男の子から摩訶不思議な言葉を聞きました。
シスターと子供達との楽しいパイ作りを終えて私は大きなお家から外へ出る。
家の前では子供達が走り回ったりして遊んでいる。
その中にリリナも混じっていた。とても楽しそうだ。
散り散りに逃げていく子供達をリリナが「待てー!」と叫びながら追いかけている。
……鬼ごっこかな?
そういえば私も小さい頃、近所の子達とよく公園で遊んでいたなあ。
けいどろ、色鬼に氷鬼。
私は足が遅かったからすぐ捕まったり鬼になったりしていたけれどね。
ぼんやりと子供達を眺める。
子供達は遊びに夢中なのか、今のところ私に全く気付く素振りをみせていない。
私の存在が薄いから…という可能性は考えないでおく。
気付かれてら…それはそれでややこしいことになりそうだ。
今のうちにこの場から離れてどこかへ行こう。
私は大きなお家の周りをぐるっと探索することにした。
家の壁に沿って歩いていく。
ちょうど玄関から反対側まで来た時、それほど広くない小さな畑を見つけた。
何を植えているのか知らないが、一定の間隔で草が生えているから何か栽培しているのだろう。
その他には四角い植木鉢が数個程度。
ピンクや黄色い花が溢れんばかり咲いている。
そして木のベンチが一つ。
子供が一人、座って厚みのある本を読んでいた。
青色の髪で長さは肩より少し上ぐらい。
前髪が長く目元が少し隠れているため、瞳の色はわからなかった。
白いシャツと茶色のズボンという極めて簡素な格好をしている。
リリナ達と同じ大きなお家の子供…なのかな?
ただ、リリナ達よりも背が高めだ。
座っていてもそれだけはわかる。私より高いのかは知らないけど。
静かに読書に耽る姿は落ち着きがあって大人っぽい。
歳もリリナ達より上なのかもしれない。
私はその子供の方へ歩み寄る。
数歩近づくと子供が書物から顔を上げた。
草を踏みしめる足音で気付いたのかもしれない。
子供は何も言わずじっと私を見ている。
その表情は何を考えているのか読み取れない無の表情。
元々目元が髪で隠れているため更にわかりにくい。
近寄って見たものの……どう声をかけたらいいのかな。
向こうも無表情、私も多分…無表情。顔の筋肉を一切動かしていないから。
言葉も交わさず見つめ合ったまま数秒過ぎる。
…気まずい。
この嫌な空気から逃れたい一心で私は子供に声をかける。
「…えっと、こんにちは」
勿論、無表情にならないように口元を曲げて笑みを作るのを忘れない。
子供は「こんにちは」と素直に返してくれた。
「君も大きなお家に住んでるの?」
「そうだよ。あなたは…リリナの言ってたセルマさん?」
「うん、そう。私は『セルマ』、よろしくね。」
「…よろしく。リリナから話を聞いているよ。黒髪のお姉さんだって。だから直ぐに見てわかった」
子供の言葉に少し引っかかりを感じる。
髪色ね…。そういえばシスターの髪は水色だった。
リリナは茶髪だから余り気にしなかったけど。
思えば他の子供達も緑、黄色、赤茶とかカラフルな髪色をしていたな。
そして、目の前の子供の髪色は青色。
やや濃いめの群青色だ。
「黒い髪ってそんなに目立つ色なの?」
「目立つというか…黒っぽい髪の人は他にもいるけど、セルマさんみたいに純粋な黒色はいないと思う。」
困り顔になって子供が答える。
おどおどして申し訳なさそうな表情を浮かべている。
何だか私がいじめているような気分になる。
髪色について質問しているだけなのに。
「ごめん、変なこと聞いたかな。」
「そんなこと…ないよ。黒は黒魔法とかを連想しがちだから皆そう思うだけで…」
黒魔法?
