首刈り役人とお姫様
あれは長雨の合間にたった1日晴れ間が覗いた日だった。
朝からぐずぐずと冷えて、俺の偽物の左足がまるで本物みたいに痛みやがってイライラさせられたよ。
あぁ、分からなかったかい?
俺は左の膝から下は木で出来ているのさ。
何で失くしたなんて聞くのかい?
あんたの想像を超えるような理由じゃないから安心してくれていい。俺もつまらない身の上話を語る気分じゃないんでね。
とにかく、その日はお日様が出ていること以外で気分のいいことは無かった。
俺は朝イチで盗みを重ねて死刑を言い渡された男の首を刈った後、協会の片隅で仕事の首尾を讃えて独り祝杯をあげていた。
そいつは俺があまり鮮やかに斧を振るったせいで、首が離れたことに気がつかなかったらしい。切り落とされた後も何か喋っていた。さすがに口をパクパクさせるだけで、声は出なかったんだが。
俺は首を切られたことはないから本当の所は分からない。
まぁ、首を落とされれば必ず死ぬから、知っている奴がいたとしても死体だから答えようもないな。
だが、この位スッパリと切り落としてやると、あまり苦しまずに済むと前任の処刑人が教えてくれた。
俺は拷問官じゃない。
だから殺る時はなるだけサッと終わらせるようにしている。
首を落とすまでに47回も切りつけたなんて記録もあるようだが、俺から言わせればその首切り役人は引退するべきだ。
下手にも程がある。
一撃必殺。これに限る。
ん? どこまで話したか……。
スマン。
教会で酒を飲むなど不謹慎だと責める者もいるだろう。だが、首切り役人は嫌われ者だ。酒場に行くとトラブルに見舞われることが多い。街の連中も俺の姿を見ると、悪魔でも見たかように子供を隠し神に祈りをささげる。まぁ、悪事をさせないためにも俺は恐れられた方がいいと上の奴は言っていたが、直接手を汚さない奴らは気楽なものだ。
こちらの不都合など、瑣末なことなんだからな。
なんだか話が進まない。
そんな理由で、俺は酒を飲む時はうるさい奴がいないの教会の中庭の隅と決めているのさ。そこには処刑され引き取り手のなかった死体の共同墓地があるから、大体のやつは怖がって近寄りもしない。
静かな場所だよ。
すると、神父見習いの小僧が怯えながら俺を呼びに来た。
「ゾルバさん、神父様がまた代わりをお願いしたいと」
「またか」
「すみません」
ここの神父はいい奴なんだが『呑んだくれ』だ。
日がな一日アルコールに浸っていないと居られないらしい。
穏やかな街の神父にぴったりの男が、監獄の町の教会へ派遣されてきたことが悲運の始まりだったのだと俺は思う。
拷問されたり、長らく監禁された憐れな人々の松後の水を汲む係など、平凡で善良な人間には向かない職業だろう。それで時々、神父は発作お起こしたように泥酔の夢の中へ逃げ込んでしまう。こうなるともう懺悔を聞くどころではない。
そこで、困り果てた使用人や見習い共が俺に頼むようになった。
何で俺かって? まぁ、暇そうに見えるのかもな。それじゃなきゃ、首斬り役人だからこういうことに慣れていると思っているんだろう。
ガキの頃は教会にいたから多少なりと祈りの言葉は知っていたし、それで選ばれたのかもな。こんな事なら神父に話すんじゃなかった。全く厄介なことだ。
見習い共は自分たちが聞いてやればいいものを、やっぱり死にゆく者の言葉を聞くのは辛いらしい。修行が足りないのかもな。子羊が逃げるぞ。
俺は仕方なく懺悔室の奥の部屋。本来なら神父が座る席に腰を落ち着ける。
この教会と監獄は地下通路で繋がっていて、囚人は本人が望みさえすれば週に一度祈りを捧げに来れる。首枷足枷、看守付きの訪問になるがな。それにこれを許されているのは身分の高い奴らだ。
そいつらは何がいいのか、このこ狭い部屋に恨み辛みや怒りをぶつけにやってくる。こんな所でボヤいたところで、そいつはしばらく経てば俺の斧の露と消えるのだ。
俺は狭い部屋でそいつらのボヤキを聞き流し、終わった頃に『許す』と一言いえばいい。
こんな簡単な事、神父見習いにだってできるはずだ。
全く、面倒なことだ。
その日、懺悔の部屋に訪れたのは若い女だった。
温室で大切に育てられた花のような雰囲気を持っていた。囚人らしくないドレスを着こみ、手入れの行き届いた髪を背に長く垂らしていた。手枷がされていなければ、どこの令嬢が迷い込んだのかと悩んだことだろう。その瞳が抜けるように青く空のように輝いている。
たくさんの罪人の目を見てきた俺だが、このようになんの曇もない目を見たのはほぼ初めてと言って等しい。
