子供は無邪気で元気いっぱい。
大きなお家について中に入った途端、リリナは部屋の奥へ走って行ってしまった。
リリナは自由だね。自由っていいね。
私はリリナの背を見送って果物がたくさん入った籠を床に置いた。
疲れた…休みたい。
今まで駆使してきた身体から力が抜ける。
その場に座り込みたい衝動に駆られていると、部屋の奥から声がして来た。
元気そうな子供達の声が響く。
慌てて私は腑抜けた足に力を入れ崩れがけの姿勢を起こした。
こんな姿見られたら笑われる。ビシッとしないと。
奥から出てきたのは数人の子供だった。
歳はリリナと同じぐらいの十代かそれより下ぐらいか。
女の子もいれば男の子もいる。
子供達は私と籠を見るなりそれぞれ賑やかな反応した。
「ねーちゃん、誰?」
「あ、それライジクの実じゃん!すげえ、たくさんある!」
「この人知ってる!この前お家に来てくれたでしょ」
「もしかしてリリナが言ってたおねーちゃん?」
「黒っぽいねーちゃんだ!」
「喪服ねーちゃん!」
最後のはちょっと納得しかねないけれど。
恐れも警戒もなく純粋な興味と好奇心でわらわらと私の傍に寄って来る。
人に、それも子供達に囲まれた経験もない私はまたあわあわとたじろいだ。
なに、この状況。どうすればいいんだ……?
下手に無碍にことはできない。相手は子供だし。
いや、私も子供だけどさ。
「こ…こんにちは」
やっとのことで絞り出した声は頼りないもので、私は当たり障りのない日常挨拶の言葉をかける。
挨拶は大事。うん、大事。
自分に言い聞かせるが、傍から見せばどう見ても情けない姿なのだろう。
顔の筋肉が引きつっている。
上手く笑えていないことが明々白々だ。
自然に笑えるリリナと見比べると断然劣っているかな。
笑顔のリリナを思い出してちょっと落ち込む。
子供達はというと、気落ちする私に気にせず元気いっぱいに話しかけてくる。
「こんにちはー!」
「ほら、やっぱりこの前来たおねーちゃんだ!」
「ライジクの実、ひとつ食べてもいい?」
「うわー、うまそう!オレもひとつ食べたい!」
「リリナの奴、どこいったんだよー」
「シスターのところじゃない?さっき大きな声で言ってたよ」
……うん、自由だね。自由っていいね。
どう対応すればいいのかわからなくて、というか各々主張に対してそれぞれ対応するのが面倒……とまではいわない。
取あえず、子供の面倒は大変だとだけはわかった。
私も子供だが。
「ライジクの実はリリナが採ってきたものだから。勝手に食べるのはちょっと……」
余りの無邪気さに苦笑しつつ、どうどうと馬をいさめるように興奮する子供達を落ち着かせるつもりが……
「リリナが採ってきたの?すごいじゃない!」
「全部リリナが?すげー!」
「あいつ力持ちだもんな!」
「ねーちゃんよりすげー!」
「おねーちゃんよりすごい!」
なんか最後は貶されているような気がする。
多分、気のせいではない。
それでも嫌な顔ひとつする気にはなれなかった。
自然と顔の筋肉が緩む。
私は彼らと一緒にいることに細やかな嬉しさを感じていた。
「…リリナはすごいよね。後でみんなでライジクのパイを作るって言っていたよ」
ライジクのパイという言葉に子供達は顔を輝かせた。
「パイ作るの?やったー!」
「私、パイ好き!」
「オレも!」
「私はパイ作り得意だよ!」
「オレは食べるの得意!」
「えー、それは得意って言わないよ」
元気っていいね。
そんな感想しか出てこない子供達の反応だった。
日本にも『小さきものはいとおかし』なんて綴った古代人がいたっけ…。
平安時代に生きた随筆の女性作家。名有名だから言わないけれど。
要は小さい子供は可愛いくて微笑ましい。
