第九十六話 絆で結ばれた指と指
大広間を出て行った彼らを見送り、『勇使』達が帝からの説明を咀嚼し、脳に染み込まさせるためにざわざわとし始める。それらを眺めながら帝は萊光に云う。
「…どう思う」
「どう思うって?」
「彼が暴走した原因は、いままさに起こる可能性がある。それが此処でもう一度、起きた場合、第二の紅を産み出しかねない。絶望は、何を生み出すのか」
「それなら大丈夫だろう。彼は、すでに決めているようだからな」
「そうか。紅がこの世界に来た理由も、目的もいまだに不明だ。迎え撃つならば、万全の態勢が良い」
「嗚呼。紅は、意思を持ちながら暴走していた。その暴走の原因が全ての元凶なのだろうか……」
「それは、運命としか言えないだろうな。紅が何を思ったのか、それゆえに何を考えたのか。ただわかることは、違うと云うことだ」
萊光は軽くフッと笑った帝の前方に回り込むと跪いた。その行動の意味が容易に分かってしまい、帝は再び笑った。そして、薄暗い、冷たい天井を見上げた。
「……運命、か」
挙げかけたその手に握りしめたものは
…*…
「……っ、はぁ…」
紅葉は一旦立ち止まり、息を整える。肩が大きく上下に動くのが、自分の困惑を痛々しげに表している。紅葉はどくどくと鼓動を刻む心臓辺りの服を強く握りしめると背後の影に寄りかかり、ズルズルと座り込んだ。
「はっ…未来の僕?なんで、何があったの?!なんで、こんな事をするの?理由が分からないよ……」
頭を両手で抱え込み紅葉はそう叫ぶ。意味がわからなかった。最初は薙ちゃん達と帝の任を遂行しているだけだったのに…『隻眼の双璧』に執拗に狙われて、闘って勝って、安心した。二人の言葉から『勇使』が死んでるんじゃないかとは思ってた。でも、此処まで壮大だとは思わなかった!なんで、紅は相方を狙うの?何が目的なの?ねぇ、なんなの!!
「「「紅葉!」」」
その声に紅葉は茫然と顔を上げた。こちらに向かって薙達三人が駆け寄って来る。大切な仲間、大切な友人、そして大切な家族。無意識のうちに紅葉は三人に向けて手を伸ばしていた。目の前が突然、真っ黒に塗り潰されてしまったかのようだった。怖かった。真実を知りたかった。その真実の裏に、恐怖を経験してしまったかのようだった。
「紅葉、落ち着け。困惑しているのは妾達も同じだから、な?」
紅葉の手を掴み、薙が彼を落ち着かせるように云う。雛丸が紅葉の前に座り込み、白桜が紅葉の隣に腰を軽く屈めて立つ。
僕がいなければ、そうすれば…あの時の否定の声が甦る。あれは、合っていたの?
「……ねぇ、僕が悪いのかなぁ?」
「っ、え」
「紅は、僕なんでしょ?僕なんか生まれてこなかったらこんなことにh」
パチン、と乾いた音が響いた。紅葉の頬に微かな痛みが走っている。薙と繋いでいない片手の指先で痛みが走る頬を、左頬をなぞった。その方向には顔を歪める、悲しみと怒りで歪める白桜が立っていた。振り切ったような片手が紅葉の頬を叩いたと云うことに気づいたのは、すぐだった。
「兄、さん…?」
「生まれてこなかったらなんて、言わないでください。紅葉は、私の唯一の肉親です。だからこそ、紅葉が生まれたから、お母様もお姉様も笑顔になれた。あの一瞬をも、貴方はいらないとでも言うのですか!?」
白桜の顔は少し、泣きそうだった。未来の紅葉が、紅がこの世界に来た目的なんて知ったことか。だから、「生まれてこなければ」なんて言わないで。もう、失いたくはない。
雛丸がクイッと紅葉の裾を軽く掴んで言う。
「あの時ね、紅葉が来てくれて嬉しかったの。白桜が、心から笑ってくれたから。キミは、存在して良いんだよ」
少し俯き加減に言われた雛丸の言葉は震えていた。薙が繋いだ紅葉の手の甲に真似のように口付けを落としながら言う。
「雛丸と白桜の言う通りだ。紅なんてお主なんかじゃない。お主と紅は、既に別人なんだよ。紅葉、お主は生きてて良いんだよ。勝手に"いなかったら"なんて言うな。さっきも言っただろう?妾達は、誰がなんと言おうとも紅葉の味方だ。例え、世界中がお主を批判し、否定したとしてもずっと、妾達は、お主を必要とし、信じ、味方だ!」
「っっ」
嗚呼、僕は。
そうだ、僕は紅なんかじゃない。此処に確かに存在している紅葉と云う人間なんだ。真実を追い求めた代償。君達がいれば、きっと、僕は大丈夫。
スゥと零れ落ちた涙の筋を拭って紅葉はにっこりと笑った。その笑みは、いつもの紅葉だった。
「そう、だね、そうだよね。ちょっと、混乱してた。でも、もう大丈夫だよ。ごめんね」
白桜を見上げ、紅葉が申し訳なさそうに顔を歪める。大切な人を失う気持ちは誰よりも分かっていたはずなのに、二人っきりになってしまったのに。白桜が叩いてしまった紅葉の頬を優しく撫でながら言う。
「叩いてしまってごめんなさい、紅葉」
「ううん、僕も傷つけるようなこと言っちゃったよね。ごめんなさい」
優しく撫でてくれた白桜の手に軽く頬擦りをすると兄弟達は安心したように笑った。大丈夫、此処にいる。そう思わせるように。雛丸が突然、勢いよく紅葉に抱きついた。紅葉が慌てた様子で片腕のみで受け止めると彼女は安心したように微笑んでいた。
「ふふっ♪紅葉はね、ボクと一緒に笑顔をみんなにあげる担当なんだよ?だから、わーらってー♪」
「ハハハ、ナニソレ!」
ハハハと、楽しくて笑ってしまう。楽しくて、この空間が心地好い。紅葉は薙の手を軽く引き、その手の甲に薙のように口付けを落とした。これは、けじめだ。そしてもう一度誓う。
「また、部下として」
「嗚呼、前からも、これからもずっとお主は妾と背中を合わせる、命を預けられるのは紅葉だけだよ」
「………うん、薙ちゃん!」
今度こそ、そこに大輪の華が咲いた。彼ら四人の手は固く重なり、絡み合っていた。
こめかみともみあげを間違えていたことに今更ながらに気づいた大馬鹿者はこいつです←




