摩訶不思議な魔法とライジクのパイ。
大きなお家の外で私はミルトスと名乗る男の子と一緒にベンチに座りお話し中。
セルマについてまた新たな情報を得たと当時に、今度は魔法という言葉が出てきて混乱中である。
ミルストから言葉を思い返し情報を整理する。
彼の言うことが本当なら…セルマという少女は魔法学校に通っていて多分、魔法も多少使えるのだろう。
魔法学校は適正がある者なら入学可能。
ただし、入学前に基本的な魔法は覚えておくこと。
あと、髪の色についても少し気にかかる。
この場所では何故かカラフルな髪色の人ばかりいる。
黒髪という言葉に戸惑うミルトスの態度も引っかかる。
黒い髪について何かあるのかもしれない。
黒魔術がどうのこうのと言っていたけれど…。
で、問題なのはこの場所には魔法なるものが存在しているかもしれないということ。
それを確かめるために私はミルトスに質問した。
「じゃあ、手に持っている本は魔法関連のもの?」
「うん。初級魔法の入門書だよ」
ご丁寧に本の表紙まで見せてくれた。
茶色い厚紙に記された筆記体の文字。
英語…?いや、字体が少し違う。
見たこともない文字だ。けど……読める。
意味も理解できる。
あり得ない事態に困惑しつつも私は本の表紙の文字を読み取る。
『基本魔法教本』と書かれていた。
「真面目に勉強なんてミルトスはえらいね。私は不真面目でサボっていたから後で痛い目を見たよ。」
「痛い目って?」
首を傾げる彼の姿はあどけない子供っぽさがあって、私はちょっとした悪戯心を抱いてしまう。
ニヤリと口元を歪めて悪い笑みを浮かべる。
「授業が難しくて泣きそうになったり、テストの点数が悪いとか色々。下手したら授業居残り…いや、進級にも関わってくることもあるね。」
嘘は言っていない。
セーラー服着て学校にいた時の私の体験談だ。
お世辞にも成績は良くなくて中の下ぐらい。つまり馬鹿ってこと。
…ん、あれ。これって自分で自分を貶しているようなもんじゃ…。
精神的ダメージも若干くらって墓穴堀りか。
「まあ、冗談はこの辺までにして。それで、ミルトスはどれぐらい魔法を覚えたの?」
一番聞きたい本題に入る。
ミルトスは「うーん」と本を両手で抱えて考え込んえから何か思いついたかのように顔を上げた。
「僕は髪が青色だから水系の魔法が得意で…」
と片手を前へ真っ直ぐ伸ばす。目を閉じ言葉を唱えた。
「大地よ、凍れ……フリーズ。」
すると伸ばした手の平が青く輝きだし地面に小さな青色の魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣からは仄かな冷気と共に氷柱が数個出現した。
それ程多大きくもない手のひらサイズの氷柱だ。
「ふう…今回はなんとか成功したよ。触媒なしでの魔法はやっぱり不安定だね。」
隣でミラトスが成功したころに安堵して胸をなで下ろす。
私はというと…今起こった状況が理解しきれなくて石のように固まっていた。
…え、何が起こった?
手の平が光ったかと思ったら地面から氷が生えてきたんだけど。
おまけに魔法陣みたいなものも見えたけど。
手品かな?手品でこんなド派手なことできるのかな?
何もないところから氷が?
ええっと…夢?現実?