「へえ、パイ作り得意なんだー、すごいねー」と私は適当に流す。
用意された台本を読むかのように抑揚のない言葉を連ねるが、顔はきっと少しだけデレデレに違いない。
さっきから顔の筋肉が変だから。
変に緩んで歪んでいるから。
自分の感情に一致しない行動に戸惑いつつも、まあいいかと流すことにした。
少々大雑把かもしれないけど、今はこの状況を楽しもうかな。
あと籠に入っている大量の果物。
ライジクっていうんだね。
どう見ても日本にある果物じゃない。
見た目はもろ林檎だ。赤く熟れて丸い形をしている。
でもこんな熱帯地域に桃が取れるとは思えない。
熱帯地域は言い過ぎかもしれないけれど。
林檎の収穫は確か秋から冬ぐらいだと思う。
香りは…甘そうな匂いかな。
少なくとも不味いものじゃないと勝手に断定する。
子供達との戯れを適当に交わしつつ物思いにふけていると、部屋の奥からまた誰か姿を現した。
リリナと……背の高い妙齢の女性だ。
黒い喪服とベレー帽をまとい慎ましやかな姿は神に仕える修道女そのものだ。
ベレー帽から覗いている髪はウェーブがかかっていて綺麗な水色をしていた。
やや垂れ目で優しげな眼差しの女性は私を見るなり嬉しそうな顔をした。
「セルマ……。いらっしゃい」
泣きそうで、でも嬉しそうな何とも言えない表情。
私はどう返せばいいのかわからなくて只々、困惑するしかなかった。
「…た、ただいま。シスター」
知らない相手のはずなのに。
私は頭の中でこの女性がリリナの言う『シスター』だと理解していた。
私を育ててくれた大切な人。
断片的で朧気な情報が頭の中に思い浮かぶ。
シスターは私に近寄るとそっと抱きしめた。
優しくて温かい抱擁だった。
何故か涙が零れそうになった。
零れはしなかったが、目頭が熱くなって鼻がツンと痛くなった。
シスターは私を部屋の奥へ案内してくれた。
リリナとその他の子供達は自分の部屋に戻ったり、果物の籠を調理部屋へ運んだり、外へ遊びに行ったり…自由に行動していた。
リリナの場合は女の子達と「パイ作りたい!」と言って調理部屋へ走って行ったけど。
あの重たい籠を軽々と持って、しかも意気揚々と。
女の子達もリリナの後を追いかけて調理部屋へ駈け込んでいった。
…逞しいな。
若いっていいね。
まあ、私も若者の部類に入るんだろうけど。
長い廊下を歩きシスターの後に続く。
足を踏むたび木の床がギシギシと鳴る。
時折、窓の外の風景を眺めたり…木しか見えないけれど。
多分、ヒノキっぽい木かな。
もっと近寄ればわかるかもしれない。
するつもれいはないがな。
「どうぞ。さあ、入って」
シスターは廊下端にある部屋の扉を開けた。
「……失礼します」
頭を下げて私は部屋の中に入る。
こじんまりとした小さな部屋だ。
木造のイスとテーブル、本棚にベット。窓は一つ。
シスターの部屋なのかもしれない。
「さあ、座って」とシスターに促されて私は木の椅子に座る。
シスターはテーブルを挟んで私の向かい側のイスに腰を降ろす。
「お茶でもいかが?」
「…いえ、大丈夫です」
シスターのお誘いに愛想全くゼロで応える。
自然にそんな態度を取ってしまうのだからどうしようもない。
余りの疲れから体が思うままに動かない所為かもしれない。
自分の粗相の無さに言い訳をこしらえつつ頭の中で色々格闘する。
そんな私を見てシスターは苦笑とも取れる笑みを浮かべた。
「…いつものセルマね。素っ気ないところも全く変わっていない」
知ってましたと言わんばかりの表情。
それどころか私の態度に親しみを持っているかのような顔をする。
セルマという少女も私と同じ態度を取っていたということか。
私は新たな情報をゲットした。