シスターとお話してからみんなで楽しいパイ作りタイム。
私はシスターに廊下端の部屋を通された。
部屋に入るとテーブルを挟んで向かい側になるようにお互い木の椅子に座った。
シスターは素っ気ない私の態度に嫌な顔一つしないで笑ってくれた。
そして私の顔をじっと見つめると口を開く。
「数日前にあなたがここを訪ねに来てからずっと心配していたの。」
また新たな情報をゲットしたが、私はというと…シスターの心配を他所にちょっときょどっていた。
服装は…まあ修道女かもしれないので別にいいけど。
あの髪色は何?!
水色?染めてんの?!
修道女なのに髪染めて大丈夫なの?
いや待てよ、コスプレの可能性も……ないか。
目の色は青色か、顔立ちからして白人欧米系だ。
美人の部類に入るのかな?
美人判定の基準はわからないけど黒い衣装を身に包む彼女はどこか儚くてとても綺麗だった。
「あの時、いつも以上に随分暗かったから。思い詰めた顔をして無理をしていたから…」
セルマという少女には何か悩み事があったらしい。
ストレスかな?
でもいつも暗い性格をしていたんですね、セルマさん。
「今は…大丈夫そうね。何だか晴れ晴れとしている表情だもの。」
安心したかのようにシスターが微笑む。
「…色々とありましたから。」
…本当に色々ね。
私は目を下に背けて今までのことを振り返った。
目が覚めたら森にいて、獣とロマンの欠片もない追いかけっこして、体力消耗してからリリナのお手伝いとして重い籠持ちして…
色々疲れた。体力的にも精神的にもね。
「今は大丈夫です、シスター」
私は顔を上げてシスターとしっかり見る。
「お気遣いありがとうございます」
口元が緩み自然に笑みを作る。
気の許せる人にしかできない行為…なのかもしれない。
私の表情を見つめた後シスターは「…そう。」と静かに言葉を重ねる。
「でも無理はしないでね。もし悩み事があれば遠慮なく相談して。溜め込むのはよくないわよ。」
溜め込んだ結果、あんなことしたんだろうなあ。
森で見つけた縄のことを思い出す。
自殺という行為を実行するほどだから相当な悩み事なのかもしれない。
けれど心配してくれる人はいた。
目の前にいるシスターやリリナ、その他の子供達。
ストレスの捌け口はゼロじゃなかった筈だ。
まあ、当人の感情を100%理解できるわけではなくて。
これも全て全部私の想像の範疇でしかないのだから。
「…それでこれからどうするの。学校へ戻るの?」
シスターの言葉にピクリと体が反応する。
ん?学校?
新たな単語に少し困惑する。
学校という単語に少し嫌な響きを感じた。
セルマは学校に通っているのか。
私と同じだな。
因みに私は高校一年生だ。
「今はお昼過ぎだから徒歩で行けば早くて晩ぐらい…日が沈んだぐらいには着くんじゃないかしら。荷馬車で行くこともできるけどね」
荷馬車もあるのか。
徒歩で着けば晩頃ってかなり遠いのかもしれない。
というかそもそも学校への道がわからない。
どこにあるのかわからない。
私は口元に手を当て少しばかり考え込む。
まだまだ情報が少ないし、今いるこの場所が日本のどこなのか…日本じゃない可能性もある。
大きなお家、リリナ達やシスターとの関係も知りたいところだけど、セルマは学校に通っているようだから学校へ戻ったほうがいいのかもしれない。
不登校は怒られるからね。学校の先生に。
しかし、手ぶらのまま戻っていいのだろうか。
教科書とかノートとか、あと筆箱鉛筆消しゴム…その他諸々とカバン。
…セルマの通う学校が必ずしも私と同じ学校とは限らないかな。
例えば日本とアメリカの授業風景は全然違うし。
アメリカはディスカッション型のオープンワールド…だっけ。多分。
これ以上悩んでも仕方ないか。
私はシスターの方に目線を戻す。
「あの、シスター…。荷馬車で向かおうと思います。」
