第九十五話 複雑の意味
帝は委ねていた身を起き上がらせると真剣な面持ちで座る。そして、萊光に視線を移し、彼が頷いたのを見て、言った。
「今からその事について話そう。これは、複雑だ。全ての元凶、犯人、原因は薙達が受け取った伝言の主である神子が云うように紅と云う奴で間違いない」
「でも、よく知る人物ってのは、どういう事なの?」
雛丸が聞くと帝は少し困ったように笑った。それが複雑と云うことを強調している。帝は『勇使』達全員の真剣な表情を見渡し、満足そうに頷いた。
「よく知る人物と言ったのは、外見はそっくりと云う意味だ。中身は違う。だが、人によっては、よく知っている……紅は紅葉、もう一人の貴殿だ」
「……えぇ?!」
帝の言葉に紅葉が大きく声を上げた。もう一人の僕?!どういうこと?!それは薙達を含めた『勇使』達も同様で、混乱、困惑、驚愕していた。そうなるのは無理もないと言わんばかりに萊光がうんうんと頷いていた。
「はぁ?!もう一人?!」
「え?…えええええええ?!」
「なにそれどういうこと?!僕、此処にいるよ!?僕、双子だったとかじゃないよね?!」
「紅葉、落ち着きなさい。紅葉は双子ではありませんよ」
困惑し、慌てる紅葉に白桜が冷静に云う。もう一人と聞いて疑うのは自分の出生だが、白桜は紅葉の誕生に立ち会った経験があるため、双子説は否定される。だったら、なんだ?二重人格であれば、どうやって主人格から分裂したと云うことになるし、何がなんだが全くもって分からない。まさかそう来るかと思わなかった想定外の真実に彼らはざわめく。パン、と手を叩いて帝が静まれと促す。驚愕しながらも彼ならば、何故そうなったのかを教えてくれると分かっているので心中は混乱しつつも静まる。
「誰もが、特に本人である紅葉は混乱するだろうな。だが聞いて欲しい。もう一人の紅葉とは言ったがそれは同じ空間にいる場合でのみ使われる表現だ。紅は異空間、未来から来た紅葉だ」
真実がどんどん大きくなって行く。今度は未来と来た。そりゃあ紅葉の未来なのだから容姿は似ているだろうし、中身も変わるだろう。だが、一体全体どうしてそこまで飛躍した!?
全員が満場一致でそう思ったのが顔に出ていたのか、萊光はだよなーと空笑いをしていた。
「そう考えた理由としては二つある。一つは世界各国で起こっている異変だ。異変は狂暴な化け物の出現だが、それらはほぼ同時期に一斉に出現した。つまり、原因が現れた事によって異変が発生したと云うこと。少ししてから『勇使』に音信不通者が発生した事から異変と関係がないとは言い切れない。薙達の報告で『隻眼の双璧』が現れたと聞いた時、まさかと考え、萊光と他数名に頼んで調べたんだ。音信不通となった『勇使』の日時をな。するとパターンがあった。全ての国や都に左回りで音信不通者が出ていたんだ。一日単位で音信不通者が増えると同時に異変が一時期に激しさを増していた。此処までで私はこう考えた。"誰かが意図的に『勇使』を狙っているのではないか"と。『勇使』が行方不明となっても相方からどうにかして私達に連絡を寄越すはず。だがその連絡は来ず、一向に音信不通者は増えるばかりだ。そこで報告された双璧の言葉の意味を考えてみた。"再び"や"指示"と云う言葉から指示を出したのは『勇使』以外ではないかと予測した。そして『勇使』が標的ではなかったのではないかと考えた。双璧が攻撃を加えた件から、優勢順位が勝っている『勇使』になにかが起こり、それをどうにかしようと動いている可能性があると考えた。だが、殺すにしても何故特定の『勇使』を狙うかまでは分からない。だが、"再び"と云うと優勢順位を考えれば、容易く分かる事だった。『勇使』の死亡、そして相方の異常なる行動。そこまで考えれば分かるだろう。狙いは、『勇使』ではなくその相方だ。『勇使』の個人情報は私と萊光しか知り得ない。萊光に至っては『アルカイド』のみにとどまるが、私に至っては世界中の『勇使』の個人情報を記憶している。書類に至っては厳重に保管され、手を触れる事は誰も出来ない。