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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ナイトメアカーニバル・カーニヴァラスメリーゴーランド

作者: 難波田朗太

 ある平凡な町に、一人のうす汚ない少女がいました。土と汗で汚れたボロボロのワンピース。何日も洗っていないパリパリにパサついた竹箒のような髪。本当にうす汚く、ヒドイ臭いのする女の子でした。


 そんな彼女は今日も、お腹が空いていました。喉もカラカラです。

 ところが彼女はお金を持っていませんでしたし、帰る家もありません。

 彼女はいつも、独りだったのです。


 しかし彼女がどれだけ泣いて助けを求めても、町の人々はそれに応えようとはしません。ほとんどの人たちは小汚い野良犬を見るように顔を顰めて通り過ぎるか、後の人間はお金の代わりに石を投げつけました。

 彼女の味方は、もうこの町には居ません。

 いつも好きな物を買ってくれたお父さんも、何かあるとすぐに自分を守ってくれたお母さんも、この世からいなくなってしまったからです。


 母が死に、父が死に、もうこの世に自分を助けてくれる人はいないのかもしれない。

 そう思うと悲しくて涙が出そうでしたが、しかしその瞳からそれが流れることは有りませんでした。

 彼女の身体の中には既に、涙が零れ落ちる程の水分も残っていなかったのです。


 人目につかない、家と家とに挟まれた小狭い路地。そこに彼女はいました。ぬかるんだ地面の上、衣類が汚れるのも構わずに家の外壁にもたれ掛かるようにして腰を下ろしています。ふと、気がつけば地面の泥を握り締めていました。ぬるり。彼女は掴んだ手から伝わる湿った感触に、興奮します。

 どうやら三日前に降った雨の水がまだ、日陰になっていたお陰で乾いていなかったようです。

 彼女は嬉々として掴んだ泥を勢いよく口の中に掻きこむと、ところが直ぐに咽むせて吐き出してしまいました。それでも、少しだけ口の中が潤った気がしました。


 少女は、喉が渇いていました。


 泥だけではまだ全然足りなかったので、彼女は仕方なく無事な右手の甲の皮膚をぶちぶちと噛み千切ると、そこから流れ出る真っ赤な自分の血を啜りました。

 どくどくと美味しそうに腕をしたたる自分の血は、昨日噛み千切った左の甲から流れた血より更にネバネバしていて水気がありませんでしたが、それでも満足しました。


 それから地面を這っていた大きめの虫を五、六匹捕まえて咀嚼した後に、外の通りに目を向けました。

 目を向けた先には丁度、大きなカボチャのフロートがゆっくりと町の目抜き通りを移動している姿が見えました。


 町の人々の楽しそうなはしゃぎ声が、楽器隊の奏でるラッパの音が、路地裏にいる彼女のところまで聞こえてきます。子供達はフロートから投げ出される菓子を少しでも多く自分の物にしようと、手を広げて動き回っていました。

 投げ出される菓子を見て彼女の身体はぴくりと反応しました。しかし、彼女はなんとかその衝動を抑え付けます。


 自分が出て行っても、苛められてしまうだけ。苛められるだけならともかく、今度こそ殺されてしまうかもしれない。

 彼女はそう、考えていました。


 何せ今日は、カーニバル。


 彼女の両親が死んだ、そのお祝いの日。収穫祭という名の、イジワルな独裁者から解放された町民達のお祭りだったのですから。

 その世界一賑やかであろう故人の死を歓迎する葬式は、娘である彼女にとって悪夢そのものでした。

 そしてきっと、と彼女は思っていました。

 カーニバルが終わる頃にきっと、自分は最後の出し物として彼等に殺されるのだと。そのために私は今まで生きて、生かされてきたのだ――と。


「――こんなお祭りの日に、君はどうやらお腹が空いているようだ」


 急に。直ぐ側で、声が聞こえてきました。そのことに、彼女は驚きます。が、身体が動きません。とうとう限界が来てしまったのか、身体はぐったりと地面に身を任せているばかりです。


「だったら僕が、このお祭りを君のためにもっと素敵なものに変えてあげようじゃないか――」


 彼女がなんとか首だけを捻り声のする方を見ると、そこには(わら)が立っていました。

 タキシードに身を包み、手にしたステッキの先で器用にシルクハットを回転させて遊んでいる、藁人形が立っていました。目に当たる部分に留められた二つのボタンの片方部分は糸が取れ掛けていて、まるで眼球が垂れ下がっているように見えましたが、彼女は特に何も思いません。健康な頃の彼女ならきっと不気味に思ったでしょうが、今はその事にも、藁が動いていることにも、何処から現れたかも、喋っていることについても、何の感情も抱きまんでした。