歩きは苦手だ。
それに今は体が疲れ切っている。
これ以上駆使したら途中でぶっ倒れるかもしれない。
「荷馬車ね。そうね…次にこの村に来るのはあと数時間後ね。」
ここは集落じゃなくて村なのね。
かなりアバウトな時刻を言われてしまったが、シスターはその後に「荷馬車なら来れば直ぐにわかるわ」と付け加えてくれた。
「それまで時間があるから、子供達と一緒にライジクのパイを作りましょ。」
彼女はにっこりとした笑みで提案する。
花咲きほころぶような綺麗な笑みだ。
別に嫌な気もしなくて私は「はい。」と頷きシスターと一緒に調理部屋へ向かった。
調理部屋…というかキッチンの部屋はとても広々としていた。
調理器具がたくさん揃っていて、多分ここなら色んな種類の料理が思う存分に作ることができるだろうな。
鍋やフライパンは日本でよく見るステンレス製のものじゃない。
陶器や鉄でできている。
まな板は木の板。プラスチック製じゃない。
中世ヨーロッパにでてきそうな部屋作りと道具に私はちょっと感動を覚えた。
「あ、シスターにセルマおねーちゃん!」
調理部屋に入ってきたシスターと私を見てリリナが声をあげる。
リリナの声に他数名の女の子たちが顔を上げ私達の方を見た。
リリナ達は調理台の上でライジクの皮をむいていた。
小さな果物ナイフを使っている。
手慣れた手付きで皮を途切れずにむいていく。
傍には大量のライジクが入った籠と銀のボールが置かれていた。
ボールの中には皮をむかれた白いライジクの実が入っているのが見える。
「おねーちゃんもパイ一緒に作る?」
リリナはむきかけのライジクとナイフを置いて私に駆け寄ると上目づかいで問いかけた。
別に媚入るつもりは全くないのだろう。
私の方が背が高くて見上げる形になるだけだから。
「…うん。シスターと皆で美味しいパイを作ろう」
リリナの頭にそっと手を置いて少し撫でる。
「えへへ…」とリリナは嬉しそうに笑った。
ふと横にいるシスターを見る。
彼女は私と目が合うと片目を閉じてややお茶目気に微笑んだ。
…うん、あれだ。
子供を微笑ましく見守る親の顔だ。
リリナに手を引かれて私も子供達と一緒に台所に立つ。
ライジクと果物ナイフを持って皮むき作業を開始した。
料理の時間は意外ととても楽しかった。
シスターや子供達にパイの手順を聞きながら作っていく。
私はとにかく非常に不器用で、皮むきの時は厚い皮を何枚もこさえてしまった。
食べる部分が小さくてちょっと憐れな感じ。
包丁でスライス状に切る時も失敗して厚さが不揃いになってしまった。
けれど子供達は文句も咎めもせず、不快に感じない茶化し方をして笑ってくれた。
パイ包みは小学校でやった工作作りを思い出して少し楽しかった。
シスターがパイをかまどに入れて焼いてくれた。
電子機材のオーブンではなく手作業のかまどで焼くのは初めて見たかも…。
ちょっと感動する。
「あとは焼けるまで待つだけね」とシスターが振り返って子供達を見る。
子供達は各々元気に反応して騒ぎながらばたばたと部屋から出て行った。
遊ぼうとか言っていたので多分、外へ行ったのかもしれない。
シスターとふたりっきりになる。
ちょっとした静けさが部屋に漂う。
今まで力入れていた体の緊張を少し緩めた。
元気だなあ…
口から溜め息がこぼれ、私は子供達が出て行った方向に目を向けた。
「セルマ、疲れたでしょう。」とシスターが声をかける。
「焼けるまでまだ時間があるから、部屋か外でゆっくりしていきなさい。セルマの部屋はまだ残してあるから使うといいわ」
「…わかりました」
一拍置いてから私は答えた。
シスターの気遣いに感謝して頭を下げてから私は調理部屋を後にする。
…少し外の空気を吸いたい。
私はセルマの部屋に向かわず外に出ることにした。
というか、セルマの部屋がどこにあるのかわからない。