場所さえ分からないだろう。ならば何処から漏れたか。そう考えるのは無理もないだろう。そこである『勇使』に固有能力を使用してもらったところ、可笑しな点が見つかった。その『勇使』は『アルカイド』の住人ではなかったのだが、自分の故郷で可笑しなものを見つけたと言うのだ。どうにかして来てもらえるよう思案していた最中であったため、驚いた。その『勇使』が云うに"この国では使われていない物質が微かだが見つかった。しかもその物質は何故か透明だった。この固有能力でなければ、わからなかっただろう"、と。私は他の国や都にその透明な物質について聞いた。だが、何処の国や都でもその答えは"ない"、"聞いたこともない"と云うことだった。つまり、透明な物質はこの世界に存在しないということ。それが異空間と考えた理由の一つだ」
長く話していた帝は軽く息を吐き、呼吸を整える。『勇使』が死んでいるのではないかと云う事は紅葉達も考えていた。だが、左回りで音信不通者が増えていたことも透明な物質が見つかっていたことも知るよしもなかった。紅葉達が『隻眼の双璧』情報を報告してすぐにそこまで考えたのだとしたら神子以上かそれ以上に作りが異なっている事になる。ゆっくり、ゆっくりと咀嚼して、全員が理解したと判断すると帝はもう一つの理由を話し出した。
「もう一つはほとんどついさっきだ。襲撃が起きた際、私は謁見の間にいた。避難指示等を出していて移動が遅れたんだがな。そこに紅がやって来た。萊光と一緒に謁見の間に残っていた『勇使』達は知っているだろうが、彼は"此処は変わらない"と言った。そして、自分の存在を示すように音信不通となった『勇使』達の個人情報を喋り出した。驚いたよ、音信不通者は『勇使』の誰にも告げていなかったんだからな。驚く私達に彼はもう一つ、言った。"自分は別の世界から来た"と」
「まさか…相手が言ったから、信じたの?」
雛丸が驚愕しつつも帝に問うと彼は続ける。瞳がなにかを探るように細められている事など、知るよしもない。帝は素足が覗く足を組む。
「そう考えれば全てが当てはまる。紅は個人情報の保管場所も『勇使』の人数も全て把握していた。そして、俺の出生も……そこまで全て、この世界の者は把握できやしないんだ。せいぜいそのうちの一つくらいまでが妥当だろう。まぁ、それすらも普通の人には難しいがな。透明な物質は紅が相方を狙って動いた証拠。異変が一時期激しくなったのは原因が紅本人であるから。そして、此処に現れた理由。全てを組み合わせれば、紅が異空間からの来訪者だということはほぼ確定だ……不安で少し〈真実の眼〉のもう一つの効果を作動させた。そうしたらどうなったと思う。"この世に存在しない"って表示されたんだぞ。幽霊でさえ"存在"と表示されるのに、この結果を見てもまだそんな馬鹿なって笑えるか。恐らくこの状況を知らないであろう神子でさえ、犯人を紅と名指ししているんだ。以上、これが私の理由だ。なにかあるか」
はぁ、と疲れたと云うようなため息をついた帝。再び玉座に身を委ねながら『勇使』達を見渡す。彼でさえ、驚いているのは使っていた。けれど、その中心となった彼らにしてみれば、混乱を極めていた。
「未来から来た、ってのは?」
「異空間が存在するならば、紅は未来の紅葉だ。あいつは、この世界にはない固有能力を保持していた。それに、何故か自分の正体を知って欲しいかのように自己申告していたからな。本当に未来かと問われれば、確証は難しいだろう。だが、これが真実だ」
嗚呼、それは、よく分かっている。フラッと紅葉が突然歩き出すと大広間を出て行った。その瞳が少し茫然自失していた。薙が帝を不安そうに振り返った。困惑しているのは皆同じだ。だが、それ以上に「未来の自分」が犯人だと言われた紅葉の方が困惑していた。帝が行ってやれと促すと、薙は弾かれたように紅葉を追って走って行った。そのあとに雛丸と白桜が続いた。
説明難しい…わかんなくなったらいつものようにスルーです(大事な事なので何回目か云う)