現実離れた単語に私は首を傾げる。
日本にも黒魔法はあるけど。でもそれは魔法というより迷信じみたお呪い事だ。
「…僕はミルトスといいます。」
急に子供は自己紹介を始めた。
一人称が僕。つまりは…
「男…?」
「そうだけど…」
私の問いに彼…ミルトスは眉をハの字にして答える。
性別の確認をするなんて傍から見れば確かに変だし戸惑うよね。
でも、顔立ちは中性的だし髪も長いからてっきり女の子かなあと…。
私は口元に手をやりコホンと咳をしてごまかす。
「えっと、そう。ミルトスね。改めてよろしく」
「はい。」と少し口元を緩めてミルトスが微笑む。
無表情だと思っていたけど、意外と表情豊かなのかもしれない。
「よかったら隣に座ってもいいよ。」
ミルトスが本を片手に持ってベンチの端に寄る。
私はありがたく彼の隣に腰を降ろして座った。
疲れていたので本当にありがたい。
ベンチの背に体重をかけて背中を預ける。
おっさんみたいな座り方をしてしまったが、見た目だけは良くするために手は膝の上で足は閉じておく。
ミルトスは本を膝の上に置くと視線をやや下に俯く。
「僕も来年からセルマさんと一緒の学校へ通うことになったよ。」
「へえ…そうなんだ。」
私は適当に流して相槌を打つ。
「先々月の適性検査で魔法適正が高いって判定が出たんだ。だから、僕も魔法学校へ通うよ。」
魔法学校?
更に現実離れした単語が聞こえてきた。
魔法って…あれですか?
小説や漫画にでてくる西洋ファンタジーで、ローブまとった魔法使いが木の杖を振って出すあれですか…?
またちょっと混乱してくる。
セルマの通っている学校は普通の学校ではないらしい。
日本に魔法学校なんてないよね…。
つまり、この場所が日本のどこかでもない可能性が強くなってきた。
途方に暮れて私は空を見上げた。
青い空だ。開放的で綺麗だな。
ミルトスはというとまだ下を向いているので、まさか隣にいる私が気の抜けた呆け顔で空を見ているとは気付くまい。
「…そうか。」と私は頭を起こして彼の方をチラ見する。
ややご機嫌そうな表情をしている。
学校へ行くことが嬉しいのだろうか。
少し考えてから私はミルトスの方を見て口を開いた。
「上手いことは言えないけど、来年まで楽しみに待ってるよ。学校はいいところだから、君の学びたいものが学べるよ。きっとね。」
魔法学校がどんな学校なのか知らないので、適当に当たり障りのないことを連ねておく。
そもそも見たこともなければ行ったこともない。
下手なことを言ってボロが出たら後処理が面倒だし、あくまで学校のことを知っている『セルマ』を演じるのを徹底する。
「うん、僕それまで頑張るよ。」と彼も面てを上げて私の顔を見る。
控えめな笑みで嬉しそうに微笑む。
「基礎魔法とかこれから覚えないといけないからね。」
「基礎魔法?」
おっと、思わず口に出してしまった。
手で口元を覆うがもう遅い。
魔法学校だの基礎魔法だの、だんだん話が現実味のない内容になってきている。
もしかしたら全て彼の妄想話かもしれないけど。
それはそれで想像力豊で変わった子だなと思ってしまうが。
見た目、気真面目そうな彼が嘘やホラ話をしているとは到底思えない。
だからますます混乱してしまう。
ミルトスは私の小さな挙動不審に訝しむこともなく話してくれた。
「そうだよ、学校の授業は中級魔法から始めるらしくて。基礎の初級魔法は自分で勉強しないといけない。セルマさんも学校入る前に覚えたんでしょ?」
「あ……うん、そんなこともあったなあ。」
なんとか吐き出せた声は抑揚のない平坦さで棒読みの言葉。
激しい動揺を抑えるのに必死で目線はミルトスから逸れて明後日の方向へ。
魔法?何それ?
私が魔法を覚えるなんて無理に決まっている。
というか、どうやって覚えるの?
…いや、魔法学校に通っているというセルマなら魔法ぐらい使えるのかもしれない…かな?