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紅の花

 

『お前、____と仲が良かったな?』


 身を刺すような寒い朝、雲一つない空に朝日が昇る。

 その白々と明けていく薄水色が橙色の朝焼けに変わっていく中、黒いフードをかぶった死神が、朝日から俺を遠ざけるように立ちはだかっていた。

 丸太を組んだだけの粗末な舞台の上、使い古され血の染みで赤黒く染まった首刈り台に、先程まで命乞いをしていた男がうつ伏せにうずくまっていた。しかし、台の上に乗せられているはずの頭は見当たらない。

 死神が手にしている大きなハルバードの刃から、滴る生ぬるいしずくが俺の頬に落ちた。

 こすり落とすと手の甲が赤く染まった。


『だから____はお前が殺れ』


 首刈り台からまだ湯気をあげている死体がおろされ、舞台に新たな人が連れてこられる。

 白い粗末なワンピースを着て、髪を短く切られた少女だった。その子は俺を見て悲しそうにほほ笑んだ。役人に手荒くひざまずかされて、首刈り台につながれた。花の茎のように細い、白い首が陽光の下さらされる。


 死神が俺を自分の影の中へ納めるように近づいて、まだ血の滴る斧を持たせた。

 冷たく重い斧の鉄の柄が、俺の指を凍らせる。



 谷底へ落ちるような焦燥のなか目を覚ます。

 窓の外はまだ蒼然としており、日の出前のようだ。自室のベッドであることを確認し、夢の世界から持ち帰った恐怖を払いのける。とっくの昔に忘れたはずだ。

 そう思っていたのに。


 ――今さら思い出すのか。


 *


 このところ、まるで何かの封印を解いたように昔の夢を見る。

 理由に心当たりはある。俺がルールを破っているからだ。


 俺は仕事をするうえで、いくつかの取り決めをしている。

 誰かに言われたわけではない。そうしようと俺が勝手に決めているだけだ。

 その中の一つに囚人と関わらない事も含まれている。ガキの頃、前任者が俺に仕事を教えていた時。決まって奴は俺が関りを持った方の囚人を殺させた。『仕事に私情を挟むな』と言うことらしい。

 それ以来、俺はいつか手を下すことになる相手と極力関わらないようにしていた。そして、なるべく苦しまないように斧を振り下ろす。


 それなのに、俺はとうとう自分から囚人と関わるような約束をしてしまったのだ。

 恐れられ、憎まれて、遠ざけられた方がまだよかったのかもしれない。だが、もう遅い。もし俺が前言を撤回したら再びルールを破ることになる。『できない約束はしない』だ。

 助けられない者に助けるとは言わない。いつか出られない者に出してやるとは言わない。

 俺にできることと言えば、苦しまないようにしてやることだけだ。


 支度を整え、いつもより早い時間に屋敷を出る。

 朝もやに荒れ果てた庭が見えた。


「ゾルバ様。おはようございます」


 庭を眺めていたモダルが俺に気づいて挨拶をする。

 モダルは屋敷の管理のため、彼の妻メルダと共にここへ住まわせている老人だ。

 昔騙されて家も財産も失い、行く当てもなく夫婦二人この幽霊屋敷に住みついていたのだが、家の買い手が現れたことにより追い出されてしまった。門の前で野垂れ死にしそうになっているところを雇い入れた。俺も人手が必要だったし、雇い主が死刑執行人、しかも幽霊屋敷に住み込みと言われ努めたいと思う者はいない。こちらが感謝したいくらいなのに、モダルは恩に着ているようだ。


「朝早いな」

「はい。年寄りは長く眠るのが難しいようで」


 苦笑いを浮かべて禿げ上がった頭をなでた。


「あの、旦那様」

「なんだ?」


 言いにくそうにしているモダルに先を促す。

 とりあえず話は聞いてもらえそうだと分かった老人は、恐る恐る話の先を続けた。


「こんなことに口出すのはどうかと思ったんですけど、庭を手入れしても構いませんでしょうか? お役人様の住む屋敷です。あまり傷んでいるのはその……良くないと」


 立ち枯れた木が並び、傷んだ墓石のような彫像が倒れている。

 年中冬のように灰色で花さえも咲かない。そんな庭が気になるらしい。メルダは花が好きだと言っていたから、その影響かもしれない。


 荒れた庭も屋敷も修繕費用がないわけではない。ただ、俺が家と言う物をよく分かっていないだけなのだろう。俺が育った教会は幽霊屋敷よりひどいものだったし、そこを出てからは牢獄で暮らしていたのだから分かれと言われても困る。


「俺は庭のことはよく分からん。モダルの好きにするといい。かかった費用は後で教えてくれ」

「後でいいんで?」

「どうせ有ったところで使い道がない。お前の言う綺麗な庭を教えてくれ」

「は、はい。ありがとうございます」


 モダルは嬉しそうに頷くと、鉄条網のような棘だらけの蔦から何かを摘み取って俺の胸元に挿した。何かと見れば、赤い小ぶりの薔薇が胸元へ飾られている。


「この庭だって、少し手助けしてやれば元の姿を取り戻しますよ。誰かに注がれる愛情が必要なんです」

「やけに熱心だな」

「私は昔庭師をしていたのでつい」

「なるほど」


彼の過去をあまり知らなかったが、庭を眺める様子を見ればわかる。懐かしさを滲ませた優しい眼差しをしていた。

モダルは、庭いじりの許可が出たことを妻に話したくなったのか、足早に屋敷へ戻って行った。


昨夜の襲撃の報告は、ひとまず保留にした。

お姫様が上の奴らに目をつけられるのはあまりいいことでは無い。襲撃してきた奴らの目的もハッキリしない以上、しばらく様子を見ることにした。もし、俺を故意に狙っているのなら、そのうちまた現れるだろう。


いつもより早く監獄へついた俺は、マリー・アンの食事係の牢番に声をかけられた。これから食事を持っていく途中のようだ。


「今日はいつごろ時間が空きそうなんだ? 今からマリー様のところへ行くから伝えとくぞ?」

「サー・デデ次第だな。時間をかけるようなら午後になるだろう」


処刑台の上で行われた残虐行為により、彼の悪名は既に知れ渡っているのだろう。食事係は苦虫を噛んだような嫌な顔をした。


「あいつ、早く帰ればいいのにな。ここに留まりたいみたいで、あちこちに金を握らせてはコソコソ何かやっているみたいだぜ」

「たとえば?」

「そこまで詳しくは知らない。囚人のことをあれこれ聞いていたみたいだぞ」

「何のためにそんな事を?」

「さぁな? もっと斬りたいから、リストに上がりそうな奴を探しているんじゃないかって言っているやつもいたな」


俺は昨夜の襲撃者が言っていたことをなんとなく思い出していた。誰か特定の人物を探しているような気がする。それはこの塔の上に幽閉されている少女に繋がるのではないか。

そんな予感があった。


「そのうちアンタにも聞いてくると思うぞ。まぁ、ゾルバの事だ教えないんだろう? 厄介なことに巻き込まれないように適当にあしらえよ」


俺が頷いて去ろうとすると、こんなことを言われた。


「誰かに逢うのか? 珍しいな」


牢番の視線を辿ると、俺の胸に飾られた花に止まる。

モダルに挿されたままになっていたのだ。素早くとって牢番の持つ朝食のトレーにのせた。


「からかったわけじゃない。良いのかい? いらないのかい?」


牢番がまだ、笑を浮かべながら俺の背に尋ねるのをそのままに、俺は足早に立ち去った。



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