だが、どんなに美しい目をしていたとしても、やはり、罪人は罪人だ。しかし、この娘が何を語るのか。俺はほんの少し興味を引かれた。
「ごきげんよう。神父様」
「……」
俺はいつものように無言に徹する。
ここに住むものは、神父が常に酒浸りであることを知っていたから返事がなくとも不審に思う者はいない。それをいいことにここの連中は俺に代わりを頼むのだ。声でバレることがないからな。
まぁ、喋ったところで、俺と気づくものいないのだが。
「あの……いらっしゃいますか?」
ところがこの娘、相手が返事をするものだと思っているらしい。
戸惑いながらこちらに話しかけてくる。俺が返事するまで懺悔を始めるつもりは無いらしい。長くかかるのは嫌なので適当に相手してやることにする。
「おりますよ。あんたは何を話に来たのですか?」
「あ、良かった。誰かとお話がしたかったのです」
「……」
「ごめんなさい。神父様。実は私、告白をしにきたわけではないのです」
《マリー・アン》と名乗る少女は、まだ社交界てビューも果たしていないようなあどけなさを残す小娘だった。牢獄のようすを聞くかぎり、かなり優遇されているようだ。どこぞの貴族か王族と関係しているに違いない。
多分最近起きた跡目争いと関係があるのだろう。
王都に近い監獄では血の惨劇が起きていると伝え聞いている。俺のいるこの街は王都から遠いため、護送されてくるとしたら長期にわたる幽閉を目的とする場合が多い。
まぁ、護送の途中で姿を消したり、病死する者のほうが多いのが現状だ。護送などとは肩書きだけで、体のいい口封じに使われているのだろう。
それを免れてここへ来たということは、可愛そうだがこの少女は死ぬまで監獄ぐらしという事だ。
俺には関係の無い仕事。この娘には幸運だったな。
「懺悔とは違いますが、私とお話して下さいますでしょうか?」
小さな明り取りの窓から漏れる陽の光に、少女の金色の髪が輝いている。頂きに光の輪が現れて、俺は柄にもなく小さな天使を連想した。
暗いかごに押し込められた小鳥のような娘。
「悪いが俺は神父じゃない。今ヤツの調子が悪くてな。代理だ」
言わなくてもいいことを言っている。
分かっているが、口をついて出たのは無意識だった。
常日頃ろくな相手と話していないだけに、馬鹿に素直な少女の態度に調子を狂わされたのかもしれない。言って後悔したが。なに、この少女とは無縁だ。この先断頭台で顔を合わせることもないだろう。
「まぁ、それでは貴方はどなたなの?」
恐れて逃げる。
そう思っていたのだが俺の思惑ははずれた。娘はかえって好奇心をくすぐられたようで、格子窓の方へ少し身を乗り出すようにして尋ねる。俺はもう少し少女を怖がらせて、おかえり願おうと声を低めて言った。
「悪魔だよ。もしくは死神だ」
嘘では無い。実際街の連中は俺のことをそう呼んでいる。
昼日中、通りに姿を見せようものなら十字を切って避けられる。仕事上必要だから認められている。それだけで、善良人間からすれば俺は人前で首を刈る化物に見えるのだろう。
案の定マリーの顔は強ばり、言葉を失っている。
青い目は猫のように見開かれ、格子の向こうに微かに見える俺を見定めようとしていた。
「嘘です。貴方は神父様じゃないかもしれませんが、悪魔や死神のはずがありません」
「何でそう言いきれる?」
「だって、ここは教会です。悪魔や死神のような邪なものは入れませんもの」
娘は神聖なものを信じる一途さで言い切った。
その時、懺悔室の扉がノックされる。時間なのだろう。
「また、来てもいいですか?」
「神の家の扉は常に開かれているのだろう? 来ればいいじゃないか」
「また貴方にお会い出来ます?」
「分からんね。今日はたまたまだ。次はちゃんとした神父が話を聞くだろうよ」
再びドアがノックされる。
今度は急かしているのか少し強めの音がする。
「また、来ます。きっと来ます」
マリーは急き立てられるように部屋を出ていった。
少女を含む監獄のヤツらが居なくなるのを待ってから、懺悔室を去る。
「お疲れ様です」
いつものように小僧が俺に小銭を渡してくる。
神父の代わりを務めたことの口止め料だ。勤勉な神父に代わり仕事をしている者がいることは、口止めされなくとも周知の事だ。だが、その代わりが俺だと知られる事とは別問題なのだ。
悪魔のような相手に告白を聞かれたとあっては、心穏やかにいられる者はいないのだろう。
「変わった奴だな」
「え?」
「何でもない」
ついこぼした独り言を小僧が聞き返す。
久しぶりに人と口を聞いたりしたから、思ったことを口に出してしまったようだ。軽くあしらって教会を後にした。