振り下ろされた拳に向かって大鎌を振った。ガキン。やはり、強化されているか。大鎌で切りつけたはずなのに拳は金属のような音を奏でた。ニヤリと嗤ったのは化け物だった。もう片方の拳を紅葉に向かって振り回す。だが、笑ったのは、紅葉もだった。紅葉はコンクリートに食い込む拳から腕へと飛び移る。そこへ彼の背後から雛丸も参戦し、二人は視線を合わせて頷き合う。と雛丸が腕を蹴り上げ、振りかぶった拳の方へと飛び移った。突然、両腕に飛び移られた化け物は慌てた様子を見せたが、気を取り直して二人を振り落とそうと動き出す。しかし、それよりも先に紅葉の大鎌が化け物の首筋に食い込み、雛丸の二つの刃が化け物の腕に食い込んだ。二人共に容赦なく刃物をグルリと回す。その痛みに化け物が悲鳴をあげながら暴れる。すると今度はその動きを制限するように突然、鎖が化け物を襲った。先程の傷や関節に容赦なく食い込んで行き、動きを制限し、怒りを上昇させていく。その間にも二人は次々と追撃を与えて行く。が、その時、バリン、と鎖が化け物の力によって砕け散った。まさかの事態に紅葉と雛丸は驚き、動きを止めた。その一瞬の隙を狙い、化け物が二人を振り落とし、拳を次々と落としていく。それを紙一重でかわして行きながら、紅葉と雛丸は顔を見合せて笑った。
紅葉の前方で薙が手を伸ばしている。その手を何を云うまでもなく、掴むと遠心力をつけながら化け物に向けて吹っ飛ばした。それと同時に巨大化した白桜の二扇が化け物の頭上から振り下ろされる。化け物はそれを辛うじて察して片手で扇を弾いた。その扇はいつもの大きさに縮み、白桜の片手に舞い戻る。が、白桜はクスリと笑い、巨大化している扇に向けて指示を出した。扇が足場となって跳躍していた薙がさらに大きく跳躍する。彼女に向かって手を突き出す化け物は、この後、自分の行動を恥じた。手首に突然、凄まじい痛みが走ったのだ。そしてその手首は大きな音を立てて落下し、こんにちはとなった顔に薙が刀を振り下ろした。予想通り、丹念に守っていた顔が弱点だったようだ。大きな体のわりに弱点は広いようだ。ビリビリと下に降りるついでと言わんばかりに薙が顔に刀を突き刺し、体重をかけて下へと持って行く。顎の辺りまで来たところで化け物は身動き一つしていなかった。素早く飛び降り、紅葉と合流する。倒された仲間なんぞ知るものかと別の化け物が邪魔だとその化け物を両断して進行してくる。紅葉と薙、雛丸と白桜はそれぞれ背中合わせになり、色とりどりの絨毯となってやってきた化け物の群れと対峙する。
「行くぞ紅葉!」
「任せてよー薙ちゃんっ!」
「準備オッケー?白桜」
「十二分すぎるくらいです、雛様」
一斉に襲いかかって来た化け物の群れに向かって紅葉が大鎌を振り、数体を一気に削って行く。削り損ねた化け物の懐に薙と雛丸が潜り込み、急所を的確について行く。それでも倒れない化け物達に向かって踊るような白桜の追撃が最期の一撃を加えて行く。頭の上で大きく大鎌を回し、目の前にいた化け物に向かって振り下ろす。その脇を通りすぎながら、彼の背後にいた化け物に向かって薙が刀を突き刺し、躊躇なく、刃を突き上げる。クルンと回り、化け物の足を刈ると倒れ込んだ化け物の弱点に狙いを済ませて短刀を突き刺す。横目に迫った化け物にもナイフを振り切る。その反対側から迫った化け物に白桜が背後から近づき、体の中から引き裂くように攻撃する。切っても切っても、倒しても倒しても化け物は減らない。やはり、元凶である紅を倒さないことには何も終わらないのか。一瞬そう思いながら、懐に手を差し入れる。後方支援部隊の銃声や弓の音が背中は任せろと言ってくる。紅葉は伏せていた瞳をあげ、舞うように武器を振るう薙と雛丸に叫ぶ。
