噂の魔法学校へ行ってみた。
大きなお家を離れ私は荷馬車に揺られて移動中です。
目指すはセルマが通っているという魔法学校。
学校の名前は知らないけれど、荷馬車を運転してる男が言うには有名な学校らしい。
いろいろガバガバだな、私。
運の良さと偶然さで乗り切っている気がする。
情報欠如が目立ち過ぎて前途多難…先がまだまだ遠くて不安だ。
魔法学校へ着いたら何かわかるのかな。
セルマのこととか、この場所のこととか…色々。
これから、どうすればいいのかもわからない。
今は成り行きに身を任せきっていて、目の前の状況をどう対処するのか考えることで精一杯だ。
「ああ、そうだ…」
と私はポケットの中の日記の存在を思い出す。
セルマの部屋で見つけて、最初のページは読んだけど…。
日記を取出してページをめくりざっと目を通す。
表紙の文字もだけどページに綴られている文字も丁寧で綺麗だ字だ。
手書きの文字はその人の心や性格が表れているんだっけ。
几帳面な性格だったのかな。
だとしたら雑な私とは正反対だな。
日記には大きなお家に来てからの生活が書かれていた。
両親がいなくてもシスターや子供達がいるから寂しくないとか、些細な出来事と事細かく書いて最後には楽しかったと締めくくっている。
リリナのことも書かれていた。
『明るくて元気な可愛い女の子。もし、私に妹がいたらこんなふうに遊んでいたのかな。』
セルマはリリナのことを妹のように可愛がっていたらしい。
いちいち読んでいくのは骨折れそうなので、適当にページをめくり目ぼしい単語はないか探す。
できれば、魔法関連について何か書かれているページはないか調べることにした。
文を目で追って速読する。
最初は違和感しかなかった文字も、今では見慣れてすらすらと読めるようになっていた。
「…あった。」
日記の後半のページにセルマが魔法学校へ行く経緯らしい文章が書かれていた。
『この前受けた適正の検査の結果で私は魔法適正があるといわれた。魔法適正がある人はみんな13の年になると魔法学校へ行かないとけないみたい。私もシスターに言われた。』
13…か。ということは、ミルトスも来年で13歳になる年ってことなのかな。
つまり、一つ上の学年のセルマは少なくとも13歳以上。
次のページをめくると小さな紙切れが折りたたんで挟まれていた。
取り出して広げてみると何か手書きで書かれている。
地図だ。しかも魔法学校の敷地内の地図っぽい。
校舎の数は…7つ、いや8?どんだけあるんだ。
少し離れた場所に寮があるらしい。
寮の場所を赤い線で丸く囲っており、その下に赤文字で303と書かれていた。
…なんというか、用意周到だ。
几帳面過ぎないか、セルマさん。
私としてはすごく助かるからいいけどさ。
…と、ここでひとつ問題が発生する。
私は地図が読めない。絶望的に読めない。
過去に10分で行ける目的地に3倍の時間をかけて迷いながら行った経験がある。
どうしたものか、と空を見上げた。
青かった空はいつも間にか赤い夕日が見えていた。
荷馬車の車輪の軋む音を聞きながら目を閉じ思考を丸投げした。
多分、目的地までまだまだ時間はある。
今は疲れた身体を休めておこうかな。
「おーい、着いたぞ。」
男の声で私はハッと目を覚ました。
うっかり寝ていたらしい。
お陰で今は頭がすっきりとしている。疲れも少しは取れた。
荷馬車から降りて周囲を見渡す。
あの広々とした野原と緑の風景はなくて、目の前には石造りの高い城壁がそびえ立っていた。
城壁の大きな門の前には警備と思しき人が二人。
どちらも西洋風の鎧を被っている。
鎧…?なんか槍とか持っているし。
もう完全に日本ではないよね?
荷馬車の男は荷馬車を止めて降りると鎧に人達に話しかけた。
一言二言話してから、大きな門の扉が開き中へ入ることができた。
城壁の中は大きな街が広がっていた。集落の比じゃないぐらいの広さだ。
舗装されたレンガや石造りの道に西洋風の綺麗な家が建ち並んでいる。
奥には更に大きな家があるのが見える。
「さすが貴族も住まう帝都。いつ見てもすごいな。」
男がそう言って荷馬車を道の端に止めた。
私は「ええ、そうですね。」と平然を装って荷馬車から降りる。
帝都?帝都ってなに。
貴族が住んでるっていつの時代の話だよ。
突っ込みたいことが多すぎる。
けど今はそんなことをしている場合ではない。
さて、ここからどうするか。
学校の地図は手に入れているものの、ちゃんと辿り着ける自信が皆無。
まず、今この街のどの辺りにいるのかさっぱりわからない。
口に手を当て少し考える。
荷馬車の男の人はこの街のことを色々知っていそうだ。
ここはひとまず恍けて一芝居しようかな。
「えーと、魔法学校はどの方向だっけ…。」
なるべく自然な形で、まだ寝ぼけてますよのアピールをする。
「おいおい、しっかりしてくれよ。未来の魔法使いさんよ。」
男は肩をあげてやれやれと呆れながらも教えてくれた。
「この道を真っ直ぐ行って突き当りで右に曲がりな。あとは大体真っ直ぐ進めばいいぜ。」
「…そうだった。ありがとう、おじさん。」
「おう、じゃあな。」と軽く手を挙げてくれた。
私も軽く手を振り返す。
最後まで気さくな人だった。
手提げカバンを片手に私は街の中を歩いていく。
集落とは違い人通りがとても多い。大都会にいる気分だ。
日が落ちかけ始めているものの、家の明かりやランプ、街灯の明かりで周囲はそれ程暗くはない。
学校へは案外すんなりと着いた。
男の人の言葉通りに進んでいけばあっという間に学校の正門の前だった。
ありがとう、おじさん。
もう一度心の中で感謝する。
大きくて立派な正門だ。
奥には中世ヨーロッパとかに出てきそうな西洋風の建物が見えている。
とても大きくてお城という言葉が似合いそうだ。
門は開けっ放しだったので、私はそのまま中へ入った。
これが噂の魔法学校かあ。
有名校だの言われていたけどこれだけの規模なら納得できる。
ぼんやりと突っ立って学校の校舎を眺めていると、前方から数名の女の子が談笑しながら歩いてくるのが見えた。
皆この学校の制服と思われる衣装を身に着けて鞄を持っている。
彼女たちは私を見るなり嬉しそうに声をかけてきた。
「あら、黒髪のセルマじゃない。お得意の不幸をまき散らしにでも来たの?」
「学校今日もサボったんだって?これからはサボり魔って呼んだほうがいいんじゃない?」
それは明らかに馬鹿にするような嘲笑だった。