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 どうしたものか。

 アレからしばらく経つが進展の兆しは見えない。依然として外部に連絡は取れず、外から聞こえてくる騒ぎも完全には止んでいない。

 周りの落ち着いていた雰囲気も悪い方に戻ってきた。


 「なぁ、誰か様子を見に行ったほうが良いんじゃないか?」


 耐えかねた男子がそう切り出した。

 一言出せば自然と進んでいく。


 「じゃあお前行けよ」

 「まだもう少し待った方が」


 ザワザワと雑音を出し、次第にボリュームも大きくなっていく。

 まずいな。

 そう思った直後、


 「そうだね。何人かで様子を見に行った方が良いかも。でもまだ下から騒ぎが聞こえるよね?もう少し待って落ち着いた時にしない?」


 彼女の声はハッキリと聞き渡った。

 他のカースト上位陣がそれに賛同する形で皆を纏めていく。

 なんつーか。”持つ者”って感じだなぁ。

 上に立つべくして立つ人というか。先導者というか。カリスマの一種と言うべきか。


 「南さんは凄いな」


 久保が俺の隣に座り込みながら言う。


 「確かに」


 まぁ間違いなく、今この集団を維持できているのは彼女のお陰だ。

 才能、見た目、実力、その他諸々全てを兼ね添えている。中安君に続く最上位クラスの人間だ。他の上位陣もいるっちゃいるが、現状彼女が核になっているのは間違いあるまい。


 「安心するよな、あーゆー人がいると」

 「ん?あぁ」

 「・・・なんかいつもより静かじゃん」

 「え?俺いつも大人しくない?」


 ギャーギャー騒ぐほどの仲の友達が居ないからだが。


 「んまぁそうなんだが」


 肯定するんかい。


 「・・・寧ろよく・・・」

 「え?」


 ボソリと口から溢れた言葉を聞かれるが「何でもない」と首を振る。

 いや、ホント寧ろこんな状況でよくいつも通りでいられるよなお前ら。

 騒がず、暴走せず、『平常』を保てている集団。辺りを見回せば若干の恐怖や焦り等の感情は見えるが、およそいつも通りのパニック等とは無縁の表情と雰囲気だ。

 大方頭の中も大して変化はあるまい。

 先程から頭に浮かぶモノを振り払って別のことに意識を集中させる。

 正直な話、家族の事、それだけが気がかりだ。俺は父、母、弟の四人家族で家族仲は特別悪くはない。一緒に外食もするし、夕食時にはテレビをBGMにしながら会話もする。弟の方が若干イケメンで運動部所属で友達がいる事に毛程の妬みを抱えている事を除けば至って普通の家庭環境だ。

父は普通のリーマン、母は主婦、弟は中二で少し離れた中学校に通っている。

 父と弟がそこそこアクティブな方なので、どちらかと言えば大人しめ母の方が心配だ。

 結構なお人好しだからなぁ~。


 「はぁ・・・」


 まぁご近所の付き合いも評判も良かったが、正直ソレがこの状況だとマズイ気がしてる。早いとこ様子を見に行きたい所だ。

 ガヤガヤ


 「ん?」


 少し周りが騒がしい。見回すと半数近くが一箇所に円状に集まっており、それを周りが無知所に囲っている様なかたちだ。


 「ーて事でどうかな?」

 「うん!良いと思う」


 何かが決まったらしく、南さんと数名が立ち上がり辺りを見回し、口を開いた。

 

 まず外の廊下周辺の状況を確認。その後三人が廊下に出る。

 一人は扉の前、もう二人は左右に分かれ扉前の人物から二、三メートルの位置まで離れる。

 各人が周囲を確認し、安全を確保したら扉前の人間に合図を送る。

 合図を受け取ったらさらに二人が出、左右に一人ずつ別れ、最端の人間から二、三メートル離れた位置に移動し周囲を確認。

 安全確保出来れば扉側の隣の人間に合図を送り、合図を受け取った人間は更に扉側の人間に合図を送る。

 勿論上記の行動中は常に周囲への警戒を怠らず、少しでも異常があれば直ぐに周囲に知らせる事としている。

 という感じで方針が決まったらしい。南さんが発案し、他のメンバーが肉付けしていったらしいが・・・。


 「なんともまぁ・・・」


 効率的に残酷な。


 危険性を最低限にしている様に見せかけているが、危険性を一点に集めて回避しようとしているだけ。早い話が『始めの一人が犠牲になれ』と言っている様なものだ。「危険を察知しても距離があるから逃げられる」という感じの思考一色のあまり「自分がその危険発見者になる事」の可能性を考えていないのか考えられないのか。

 いや、他でもない南さんが発案者として直接皆に説明したからだろう。

 「南さんが考えた」「南さんなら」「流石南さん」という信頼でこの混乱の中、無意識的に無根拠な安心感を感じていてもおかしくない。

 そして何より、その南さん(・・・・・)が合図を送る(・・・・・・)という事を強調して(・・・・・・・・・)説明した(・・・・)という事。

 合図を受取り、送る。つまり危険を発見した際のものではない方を連想させるニュアンスで説明を行っていた事から、彼女がこの作戦の実際の内容を把握していた事が考えられる。


