第百一話 絶望の色、紅なり
嗤った紅のその笑みは口裂け女のようでもあり、三日月のようでもあり、狂気にまみれていた。その笑みに親しみなど皆無であり、尋常ではない事は明らかだった。紅は薙と雛丸を横目に眺め、その笑みのまま、目をかっ開く。
「ふふ、ふふ。さすが、とで云えばいいのかな?そうさ、僕の本当の目的は、世界を消すこと」
『『?!』』
続け様に落ちてくるように降ってくる真実に口が開いてしまう。絶望を与えるために、世界を消すのか。はたまた絶望と云う感情が本当の紅を覆い隠し、世界を消すと云う行動を起こさせたのか。全然わからない。紅は驚く彼らを尻目に演説するかのように、語りかけるように話し始める。
「だって、大切な人がいない世界なんて要らないでしょう?要らないなら、壊せば良い。だったら、何処から壊す?僕は未来と云う異空間から来た。未来の世界を壊すには、その前から壊さないと完全じゃない。だって、未来を壊しても過去が生きていれば、未来は生まれてしまうのだから。だから、この世界に来た。要らない世界を壊して、もう一つの未来を潰しに行く」
「…狂ってる」
萊光が呟いたその声色には微かな恐怖が宿っていた。目の前にいるのは来訪者なんて可愛いものではない。破壊者だ。絶望し、未来も過去も恨み、妬み、そして歪んだ狂人。明らかに、尋常ではない。
「狂ってるのは知ってるさ。でも、それを与えたのもまた運命であり世界。ならば、壊すことも運命だろう?片割れは、それに同意してくれた。"大切な人がいない世界は要らない"と。また僕はこうも言ったかな。"生き返る"とも。間違ってはないだろう?未来が消えれば、生き返る」
「そんな戯れ言、真実になると思うか。世界同士の干渉を、破壊を目論んだ時点で貴様は人間でもなんでもない。絶望と云う感情を盾に取った狂人に過ぎない」
帝のきつい言い分はもっともだ。だが紅は「失礼だなぁ」と云うように軽く笑っただけだった。それが彼の意思の強さと云うか、感情の強さを物語っている。紅の大切な人とは一体誰のことなのだろう?未来の紅葉と云うくらいだ、失ったのは白桜か、または薙か雛丸か。彼が何処で絶望したかわからない以上、誰の事を言っているのか検討もつかない。
「でもね、帝。僕が此処を壊す事で絶望はまた増える。その絶望は僕のように変化する可能性だって皆無じゃないでしょう?」
「第二の貴様を生む目的もあるわけか」
「ご名答。異空間の僕が此処に降りた事で感情は異変へとその姿を変えた。あり得る事なんだ、全ては」
紅の言い分に紅葉は無意識のうちに大鎌の柄を強く、強く握り締めていた。握り締めすぎて血の気が引き、白くなってしまっている。それほどまでに怒っていた。彼は『隻眼の双璧』のように絶望を受け入れた。何があったのかなんて、知らない。でも、それでも紅に同情してしまう気持ちも何処かにある。けれど、これとそれは、違う。
「それでも、この日常を壊したのは紛れもない君だよ。ありふれた幸福も、ありふれた不幸も、全て壊して無に返しても何も解決なんてしない!」
「そのような一つの感情で世界が壊されるのならば、世界は既に存在していないでしょう。それは単なるわがままに過ぎません。貴方は未来を放棄した、ただそれだけです」
同じかどうかわからないが、絶望を味わった紅葉と白桜が言う。解決なんてしないのだ、その気持ちはその感情は。いつか人は朽ち果てる。運命といえばそれまでだ。だが、抗いもせずに全てを無に返すだなんて、それは弱者のする事だ!君が世界を絶望と云う、大切な人がいないと云う事実で壊すと云うならば、良いよ。僕達はそれを全力で防いであげよう。こっちだって、簡単に「はい、そうですか」と受け入れられるほど馬鹿でもなんでもない。
帝は全員の思いに気づいていた。破壊と日常、どちらを取るかだなんて決まっている。
「交渉決裂、だな。私達は、抗うと云う行動をしよう。破壊なんてさせやしない。感情に飲み込まれた死神か、それとも意思を持つ私達か。最終決戦で勝負をつけようじゃないか」
帝が片腕を振り上げ、叫ぶ。それに紅は一瞬、キョトンとするとふふっと小さく笑った。その笑みは何処か愉快そうであり、悲しそうでもあった。両者が武器を構え出す。静かな空間にピリピリと肌が痺れるような、触れたら切れてしまいそうな、そんな感覚が充満する。スッと紅が片手を上げた。それと同時に帝も片手をあげる。どちらが先にその手を下ろそうとも、最終決戦は免れない。勝つのは、自分達かそれとも相手なのか。負けるのは、相手かそれとも自分達か。もうわからない。その未来を、過去を、運命をその目に映し出すのはどちらだろうか。そして、二人の手がほぼ同時に振り下ろされた。
「さあ、絶望を見せてあげな!」
「貴様ら、私達の実力を愚かな侵入者に見せてやれ」
そうして、化け物達と『勇使』達が一斉に跳躍した。
さあ、勝つのは、どっちだ?
紅葉達の絆は強いですが、それと同時に危険も孕んでいるような気がします。もしかすると、紅は危険を取ってしまったのかも…?なんて
さあ、バトル開始!




