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第七話 開花する才能

 傷ついた銀髪の少女を抱え、翼のないドラゴンと睨み合う。少し前の俺が聞いたら間違いなく笑い飛ばしているシチュエーションだ。もっと前の自分なら逆に喜んでいたかもしれないが。

 試練の書に載っていた二つ目の呪文は確かに有効だった。上手く縛ることができれば今度こそ完全に動きを止められるだろう。

 狙いは腕のような一対の前脚。両方とも封じられれば、さっきのように力尽くで引き千切られることもないはずだ。それと四本の脚のうち最低でも二本。これで走ることができなくなる。できれば首の自由も奪って“息”を吐かせないようにもしたい。


「もうちょっと我慢してくれよ」


 立っているだけで辛そうなフィオナに声をかける。フィオナは“息”を防ぐために立ち続けていたので、事前に姿勢を低くしていた俺よりも手酷く吹き飛ばされている。これ以上の無理はさせたくない。

 真っ先に縛るべきは、まずは脚。動きさえ封じれば間違いなく有利になれる。

 狙いを定めようとした瞬間、エクシポディアに予想外の異変が起こった。


「なっ……!」


 エクシポディアの体表を透明な皮膜のようなものが覆ったかと思うと、その姿が足元から薄れて消え失せてしまった。


「光学迷彩!?」

「……被覆変質魔法……!」


 俺とフィオナの発言が妙な重なり方をする。


「体の表面に作った魔力の層を変化させて……自分の見た目を変える、原始的な変身魔法……。それを使って、風景に溶け込んだみたい……」

「竜も魔法が使えるのか……」

「本来の竜……真竜は魔法に優れた種族だったの。真竜そのものはとっくに絶滅したそうだけど、その末裔が魔法の才能に目覚めることが……」


 開けた土地の円周に沿って巨体が練り歩く気配がする。

 姿が見えなくなるだけなら、音は普段通りに聞こえてくるはずだ。しかしエクシポディアは巨体に似合わない慎重さで足音を抑えているらしく、風で枝がこすれ合う雑音に紛れる程度の音しかさせていない。これでは耳を頼りに居場所を探るのも至難の業だ。


 依然として俺達は狩られる側で、狩る側にいるのはあいつだ。状況は最初から何も変わっちゃいない。


 唯一の反撃手段である拘束の呪文も、姿が見えなければ使いこなせそうにない。きちんと当てるだけでも一苦労だし、当たったところで有効な部位を拘束できなければ無駄撃ちだ。

 周囲を警戒し続けるしか対策はないが、こうして神経をすり減らしていたら、せっかく高まった戦意が薄れて集中力も途切れてしまうだろう。きっと奴はそれを狙っている。


「ユーリ、聞いて」


 フィオナが俺の耳に囁きかける。少しずつ体力を取り戻してきたようだ。


「君が使った“鎖”は標的を縛るためだけのものじゃない。拘束した相手の偽装や変身を解除する力もあるの。私が知っているのと同じ呪文なら、だけど」

「……つまり、デカイ身体のどこでもいいから縛れさえすれば、あの厄介な光学迷彩も無効化できるってことか」


 難易度が下がったのは有り難いが、ハードルはまだ高いままだ。見えない相手を縛らないといけないという最大の問題が残っている。

 考えろ――頭を使え――自分に何度も言い聞かせながら思考回路をフル回転させる。



 聴覚を頼りに奴の居場所を探り当てることはできるか。

 ――無理だ。雑多な環境の音の中から奴が出した音を聞き分けて、なおかつ音がした方向を正確に割り出すような能力は持っていない。


 光学迷彩は完璧ではないだろうと仮定して、見た目の違和感で見抜くことはできそうか。

 ――これも無理だ。さっきから吹き止まない風のせいで、草地を覆う木の枝が無秩序に揺れている。光学迷彩の映像にブレがあったとしても、単に揺れているだけの梢と見分ける自信はない。



 どれだけ考えても有効な対処法が思い浮かばない。どこでもいいから鎖で縛り上げるだけなのに――


「……鎖……そうか、ただの輪っかじゃなくて鎖なんだよな。それなら……!」


 俺は閃いたばかりのアイディアを即座に試すことにした。

 丈夫そうな低木を二本見繕い、その二つを繋ぐ“鎖”をイメージしながら小声で呪文を口にする。


輝ける(スプレンデンス・)拘束の鎖(ウィンクルム)


 光の鎖が二本の低木の幹を結びつける。


「……よし!」


 期待通りの結果だった。低木は鎖に引っ張られて弓のように曲がっている。こういう形での拘束も呪文の効果のうちなのだ。


「いけるぞ。これで捕まえられる」

「本当なの?」

「ああ、多分な」


 すぐさま辺りを見渡して、草地を囲む森の中から、簡単には折れそうにない太さの木を何本か探し出す。そして、二本の木を結ぶ形で光の鎖を次々に展開させていく。


輝ける(スプレンデンス・)拘束の鎖(ウィンクルム)!」


 一本、二本、三本――草地という円形の内側に多角形を描くように。

 拘束された木々が軋みを上げるが、幹がしなる程度で折れるには至らない。

 そして、張り巡らされた鎖の一本に不可視の巨体が引っかかった。


「いたぞ! あそこだ!」


 このとき、俺も予想していなかった出来事が起こった。エクシポディアが強引に鎖を突破しようとした結果、鎖の両端が木の幹から外れ、渦巻撥条(ぜんまい)元の形に戻ろうとするかのように、輪状の拘束帯となってエクシポディアの身体に絡みついた。

 巨体を覆う皮膜が弾け飛び、風景に紛れ込んでいた巨体が露わになる。拘束帯はものの見事に首の付根と両方の前肢を縛っていた。


「ははっ、ツイてる! このままいくぞ!」


 狙いは咆哮するエクシポディアの四本の脚。前と後ろにそれぞれ狙いを定め、二本ずつ縛り上げる。

 全ての脚を封じられたエクシポディアは、もはや立っていることも不可能になり、凄まじい揺れとともに横転した。最後に叫びを上げる口を拘束し、巨体の拘束は完了した。

 エクシポディアはそれでもしばらくもがき続けていたが、抵抗は無意味だと理解できたのか、すぐにおとなしくなった。


「……やった」


 片腕でフィオナを抱き寄せたまま、その場にへたり込む。フィオナも目の前の光景が信じられない様子だ。


「やった……やったぞ! はは、やった!」


 勢いのままにフィオナを抱き締めた。服と身体の柔らかさと、服の内側に仕込まれた金属板の硬さ、そしてフィオナ自身の体温が無事に生き延びた事実を実感させ、余計に腕に力が篭ってしまう。

 フィオナの顔が耳まで真っ赤になっていることに気が付いたのは、散々に喜びを発散し終わってからのことだった。


「あ。わ、悪い」

「……もうっ、強引すぎ」


 そう言いながら服装を整えるフィオナ。何だかとてつもなく悪いコトをしてしまった気分になる。


「でもしょうがないかな。本当に凄いことだから……まさか一人で倒しちゃうなんて」

「違うだろ。俺だってあんたの魔法に二度も助けてもらったんだ。独りならとっくに死んでた」

「私もきっとそう。ありがとう、ユーリ」

「こちらこそ。えっと、フィオナ」


 二人並んで座り込んだまま、拘束した竜を眺める。

 どさくさ紛れにフィオナを呼び捨てで呼んでみたが、妙に気恥ずかしい。けれどそれ以上に、二人で苦境を乗り越えた連帯感と達成感が、爽やかに胸を満たしていた。

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