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第八話 よくあること

「ひとまず、村に戻ろう」


 フィオナの提案を受けて、俺達は一度この場を離れることにした。

 拘束中のエクシポディアを放置してもいいのか不安に思ったが、フィオナ曰く術者が解除するか限度を越えた力で破壊されない限り、丸一日は拘束が続くのだという。

 疲労困憊でボロボロの身体のまま来たときと同じ道を戻る。あのときは必死だったので周りを見ている暇などなかったが、とてものどかで気持ちのいい道だ。大きな仕事を終えたばかりだからか、余計にそう感じてしまう。

 道半ばまで来た辺りで、向こうから別の二人連れが来るのが見えた。


「ああっ! フィオナ様! ご無事でしたか!」

「オリンピア? どうしてここに」

「どうしてもこうしてもありません! こんな傷だらけになって……だから私もお供すると言ったんです。お召し物も綺麗な御髪(おぐし)も土まみれにして……私、旦那様に顔向けできません! 私がフィオナ様のお側にいるのは護衛のためでもあるんですよ!」


 オリンピアの丁寧なマシンガントークにフィオナは完全に圧倒されている。エクシポディアがどうなったのかには全く関心を示さず、ただひたすらにフィオナのことだけを考えているのは流石の一言だ。

 フィオナが無言で俺に視線を向けて、話題を変えて助けて欲しいというサインを送ってきた。嫌な予感はするが頼られてしまったらしょうがない。


「そんなにフィオナのことが心配だったのか? ――わざわざ村長まで連れてさ」


 オリンピアから少し遅れて来た村長に視線を向ける。話をあちらへ逸らそうとする計画だったが、オリンピアの執心は俺の想定を大いに超えていた。


「さり気なくフィオナ様を呼び捨てにしないでくださいませ。それと私は村長に付いてきただけですので。間違ってもフィオナ様の言いつけを私情で破ったわけではございません。そのようなこと天地が割れたとしてもあり得ませんから」

「分かった、分かったから睨むなよ」


 よく分かった。この娘はスイッチを入れてはいけないタイプの子だ。うっかり抱きついたことを知られたら命がないかもしれない。

 期待に添えなくて残念だが、オリンピアへの対応はフィオナに丸投げさせてもらい、俺は老いた村長に向き直った。


「神官殿、魔獣はどうなりましたか」

「殺せはしなかったけど、徹底的に拘束して動けないようにしてやったよ」

「おお! それは素晴らしい! 是非とも我が目で確かめなければ」


 早足で通り過ぎようとする村長を、俺は強い口調で呼び止めた。


「待った! あんたどうしてここに来たんだ。戦いに巻き込まれるかもしれないってのに」


 村長はぴたりと立ち止まり、首から上だけをこちらに向けてしわくちゃの顔に笑みを浮かべた。


「さぁ? どうしてでしょうな。長年の勘かも知れませぬ」

「…………」


 フィオナとオリンピアからは見えないように気をつけて、試練の書を開く。一礼して立ち去ろうとする村長の背中を見据え、囁くように呪文を唱える。


閲覧(カルタ・ウィーサ)





 ――――――――――――――――――――――――――――――


 個体名:【非開示情報】

 性別:男 種族名:【非開示情報】 所属国:【非開示情報】

 

 身体性能:■ 白兵技量:■

 魔力総量:■ 魔法知識:■

 軍務適正:■ 政務適正:■

 総合評価:■


 特殊技能

  ■■■■:■ 【非開示情報】

  ■■■■:■ 【非開示情報】

  ■■■■:■ 【非開示情報】

  ■■■■:■ 【非開示情報】


 ――――――――――――――――――――――――――――――





「――――」


 背筋に悪寒が走る。

 あの男は何もかもを隠している。名前も国も能力も技能も、そして種族すらも。人間であるか否かも知られたくないと思っているのである。

 俺は改めてこの呪文の恐ろしさを実感した。隠したい項目が伏せられるのはデメリットなどではない。この情報を隠したいと思っている、という意図の存在を白日の下に晒してしまうのだ。


