白馬の王子なんていなかった。
遂に念願の魔法学校へ辿り着いたと思いきや、私は女子生徒達に絡まれてしまった。
正門を入って直ぐの場所で。
辺りは日も暮れ薄暗いし、運悪いのか女子生徒達以外誰もいない。
助けを求められそうな相手はいないということだ。
…面倒なことになったかな。
呑気に危機感もなくぼんやりと彼女達を観察する。
其々同じ服を着ているということはきっとこの学校の制服か何かだろう。
お洒落で可愛い制服だ。
白のブレザーにスカートは赤を基調としたチェック柄で白のフリル付き。
どう見ても某アニメに出てきそうなコスプレだ。
日本の制服でもこんなに派手なものはないだろう。
彼女たちの髪色も目立つような派手な色だ。
緑、オレンジ、青色とカラフルで本当に地毛なのか勘ぐってしまいそう。
「ちょっと黙っていないで何か言いなさいよ、この鈍間!」
女子生徒のうちの一人が私を睨んで詰め寄ってきた。
敵意丸出しでどう見ても私のことを快く思っていない。
彼女だけじゃない、この場にいる女子生徒皆がセルマのことを嫌っている…と思われる。
大きなお家でのシスターや子供達のとは全く正反対の対応で少し戸惑う。
どうしたものかと私は考え込んだ。
取あえず、何か言っておいた方がいいのかもしれない。
無言のままだと余計に絡まれそうだ。
私は小さく溜め息をついてから彼女達を見た。
「心配してくれてありがとう。明日はちゃんと授業に出るから安心して。」
セルマとは違い、私にとっては赤の他人だ。何を言われ様と痛くも痒くもなかった。
だから、冷静に揺るがない無表情で対応できた。
「はあ、何言ってんの。意味わかんない。」
と彼女達が苛立つ。
きっと他の態度を取ってほしかったのかもしれない。
ぐちぐちと文句か何かをぶちまけてから彼女達は気が済んだのか、「もう、行こう」と私の横を通りサッサと正門を出てどこかへ行ってしまった。
私は黙ってその後を見送る。
小さな嵐が過ぎ去った後前を向くと少し離れたところに赤髪の少年が立っていた。
さっきの女子生徒達とよく似たブレザーと青いチェックのズボンの制服姿だ。
手には女子生徒と同じく茶色い皮のカバンを持っている。
ぶっきら棒な顔で私を見ていた。
「…よう。」
先に声をかけてきたのは少年だった。
「お前、いつも絡まれているな。大丈夫かよ。」
意外にも少年の口から出たのはセルマのことを心配する言葉だった。
というか、女子生徒達と同じくセルマのことを知っている素振りだった。
「ええ…大丈夫。ところで、あなたは誰。」
平常通り、私は愛想の欠片もなく素っ気ない言い草で彼を見る。
誰だこいつ。
セルマの日記にはこんなやつは出てきていなかった。
当たり前だ。あの日記は学校に行く前のことしか書かれていなかったのだから。
自分でボケとツッコミを入れる。
ちょっと虚しい。
「お前な…仮にも同じクラスの名前ぐらい覚えとけよな。」
と気まずそうに少年は頬を掻く。少し呆れている。
この赤髪少年はセルマと同じクラスメイトらしい。
私にとっては初のご対面だがな。
彼はさっきの女子達と同じく欧米系の顔立ちで、私より拳一つ分背が高い。
「…フェルドだよ。フェルド・イグナイテッド。」
「フェルドさんですか、覚えました。あ…えっと、私はセルマです。」
一応、念のため名乗っておく。
「知ってる。」
ときっぱり返されてしまった。
でも、気にしない。もっと聞きたいことがあるから。
「さいですか。それで、いつから見てたんですか。」
ついさっき来たばっかりです、なんて言わせない。
明らかに不自然だ。
女子学生達が去った後、見計らったかのように私の前に来たのだから。
少しタイミングが良過ぎる…気がする。
最初からどこかにいましたと言う方がまだ納得がいく。
