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第十一話 鱗の首飾り

 エクスマキナ議会国への出発を数日後に控えたある日、俺はセシリアとシルヴィに付き添って、マリアエレナの家を訪れた。名目はもちろん二人の授業だが、俺はまた別の目的を持っていた。


 玄関を入ってすぐのリビングで授業が終わるのを待ち続ける。

 伝えなければならないことがある。言わなければならないことがある。その最後のチャンスが今日だった。


 一時間ほど経って、授業に使っている部屋のドアが開いてセシリアとシルヴィが出てきた。普段は四十五分か五十分くらいで一区切り付けるので、今日は少し長引いたようだ。


「お待たせしました」

「あの、お話ってなんですか?」


 俺がここに来た一番の目的。それは例の調査について二人に伝えることだ。調査隊査に加わると勝手に決めたことを怒られるかもしれないし、悲しまれるかもしれない。それでも言わなければならなかった。


 最悪なのは、何も伝えずに出発してしまうことだ。黙ってこの街からいなくなるなんて、二人の信頼に対する裏切りに他ならない。


「……実は、しばらくこの街を離れないといけないんだ。半月か、一ヶ月か……それなりに長くなると思う」


 しかし何と説明すべきだろうか。調査隊を派遣するに至った経緯については、外部に漏らしてはいけないと念を押されている。セシリアは王族なので大丈夫だろうが、シルヴィに詳細を教えるのは間違いなくアウトだ。


 適当な理由で誤魔化すべきか、それとも事情があって理由を説明できないと正直に言うべきか。言葉の選択に苦慮する俺を見て、セシリアとシルヴィはくすくすと笑った。


「事情はマリアエレナから伺っていますわ」

「えっ……?」

「とても大事な仕事なんですよね。どんな仕事か教えちゃいけないくらいだって聞きました」


 授業が長引いた理由が今になって分かった。パリエース高山地帯の調査について、伏せるべき情報を伏せた上で二人に説明してくれていたのだ。


「……勝手に決めたりして、悪いと思ってる」

「気にしていません。フィオナお姉様もよくそうしていましたから」


 セシリアはやれやれと言わんばかりに首を振った。


「ある日突然いなくなったかと思ったら、国境を越えてきた敵部隊を追い払ったとか、どこかの危険生物を倒したとか、背筋が凍るような仕事をして帰ってくるんですのよ。事前の報告があるだけ有り難いくらいです」


 フィオナらしいというか何というか。不安を与えたくなかったのか、身内でも情報を漏らせない事情があったのかは知らないが、一方的に待たされるのは気が気でなかったことだろう。


 やはり何も言わずに出発するのだけは絶対に駄目だ。最初の一回だけは不安を抱かせないで済むかもしれないが、一度でもそうしてしまうと、連絡が途切れる度に『また危険なことに首を突っ込んでいるのでは』と不安にさせてしまう。


「マリアエレナはどれくらい詳しく教えてくれたんだ?」

「危険生物の調査をするため北方に行く――それだけです。後はお姉様とマリアエレナも参加するということくらいですわね」


 セシリアが口にしたのは、外部に伝えられる最低限の情報として提示されていた内容だ。

 これ以上は無関係な人間には教えてはいけない。危険生物に怪しげな機械装置が埋め込まれていたことも、つい最近まで戦争をしていたエクスマキナ議会国が目的地であることも。


「……結局、俺が言おうとしたことは全部マリアエレナが教えてたわけか。取り越し苦労だったかな」

「あ、あの! ユーリさん!」


 シルヴィが頬を紅潮させて、緊張した面持ちで俺の前に立った。その手には細いネックレスのようなアクセサリーが握られている。


「これ、お守りです! 私だと思って、持っていってください!」


 鎖の先には鱗状の薄い宝石が……いや、磨き抜かれた鱗そのものがあしらわれている。エメラルド、あるいは翡翠(ひすい)のような色合いで、まるで螺鈿(らでん)のように神秘的な光沢を帯びた鱗だ。


「シルヴィ、それは大事なものだったのではなくて?」

「大事だから持っていてほしいんです。無事に帰ってくださいという願いを込めて渡すおまじないなんですよ」


 シルヴィはどこか照れた様子でそう言った。

 セシリアの驚きぶりを見るに、このネックレスは本当に大切な品物のようだ。そんな品物を、俺の安全を祈るために預けてくれる――シルヴィの温かな気持ちを感じて不覚にも胸が熱くなった。


「ありがとう……必ず、返しに戻るよ」


 ()()()は絶対に許されない。シルヴィの思いに応えるためにも無事に帰ってこなければ。俺はそう固く胸に誓って、鱗の首飾りを受け取った。

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