「おい、オッサン」


 重く冷たい言葉が口を突いて出る。こんな声が出せたのかと自分でも驚くほどに。


「間違ってたら謝るからさ。そこを動くな」


 種族すらも隠しているのなら、きっと――


輝ける(スプレンデンス・)拘束の鎖(ウィンクルム)

「ごはァ!?」


 光の拘束帯が老体を荒々しく圧迫する。驚き振り返るフィオナとオリンピアの目の前で、その異変は起こった。

 村長の顔面が前方へ突き出すように肥大化し、皮膚を深緑の鱗が覆い、殆ど抜け落ちていた歯が見事に揃った鋭い牙へと姿を変える。ものの数秒もしない間に、枯れ木のような老人の肉体は人間を模した蜥蜴(トカゲ)に成り果てていた。


「……マジかよ」


 想像以上の変貌ぶりに言葉を失ってしまう。


「何故……分カッタ……」

「さぁ、どうしてだろうな。それより何が目的だ。俺にフィオナの足を引っ張らせて死なせようって魂胆だったのか?」

「クカカ……劫火ニテ葬レ(クレマーティオー)……!」


 次の瞬間、トカゲ人間と化した村長の身体が激しい炎に包まれた。


「うわっ!」


 あまりの熱量に思わず後ずさる。距離を置いても肌が焦げそうに感じるほどの熱だ。村長だったモノもあっという間に焼け崩れ、原型すら残さずに灰と炭になっていった。


「自殺……自分で自分の口を封じた? てことは、やっぱり……」


 目の前で人が死んだという実感はなかった。姿形が人間からかけ離れていたのもあるが、死に様があまりにも現実離れしていて、それを人の死だと正しく認識できなかったのかもしれない。

 ただ、肉と服の焼ける臭いは酷く不快だった。


「やはり刺客でしたね。亜人種というのは想定外でしたが」

「そうね……貴女を監視に付けておいてよかった。彼らに恨まれる心当たりはないんだけど……」

「単に雇われただけの可能性もあります。自国を出た蜥蜴族(サウロス)にはそういう輩が多いと聞きますから」


 フィオナとオリンピアはやけに落ち着いた様子で言葉を交わしていた。二人も驚いているのは間違いないのだが、それを抑えて冷静に現状を分析しようと努めているようだ。


「ユーリ殿。彼の正体をよく見抜けましたね」

「……最初から疑ってたからな。トカゲ人間ってのは全く想像してなかったけど」


 嘘は吐いていない。肝心な事柄を伏せているだけだ。

 俺が村長を疑うようになったのは昨日の夜からだ。ならフィオナが疑い始めたのは一体いつからだったのだろう。俺と話していたときはまだ信じていて、後から考えが変わったのだろうか。それとも――


「こんなに遠回しなのは珍しいけど、よくあることなの」


 あの夜と同じ言い回しを使って、フィオナは悲しげに微笑んだ。

 ――そういうことだったのか。

 ようやく俺はフィオナの考えを理解できた気がした。


 分かってみれば単純な話だ。昨夜の時点では、俺もまたフィオナから信用されていなかったのだ。俺が本当に巻き込まれただけの被害者なのか、あるいは村長の息が掛かった共犯者なのか判断が付かなかったので、真意を隠す演技をしただけなのだ。


 疑われたことを恨むつもりは毛頭ないし、恨む筋合いがあるとも思っていない。そもそもフィオナに対してはネガティブな感情が一切浮かばない。

 全ての素性を偽っているという点では、俺は村長と何も変わらない。疑われて当然の人間だ。それでも俺を守ってくれたフィオナには感謝してもしきれなかった。


 ただ、感謝すると同時に胸が痛む。

 俺とさほど歳が変わらないであろう少女が、人の悪意を疑い、刺客を放たれることを前提に生きているという現実。それでもなお他人(ひと)を守ろうとする事実。予想していたとはいえ、その全てがあまりにも重い。

 心の底から思う。この世界は、そんなにも残酷なのだろうか――

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