「薙ちゃん!雛丸!ちょっと時間稼いで!」
「えぇ~?なにやる気ー?」
「良いから!兄さん!」
「おや、私もですか」
「まぁ、時間稼ぎしてやろうじゃねぇか」
薙が紅葉の隣から飛び出すように跳躍すると地面に大きく踏み込み、そこを軸に刀を大きく振った。真っ二つに裂ける化け物にいつの間にか跳躍していた雛丸がトドメを刺して行く。紅葉はそれを確認しながら懐から十二枚の紙を取り出す。その数に気づいた白桜がなるほどと笑った。兄弟達は背中合わせに立ち、紅葉がバッと十二枚の紙、式紙を放つ。十二枚の式神が兄弟達を囲む。紅葉と白桜は片手を繋ぐ。こうすれば、力を籠める効力が上がる。兄弟のやり方では、だが。血が繋がっているからこそ、だった。白桜は片方の扇を自分の胸の辺りで浮かぶ六枚の式神に向けて伸ばし、紅葉も大鎌を彼と同じように向けて伸ばす。紅葉の大鎌には紅い葉が、白桜の扇には桜の花びらが舞う。薙と雛丸が化け物を蹴散らしては増えて行く。タイミングは、今だ!
「兄さん!今!」
「〈十二支ノ系譜〉!」
兄弟達二人分の葉と花びらが彼らの足元に向かって勢い良く下降し、くるくると回転する。そして描き出したのは二重の円。中の小さな円と外の大きな円の間に、空に浮かぶ式神と同じ位置に文字が刻まれて行く。それは十二支。刻まれた文字は式神のように空に浮かび、仄かに光る円の光と葉と花びらを吸収していく。そして、兄弟達の名残を纏いながら紙にそれぞれ文字が刻み込まれ、その姿を現す。それらは大きな動物であったり、その動物の名残を残した人型であったり、はたまたその動物を模した巨大な武器を持ったりとまさに十二人十二色であった。彼らー十二体なのか十二人なのか、はたまた十二枚なのか不明だがーは再び集まりつつある化け物を睨み付けるように立っている。突き出した手をそのままに、兄弟達は彼らに指示を飛ばした。
「吹っ飛ばしちゃえ!」
「片付けなさい」
彼らは背後の兄弟達に了承の意で頭を下げ、そして化け物に向かって勢い良く飛び出した。時間稼ぎをしていた薙と雛丸が紅葉と白桜のもとへと後退してくる。その間にも獣や人型、大型武器を持った式神達は迫り来る強化された化け物達と戦闘を繰り広げている。どちらかと云うと優勢のようだ。それもそのはず。紅葉と白桜兄弟二人分の力を合わせて召喚された式神達だ。そうそう簡単には倒れない。紅葉側にいた六体には彼の攻撃力と瞬発力が、白桜側にいた六体には彼の防御力と支援能力が備わっている。コンビネーションは抜群だ。
周りでも闘いは激しさを極めていた。傷を負い撤退する『勇使』や消えていく化け物。耳に入れられたインカムからは多くの怒声が響いている。
「!?」
その時、前方から波動のような殺気を感じた。思わず前方を睨み付けると化け物の群れが真っ二つに割れた奥の方に一人の少女が立っていた。瞳から光が失われていることから紅側であるのは容易にわかった。だが、それ以前に可笑しいのだ。彼女は何故か、こちらをまっすぐ見つめているのだ。それに胸騒ぎがした紅葉が大鎌を構える。とそれと同時に少女がこちらに向かって跳躍してきた。