 「これも才覚ってヤツかねぇ」


 意識的にしろ無自覚にしろ、異彩な言動には他ならない。


 「ん?何か言ったか」

 「いや」


 目の前では外に出る班というか順番が決められている。強制ではなくあくまで志望性で行っているので特に揉めている感じはない。

 しかし人数もあまり集まらないのも事実。結果的に七人まで集まりそこで止まっている。


 「・・・取り敢えず今集まった皆にお願いして良い?」

 「勿論!」

 「頑張るね」


 もうこれ以上は増えないと踏んだのか、南さんが有志の七人に声をかける。

 当然ながら俺はそこには居ない。


 「うんありがとう。一緒に頑張ろうね」

 「え?南ちゃんはダメだよ」

 「そうそう。指示を出してくれる人がいた方がいい」

 「え・・・でも」

 「良いから俺達に任せて!」


 自分も参加するという南さんを、まず自分達からと押しとどめる。


 「んじゃ今から外の様子見てくっから」


 有志の一人の男子が周囲に声を掛け、バリケードをそっと退かし出す。

 これくらいは、と俺も久保も他と合わせて手伝う。

 バリケードを退かした後、扉を音を立てないように静かに空ける。

 先程声をかけた男子・・・名前なんだっけ?たしか朝井とか朝森とかそんな感じの名前だったはず、がゆっくり廊下を覗き込む。


 「・・・大丈夫だ。左右共何もいねぇ」

 「今度は俺達か」

 「こ、怖いけど頑張るよ」


 周囲の皆が見守る中、男子と女子の二人が扉に近づく。名前?知らん。

 今だ下の方から響く騒ぎは消えていないが、それでも足音すら立てまいとゆっくりと廊下に出進んでいった。扉前の男子は合図を見逃さないように頻繁に視界を動かし左右を確認していた。


 「・・・」


 南さんも含め皆、口の前を手で覆ったり、祈るように両手を絡ませたりしながら廊下の方を凝視している。無事を願っているのか、周囲に危険が無いことを願っているのか分からないが、少なくとも皆廊下の先の事を思い考えているのだろう。俺を除いて。

 漠然とした予感。勘。言ってしまえばそれだけだが、確実にそれ以外の結末にはならないという考え。

 そんな予感を持っていた俺は出来る限り、開いた扉から入ってくる音に耳を澄ましていた。

 そろそろだろうか。

 と、集中していた聴覚を塞ぐ事にした。

 刹那


 g*!hy@aーーーーーーーーー!!!!!!


 金属の軋む音と女の悲鳴とスピーカーの音割れした音を足して三で割った様な音が廊下を劈いた。

 廊下に出ていた扉前の男子が左を向いたまま動かない。


 「ぁぁ」


 口と目を大きく開けたまま震えている。

 右側から人の走ってくる音が近づいて来る。先程廊下に出た男子だった。


 「早く閉めろ!!」


 余程焦っていたのか、転けるように室内に入って来るな否や取り乱したまま叫ぶ。


 「はやくっ!!」


 しかし扉前の男子は以前として動かない。


 「チッ」


 ある程度予測出来ていたので、俺は見を乗り出して素早く扉前の男子の肩を掴むと力任せに引っ張った。その一瞬の間に左側の廊下を見た。

 上下左右の壁全てが血だらけに汚れた廊下の様子を。


 バタンッ!