頭の中がぐるぐるする。
今まで以上に状況が呑み込めなくて、信じ難い現象に頭を抱えたくなった。
「僕の魔法、どうかな。ほとんど独学だからあまり自信が無くて…。」
ミルトスの言葉にはっと私は我に返る。
と、とにかく落ち着け…落ち着くんだ、私。
軽く息を吸っては吐きだし荒れ狂う心を必死に静める。
今は目の前のことに対応するべきだ。
ボロが出ないようにしっかりと『セルマ』を演じないと…。
問題事は後回しだ。
「…ううん、そんなことないよ。触媒?なしで魔法が使えるなんてすごいよ。」
ここは先輩らしく優しい眼差しで純粋に褒めておこう。
そう、無難にね。
「いっぱい勉強したから…かな。でももっと勉強しないと。まだ覚えていない魔法もあるから。いつかセルマさんみたいに立派な魔法使いになりたいな。」
ミルトスは満更でもないような照れ顔を見せた。
頬がほんのり赤くなっている。わかりやすい。
「私はまだまだ半人前だから偉そうなことはいえないけど、ミルトスならきっと立派な魔法使いになれるよ。」
「ありがとう、セルマさん。」
嬉しそうに笑う彼はどう見ても女の子にしか見えなかった。
初めは愛想ないと思っていたけど、人を見た目で判断してはいけないというかな。
何だかんだですごく打ち解けられた気がする。…そう思いたい。
情報もそれなりに得られたし、まあいいかな。
問題はまだ山積みだけれど。
今はミルトスとの当たり障りのない会話を楽しむことにした。
読書が好きらしく、いろんな小説を教えてくれたがどれも読んだことないものばかりだった。
私だって全く本を読まないわけではない。
映画化されたり漫画化されたり、興味のあるジャンルなら幾らか手に取って読んでいる。
世間で流行りのものなら題名だけでも耳に入れているつもりだ。
けれど彼が嬉々として話す流行の小説の題名は全く聞いたことないものばかりだった。
それからしばらく経ってからリリナがひょっこり顔を出し元気よく駆け寄ってきた。
「みーつけた!セルマおねーちゃんにミルトスにーちゃん。」
私の膝元まで来ると目を輝かす。
「ライジクのパイが焼けたって!シスターに言われて呼んでたの!みんな食堂にいるから一緒に行こうよ!」
「ライジクのパイ作ってたの?」
ミルトスが聞いてくる。
そうか、その場にいかなかったもんね。
「少し前に子供達とシスターで一緒に作ったんだよ。私も微力ながらお手伝いしたけどね。因みに、ライジクは全部リリナが採ってきた。」
「えっへん、えらいでしょー」
両手を腰に当てリリナがドヤ顔を披露する。
小さい子供がやると子動物感があって可愛い。
「ライジクって結構重たいんじゃなかたっけ。すごいじゃん」
ミルトスが素直に感心するとリリナが「えへへ」と笑った。
三人で大きなお家に戻り食堂へ向かう。
食堂は一階の調理部屋の隣にあった。
広い部屋で横に長い木の机には焼きたてのパイと人数分の白い小皿とティーカップが並べられている。
ティーカップは湯気だっていて入っているのは…色からして紅茶だろう。
リリナ以外の他の子供達はもう席に座って待っていた。
「遅いぞー。」「リリナ、やっと来た。」「パイ、早く食べたい!」と子供達が口々に騒いでいる。
「ごめんごめんってば」とリリナが悪そびれもせずに席に着く。
ミルトスも開いている席に着いた。
シスターが手際よくナイフでパイを切り分けてそれぞれ小さな小皿に移していく。
私もお手伝いした。といっても、パイの入った小皿を運んでいくだけの簡単な作業だけど。
子供達の前に皿を置いていくと、皆各々美味しそうだの涎が出そうだのといった顔をする。
見ていて飽きない。ちょっと楽しい。
自然と笑みが零れた。
並べ終えてシスターと私は席に着く。
シスターは祈るように手を組み静かに目を閉じた。
「女神様が私達に与えてくださる全ての恵みに感謝を。」
子供達も同じように手を組み目を瞑る。
見れば、横にいるリリナもしていたので私もそれに合わせた。
「「感謝を」」
子供達がシスターの言葉に続いて言った。
「…感謝を」と私も小さく言う。
多分、日本で言う『いただきます』みたいなものなのだろう。
海外の某宗教でも食前に神へ祈りを捧げてから食べるらしいし。
それにしても女神か…。
宗教の信仰対象は女神様ってことか。
子供達が美味しそうにパイを食べている。
甘酸っぱいいい匂いが鼻孔をくすぐる。ライジクの香りだ。
考え事はこの辺までにして私もパイにありつくことにした。
木製のフォークでパイを小さく切り分けて口の中へ。
うん、とても美味しい。
味はもろ林檎パイです。でも美味しいです。