私は身動きせずにフェルドと名乗る少年をじっと見る。
少年は私の視線に居た堪れなくなったのか、そわそわして視線をそらした。
「…あいつらに絡まれてるところからずっと見てた。」
ぼそりとフェルドは言葉を吐いた。
成程、私が女子生徒共に絡まれている様を一部始終見ていたと。
つまりは傍観者を徹していたってことか。
少しぐらい男気見せて止めに入れよ、なんて言わない。
「何も言わないんだな。」
非常に言いにくそうな表情で彼は私をチラ見した。
「何か言ってほしいの?」
「いや別に…。」
彼は否を感じているらしい。
後ろめたそうに少し難しそうな顔をして地面を見ている。
「私だってもしあんたの立場だったらその場を立ち去るか、見ているだけだと思う。」
私は素直に自分の本心を話す。
誰だってヒーローになる義務はないのだから。
「別に聖人でも君人でもないんだからさ。責める必要はないんじゃない?」
「責めてなんかいねえよ。」
ひと睨みされてしまった。解せぬ。
フェルドは「はあ、声をかけるんじゃなかった。」と面倒臭そうに息をつく。
「それで、これからどうするんだよ。そろそろ行かないと寮が閉まるぞ。」
「それは大変だ。急いだ方がいいな。」
私は適当に相槌を打ち口元に手を当てる。
確か日記に挟まっていた地図には寮の場所も記されていた。
ご丁寧に赤丸で囲って部屋の番号と思わしき数字も書かれていた。
目の前の彼、フェルドの言葉からもセルマは寮で生活しているのだろう。
大きなお家にいない理由も少しづつわかってきた。
「行こうぜ。」とフェルドが先を先行する。
私は黙って後をついて行くことにした。
内心、ちょっとにやける。
地図が読めなくて一時途方に暮れたが、心配することなんて全然なかった。
荷馬車の男の人に学校までの道を教えてもらえて、寮への道はセルマのクラスメイトの後についていけば辿り着けそうだ。
なんて幸運なことだろう。
我ながらなかなか腐った性格をしている。だが、今はこの幸運に感謝しておこう。
正門を出て寮へ向かう。
途中、フェルドが学校のことを話してくれた。
「お前、最近授業出てないだろ。」とか「もうすぐ実技のテストがあるって先生が言ってた。」だのぽつりぽつりと情報を提供してくれた。
私は「うん。」とか「はあ。」とか曖昧な返事を返す。
お陰で会話が続かなかった。
寮は学校から10分ほどかかる場所にあった。
建物は二棟。校舎の建物に劣らず大きい。
アパート、マンションなんて言うには程遠く西洋の立派なお屋敷といった外装だ。
「じゃあ、俺はこっちだから。」
フェルドが二棟のうちの片方を指差した。
どうやら男女で建物が別れているらしい。
「…うん、じゃあ。今日はありがとう。」
「お礼言われることしたか?」
フェルドが眉をひそめ怪訝そうな顔をした。
私は口元に手を当て「うーん…」と少し考える。
セルマと彼の関係はまだ正直わからない。
ただのクラスメイトという可能性が高そうだが決めつけは良くない。
下手に馴れ馴れしい態度も取って印象が最悪になるのは避けたい。
考えた挙句、私は「色々と教えてくれたからね。」とだけ返しておいた。
「あー…、そうか。明日は授業出るのか?」
さっきの女子生徒達の言葉が蘇る。
確か…サボり魔だっけ。
「そのつもりだよ。」
「ふーん。」とフェルドが私から顔を背けた。
しばらくしてから振り返える。
「じゃあな。」
片手をひらひらと振り彼は去って行った。
残された私は取あえず手を振っておく。
背を向けている彼には全く見えないけどな。
見送った後、フェルドが行った方向とは反対側の寮の建物を見た。
多分、ここが女子寮なのだろう。
「さて、行くか。」
そう決心してから私は寮の中へ入った。