 美術室に入ると直ぐ様他の生徒が扉を閉める。


 「待てっ」


 直ぐ様音を思いっきり立てながらバリケードを治そうとする生徒達に堪らず声を上げる。

 ピシャリと一瞬空気が止まる。多分アレだ。聞き覚えのない俺の声だから止まったんだろうな。うん、普段俺喋らねぇし。


 「・・・」


 数秒の静寂の後、俺は扉に耳を当てる。


 「・・・」


 何も聞こえない。

 扉をゆっくり、音を全く立てない様にゆっくりと拳が通る程に開け、ポケットから取り出した携帯を隙間に差し込む。

 電源の入っていない薄いスマホの黒い画面は反射によって外の一部を映し出す。

 そこに映るのは、一瞬だけ確認した血だらけの廊下。人影らしき物は見当たらなかった。

 左側の廊下に出た女子が居ない事を確認した後、そっと扉を閉め同じく音を立てないようにゆっくりとバリケードを直し始めた。他もそれに釣られてバリケード作業に入った。


 「何が起きたの?」


 バリケードを直すと南さんが外に出ていた男子達に話しかけていた。


 「・・・」

 「・・・」


 二人共黙っている。もっとも、扉前にいた男子は震えながら座っており、廊下の右側にいた男子は俯きながら立っている違いはある。


 「・・・ありがとう。後でまた話を聞くから今は休んでて」


 今は話が聞ける状態ではないと判断したのだろう、そう言い残すと南さんは今度は俺の方に近づいてきた。


 「えっと、八瀬・・・君?竜田さんは?」


 竜田さん、というのはおそらく先程廊下に出た女子の事だろう。

 俺の名前を知っていた事に驚きつつも、首を振って質問に返す。


 「外はどうなっていたの?」

 「多分血でそこら中汚れてた。それだけ」

 「それだけ?」

 「あぁそれだけ。他に何も居なかった」


 まぁ十分確認出来た訳じゃないけどな。という言葉を付け足し、俺はその場から離れた。

 壁際に寄りかかり大きく息を吐きながら座り込んだ。

 今のは我ながら危ないことをした。

 しかし俺以外の行動を予想するにコレが最善手であったのは明白だ。

 まず俺ではなく他、代表で上げるならば南さんか有志の男子か、であるが彼らが行動に移れるのにはもう少しタイムラグがあったはずだ。廊下から帰ってきた男子含めあの状況から無駄に時間をかけるのは論外であった。

 次に行動内容。手を伸ばせば届く距離にいたのだ、もしも扉前の男子を見捨てそのまま扉を閉めたとして、その場でパニックになり二階にまで届く大きな音を立てられた時のリスクを考えれば、この行動は決して悪手ではない。あの時直ぐ様ナニカが近くに居たという仮説があると、危険極まりない行動ではあるが、右側の男子が此方側、つまり女子の消えた方に向かって走りこの室内に戻って来た事を考えれば、ナニカが居て向かってきているという状況は考えにくかった。


 「・・・ふぅー」


 もう一度深呼吸。すると自分の体に響くものを感じた。鼓動だ。心臓が驚くほどに脈打っている。

 半ば無意識に右手を胸部に当てる。


 「ふー」


 もう一度深呼吸。段々と収まってくる心臓の音を聞こえなくなるまで聞き届けていると南さんと先程の男子二人が話しているのが見えた。


 「はじけた・・・?」

 「あぁ、元々逆方向だからちゃんと見れた訳じゃないけど、俺がアッチを向いた時に丁度竜田さんが・・・こう、爆発するみたいに・・・弾けたんだ」

 「・・・」

 「朝西君は?」

 「・・・」


 南さんだけではなく他の今居る殆どの人が集まっている。南さんを中心とした上位カースト陣が対面に居りそれらを他が囲んでいるような形だ。俺もソレに近づく。


 「お願い朝西君。何が起きたのか説明して?」


 対話は南さんがやっている様だ。優しい声音で問いただしている。


 「・・・た」


 相変わらず体操座りで若干震えている扉前にいた男子、てか朝西君は数秒してから声を出し始めた。


 「竜田が、見回しながら歩いてて・・・それで、急に止まったんだ。・・・見回してた首も一緒に。・・・っそれで・・・全然動か、なくて・・・それで、何かおかしぃ、って思って・・・そんで、竜田がっ、体ごと・・・ゆっくりこっち向いて・・・んでっ!、そしたらアイツ!すげぇ顔膨らましてて!そしたら!!」


 光景を思い出したのか、震えを大きくして再び顔を埋めてしまった。


 「・・・そっか、ありがとうゆっくり休んでね」


 弾けた。と来たか。しかも何かに襲われたとかでは無いという。いよいよ本格的に常識なぞ役に立たなくなって来たな。


 「みんな聞いて。まず自分の携帯の充電を確認して。外との連絡手段はみんなで共有していこう。それと、何か容器を探して水道で水を入れて置いて。勿論静かにね」


 二人の男子からの話を聞き終わると直ぐに回りに話しかける。またパニックになる事を見越しての行動であろうか。


 「皆充電の残りを私に教えて?電源を入れておく人と切っておく人に割り振るから。それと親戚が警察とか公務員の人はその時に教えてくれると助かるかな」


 決して大きな声ではなく、優しく理解できるように話しかける様な声と喋り方。持ち前の雰囲気も相まって、本来なら起きてもおかしくない暴走をどうにか押しとどめていた。

 皆とりあえず指示された携帯の電池残量の確認を行う。

 俺は68%しか無かった。そういや昨日充電してないや。

 皆南さんに報告し、指示を仰いでいた。

 今少なくとも『携帯の充電の確認と報告』『電源の有無の指示』『容器と水の確保』という何かしらの行動を起こす事で全体の恐怖心を和らげていた。


 「昨日充電してなかったから68%しかない」


 俺も少し経った後に充電の報告をする。


 「そう、ならそのまま電源は入れて置いてくれるかな」

 「あぁ」

 「ありがとう。水が入ればコップみたいな容器でもなんでも良いから探して見てくれる?静かにね」

 「あぁ」


 半数以上が既に容器探索中であった。絵の具使用時に使う小ぶりなバケツが数個とペットボトルを切り取って作られたこれまたバケツ目的の物が数個見つかっていた。

 一応他も探すが、既に一度探索しているのでこれ以上無いのは分かりきっていた。隠しておいてもリスクが高いので、ポケットに入れておいた水で満たされたペットボトルを出した。


 「みんなありがとう。これからなんとかして外部に連絡が取れるように頑張ってみるから」


 しばらくすると、そう言いカースト上位陣と数人で話し合い出した。

 さて、どうするべきかな。



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