第三話 観戦準備
大奇魔の討伐。それを聞いた瞬間、フィオナは驚きに目を丸くした。
「そんな。あれは既に消滅したはず……」
「現に存在が確認されているのですよ。同一個体が生存していたのか、それとも別の個体が現れたのかは判断しかねますがね」
彼らの会話に、俺は口を挟むことができなかった。
純粋に『分からない』のだ。大奇魔がどれほどの危険性を持つ生物なのか、そして以前出現したときにどれほどの被害を撒き散らしたのか。これらについて何も知れないので、議論に混ざることができなかった。
以前にも聞いたことがある名前だというのは覚えている。調査隊への参加を打診されたとき、状況説明のために列挙された四体の危険生物の一体だ。
今更ながら、そのときに「大奇魔とはどんな生物なのか」と尋ねておかなかったことを後悔した。きっと懇切丁寧に教えてくれたに違いないのに。
「ですが、大奇魔の再出現の情報はこちらには届いていません」
「それはそうでしょう。連絡をよこしておりませんゆえ」
「なっ……!」
「領都に報告をすれば必ず貴女の耳に入る。そうなれば、貴女は無理にでも討伐に参加しようとなさるはずだ」
レオンティウスは淡々と、しかし強い語調で喋り続ける。
「大奇魔の脅威は御存知の通り。貴女とて前回生き残れたのは運が良かったに過ぎません。私が指揮する作戦で貴女に死なれるのは迷惑なのですよ。貴女にとっては名誉の戦死でしょうが、私にとっては不名誉な失態なのです」
不名誉と言い切られて、フィオナは口を引き結んで押し黙った。感情的には反発したいのに、論理的な反論が思い浮かばないようだ。
フィオナには悪いが、レオンティウスの言い分にも一理ある。
本人の意向がどうだろうと、王弟の娘を戦死させたら指揮官が責められるのは避けられない。ゼノビオスさんが許しても周囲は許さないに違いない。
六脚地竜や灼熱兜のときはフィオナ自身が主導して動いていたので、たとえ死んでも自己責任だ。しかし、他人が責任を負うことになる状況で危険に身を晒すには、フィオナの背負う肩書は重すぎる。
「ですが……」
返答に窮したフィオナに助け舟を出したのは、意外にもレオンティウス自身だった。
「戦いを見届けるためだけに同行されるのでしたら、もちろん歓迎致しますとも。今回の出陣が純粋に討伐目的であることを、その目でお確かめくだされ」
「……ええ、分かりました」
そうして俺達は、予定を変えてレオンティウスの部隊に同行することにした。
とは言っても、調査隊の活動計画に変更を加えたわけではない。あくまでヴォラス市に滞在する期間の一部を振り替えただけだ。
同行するメンバーは四名。見届け役となるフィオナと対危険生物のアドバイザーとして専門家のアリストテレス。そして護衛役が俺とアキレアスだ。
他の六人はヴォラス市内で待機し、呪文が使えるマリアエレナとキリルが待機組の護衛担当ということになる。
「――大奇魔ってどんな奴なんだ?」
目的地へ向かう四人乗りの軍用馬車に揺られながら、俺は今更な質問をした。
「ユーリと合う前に北方に現れた危険生物よ」
フィオナは硬い表情でそう答えた。これは予想通りの回答だ。大奇魔の名前を聞いたときに俺も同じことを予想していた。
「前回は酷いもんだったらしいな」
アキレアスが勝手に説明を引き継いだ。
「こことは別の城塞都市の部隊が討伐に向かったそうだが、先遣隊は一人残らず死んで残りも半壊。後方にいた連中以外は再起不能だ」
「ええ……私が生き残ったのも、そのときは後方部隊にいたからでしょうね」
話を聞くだけでとんでもない代物というのは分かった。レオンティウスがフィオナの参戦を渋ったのも頷ける。
「とはいえ俺も伝聞でしか知らないんだがな。アリストテレスの爺さんはどうだ。専門家なら詳しく知ってるんじゃないか?」
「ん? ああワシか。そりゃあ集められるだけの資料は集めたがな。断言できるのは完全な夜行性ってことだけだ。暗黒洞窟に引きこもっとるせいで食性すら分かっとらん」
アリストテレスはシワの刻まれた頬を指で掻いた。
「前回の一件で観測された性質は、洞窟の外では日光が入りにくい場所……例えば建物の中なんぞで夜を待つってことと、日光を浴びると瘴気を撒き散らして死んじまうってことだな」
瘴気――毒ガスのようなものと考えれば近いか。細菌やウィルスの類かもしれないが。
フィオナは全く余裕のない表情で、再び口を開いた。
「あのとき、司令官は大奇魔が潜んでいる穀物庫の破壊を不用意に命じた……日光に晒された大奇魔は瘴気を撒き散らしながら暴れ回って、兵士も付近の住民もそれを吸ってみんな死んだ……」
「ということは、つまり……」
「……大奇魔を安全に倒す方法は分からないの。あのときはただ、あいつが死んでいくのに巻き込まれて、大勢が死んだだけ。戦闘すら始まってはいなかったから――」