 それはもしかしたら、藁人形の彼が発している独特な雰囲気のせいかもしれません。


「さあ! 行こうか、空腹な君。今日のディナーがほら、食べて食べてと喚いて煩い!」


 藁人形は白い手袋を填めた右手を彼女に向かって伸ばすと、そのまま彼女の二の腕を掴みました。そしてそのまま、目抜き通りの方へ強引に連れて行こうと手を引きます。彼の力は強く、彼女の身体は引きずられるようにして目抜き通りへと向かい始めました。


「あ――う」


 やめて!

 彼女はそう叫ぼうとしましたが、しかしうめき声が出ただけでした。彼女はもう、声を出すことも出来ません。


「汝よ! 汝の隣人を愛せ! 隣人の肉を愛せ! 隣人の肉を愛し、感謝しろ! 汝の隣人に、肉があることを!」


 謝肉祭(カーニバル)だ!

 藁人形が両腕を拡げて天を仰ぎ、よく通るアルトで声高々に宣言した時、藁人形に連れられた彼女は目抜き通りを悠々と闊歩するカボチャのフロートの頂上に立っていました。

 町が、凍り付きました。歓声は一瞬にして止み、人々はある一点、藁人形と彼女だけを凝視します。誰もが、彼女達を見上げるばかりでぴくりとも動きません。まるで、時間という時間が固まってしまったようです。

 彼女もまた、虚ろに濁っていた眼を見開きました。骨に皮がへばりついただけのような頬が、腕が、全身が、ぶるぶると小刻みに震えます。ここに来てようやく、感情が元に戻りました。

 彼女は、戦慄していました。憎く、恐ろしい、町の、ヒト、ヒト、ヒト、ヒト、見渡すほどに湧き上がる、恐怖。まるで震えが止まりません。そして、それ以上に――


「空腹な君。僕が怖いのかい? 大丈夫、怖がることはないさ。romantic straw dall(夢見る藁人形)は何時だって、身を焼かれる君達の味方だからね」


 藁人形は彼女の手を取ったまま、顔を向けて微笑みかけます。もっとも、彼の口はボタンが何十個と連なって口の形を作っているだけで、それは最初から笑っていました。

 彼女は戸惑いながら、しかし何をどうしようもなく、彼の行動を見守っていました。

 そして町の人々はまだ、突然の出来事に理解が出来ないでいました。

 そんな中、彼はステッキをぽんと跳ねさせてステッキの上で回っていたシルクハットを頭でキャッチすると、それから巨大なカボチャの頭を軽く叩きました。すると、叩いた先から、シャボン玉が次から次へと沸いて出てきました。そしてシャボン玉は割れずに中空で停止すると、何かの決まりごとに従うようにばらばらと空中を移動していきます。

 そうしてやがて出来たその形に、彼女ははっと息を呑みました。

 carnival(カーニバル)

 シャボン玉が集まって出来たそれは、確かにそう読めました。

 彼女が呆然とその様子を眺めていると、藁人形は言いました。


「君は、変えたいかい?」


 rとvを、君は変えたいかい? と。

 聞かれて彼女は最初、何のことか理解出来ませんでした。

 しかし、続けられた彼の言葉で、全てを理解しました。


「君は、変えたいかい? この悪夢のような現実を、いっそのこと悪夢そのものに。rとvを、いっそnとbに」


 それはきっと、空腹な君にはお似合いのお祭りだろう?

 彼女の中で、何かかがすうっと降りていくのを感じました。

 それはとても、とてもとても、魅力的なお話に思えました。魅力的に、思えてしまいました。

 彼女は少しだけ考えた後にゆっくりと、しかし確かに、首を縦に振ります。

 そしてそれは、起こりました。

 次の瞬間、悪夢の泡はぱちんと弾け飛び、rとvはnとbに、carnivalは――cannibal(カンニバル)に。

 町はその後、歓声が上がり菓子が飛ぶ謝肉祭(カーニバル)の代わりに、断末魔が上がり血しぶきが飛ぶ食肉祭(カンニバル)が始まりました。

読了感謝です。

元々現代伝奇ものの長編でプロローグに使うつもりだったのですがキリが良くてなんかスッキリしちゃったのでとりあえず短編で終わらせちゃいました。

まあフツーにないと思いますが、万が一大絶賛の嵐で巷でウワサになるぐらい反響がとてつもなかったら長編用に構成しなおして連載始めるかもです。

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