第九話 その中の奇病
彼らが通されたのは街の裏側にある一軒家。その一軒家の裏口から阿形吽形兄弟が入り、それに彼らが続く。中は彼らが住んでいた家と少し似た和風の家だった。双子が座敷にあがり、阿形がさっさと中に入って行ってしまう。吽形が慌てたように彼らに「あがって」と手招きする。それに一番最初に紅葉が反応した。
「お邪魔しまーすっ!」
「お邪魔しまーす!」
その次に雛丸が続く。二人して靴を揃えずに入って行くものだから薙と白桜が呆れたように二人分の靴を揃え、中に入室する。
「わーすっご!」
紅葉がそう叫びながら部屋の中央でクルクルと回りだす。部屋は座敷で壁には掛け軸が掛けられ、その近くには生け花。静かで優しい雰囲気の部屋に紅葉の楽しそうな声が響く。
「紅葉、人ん家だぞ?静かにしろ」
「そうだよ紅葉」
「うっ、はーい」
薙の些か怒りが滲んだ声と雛丸がそれに乗ったような言葉に紅葉はシュン、となって落ち着く。その様子を吽形は楽しそうに見ていた。それに気付き、紅葉は回っててもよかったんじゃないかと思った。が、此処は余所様の家だ。自分家じゃない。似ているから、はしゃいじゃっただけだもん。そう主張するように頬を膨らませれば、白桜が柔らかく微笑みながら紅葉の頭を撫でた。
「ところで阿形様はどうされたのですか?」
白桜の隣にいつの間にか移動していた吽形に彼が問えば、様、と言われたのに驚いたのか吽形は「様付けで呼ばれる者じゃない」とでも言いたげに両手を胸の前に出して振った。
「私はそうお呼びしてしまうのです。嫌でしたら、変えますよ?」
「(コクンコクン)」
吽形が白桜の問いかけに首を上下に振る。それに白桜はニッコリと笑って承諾した。紅葉が不貞腐れたように身長の高い兄の服の袖を掴んだ。それに再び白桜がクスクス笑い、吽形も笑った。
一方、薙と雛丸は掛け軸に書かれた達筆な字を見てなにやら言い合っていた。紅葉は白桜と吽形が会話と相槌で喋っているのを邪魔しないよう、そちらに混ざろうかと足を踏み出した。その時、何か気配を感じ、辺りに素早く視線を走らせた。しかし、その気配の正体は何処にも見当たらない。首を傾げる紅葉に薙が不安そうな表情で声をかけた。
「紅葉?どうかしたのか?」
「………うんん、なんでもない」
「まぁーた、ボーッとでもしてたんじゃないの?」
「違うもん!」
「え~ホント~?」
「落ち着け紅葉…」
ケラケラと笑う雛丸にムキになってそう言い返すと雛丸は愉快そうに笑う。薙が落ち着けと紅葉を宥める。
「あら、新しいお客さんかしら?」
少し高い、いや、無理矢理高くしたようなその声に全員が振り返った。そして、息を飲んだ。奥の部屋から現れたのは猫耳と二つに割かれた猫尻尾を生やした明らかに男性だった、が紅葉達が驚いたのはそこではない。男性の顔の右半分を覆うように美しい紅いルビーが煌めいていたのだ。しかもそれは鱗状になっており、美しくも怪しい雰囲気だった。ルビーの鱗は男性の右側に集中しているらしく、服から覗く右肩にも、袖から覗く右手にも紅いルビーの鱗が煌めいていた。物珍しさから驚いていると思ったのか男性は軽く声をあげながら、言い訳のように言う。
「ふふ、ごめんなさいね。あたし、奇病患ってるから」
「奇病って云うのは、『奇病・宝石凍化』?」
「………ええ、そうよ」
雛丸の問いに男性は明らかに顔を歪めた。何故その事実を知っていながら問いかける?と言わんばかり。自虐的で、怒りが微かに滲んだような。吽形と白桜が声をかけようとしたその時、雛丸が男性の手を取り、子供のようにキラキラとした瞳で見た。これには男性も驚いたようで動きが止まった。
「キレーイ!奇病って云うからもっと醜いものを想像してたけど、こんなにも綺麗だなんてボク、損してた気分!ルビーの美しさとお兄さんの美しさが合わさって、妖艶になってる…ねぇねぇ白桜もそう思わない?!スッゴく綺麗……」
ホゥ……と美しさに軽く吐息を吐く雛丸。その瞳は美しいものに魅了された者の目そのもの。無邪気に男性の手を眺める雛丸。紅葉も雛丸に釣られて見ようとするがそれを薙が止めている。白桜が申し訳なさそうに男性に向かって言う。奇病を患ってるであろう見ず知らずの男性に言っても良いのか相手によるが一応謝っておかなければ。無礼に値する可能性もある。
「申し訳あr「はははは!」?!」
だが、白桜のそんな心情とは裏腹に男性は愉快そうに笑った。そして、いまだに手を取っている雛丸と目を丸くした白桜に向かって言った。
「はは……こんな奇病の重症者を綺麗だなんて言う物好きがいたのね」
「!気分を害されたのならば謝罪「良いのよ。逆にあたし嬉しいのよ」」
自分の手を綺麗、綺麗と言いながら見ている雛丸の頭を優しく撫でながら男性は愛おしそうに雛丸を見、そして優しい笑みを浮かべながら謝りかけていた白桜に視線を移す。
「こんな無邪気に誉められて、嬉しそうにしてくれて、ね。だから謝らなくても良いわよ白桜さんっ♪」
「……どうして私の名をご存知で」
一瞬、ホッとしていたのも束の間。男性が何故か知らないであろう白桜の名を口にした事から白桜が警戒した。薙と紅葉も警戒したが当の本人、雛丸は気を許している。吽形が白桜の元に駆け寄り、服の袖を引っ張った。吽形の方へ顔を向けた彼に向かって吽形は必死に何かを訴えかける。その行動の意図に気づいた薙がまさかと声を出した。
「まさか、阿形が告げたって事か?」
「嗚呼、お前達に許可取るよりも先にこいつらに事情を説明する必要があったからな」
薙の言葉に同意するように奥の部屋から阿形がそう言いながら現れた。腰に手を当て、嘲笑うかのようだ。その背後にはもう一人、別の人物が立っていた。




