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第二話 双王子

 先代国王とその兄弟。

 普段なら興味を示さなかったであろう単語に、俺は強く関心を惹かれた。それというのも、フィオナとクラテスから彼らに関する話を聞いたばかりだからだ。


 絵画に描かれた二人は、フィオナの背負っている事情に大きく関わっている。

 そう思うと、学芸員の老人に話の続きを促さずにはいられなかった。


「詳しく……聞かせてもらえますか」

「構いませんとも。常識的な知識ではありますが、貴方は記憶を失くされているそうですからね」

「……そういうのも知られてるんですね」

「ええ、それはもう」


 俺の情報が広く知られているというのは、どうやら本当のことらしい。

 老人は咳払いをしてから、先代国王についての歴史を語り始めた。


「先代国王とその兄弟……双王子がお産まれになったのは、王都が敵軍の手に堕ちる『大陥落』の直前のことでした。王妃は出産直後に亡くなられ、双王子は名付けられる暇もなく、それぞれ別の側近に預けられて異なる場所へ逃れました」


 双子を同じ場所に匿った場合、敵軍に見つかれば二人とも捕らえられてしまう。あえて二手に分かれたのはリスク分散の意味があるのだろう。


「先々代の国王はすぐさま王都に戻り、敵軍を王都から駆逐しましたが、ここで問題が発生しました。撤退時の混乱のため、双王子のどちらが先に生まれたのかが分からなくなってしまったのです」


 敵が目前まで迫る中、生まれたばかりの二人の王子をそれぞれ違う場所へ逃れさせる――ミスが起こっても仕方のない状況ではある。

 しかし、その些細なミスが致命的な結果を招いたことは想像に難くない。


「本来、王妃が双生児をお産みになられた場合、先に産まれた方を長子とみなし、第一の王位継承者とする決まりとなっております」

「だけどそれができなくなった」

「はい……当時の国王は特例として、二人の王子を同時に王太子とし、協議の上で継承者を決めるという便宜的な措置を取りました」


 そうするしかなかったのは分かるが、素人の俺から見てもただの先送りにしか思えない。それも重大な問題を抱え込んだ――


「協議はまるで進みませんでした」


 ――やはりそうなるだろう。セシリアの件を例に出すまでもなく、王位を継ぐ順番が後から変わるのは揉めるに決まっている。だからこそ、生まれた順番で機械的に割り振るシステムが採用されているのだから。


「王子を救った側近達は、それぞれの王子の強力な支持者となり、王宮に派閥が生まれました。片方の王子は『自分が先に産まれた王子である。動かぬ証拠も確保している』と主張し、もう一方の王子は『優れた能力を持つ方が王位を継ぐべきである』と主張していました」


 よく絵を見ると、二人の王子の背景に何人もの男達が描かれている。この男達が王子の支持者で派閥の構成員のようだ。


「派閥同士の争いも激化し、内乱寸前にまで至ったと言われます。これを仲裁したのが女神ノルンでした」

「――は?」


 意外過ぎるタイミングでノルンの名前を聞いたせいで、思わず変な声を漏らしてしまった。

 いや、よく考えれば意外でも何でもない。神様が実在しているのだから、大混乱を収束させるために現れても不思議ではないはずだ。


「正確には、当時の神官長が女神ノルンの神託を受けたのです。女神は試練を託した使いの者を二人に送り、先に試練を達成した者が次の王であると告げました。余談ではありますが、これが現代の神官達が修行のために用いる『試練の書』の始まりとも言われています」


 つくづく意外なところで話が繋がるものだ。


「それで、勝負に勝ったのは?」

「能力のある者が王位を継ぐべきと主張した王子です。王位はこの結果に従って継承されることになり、公的には『兄』と扱われることになりました。そして、もう一人の王子は南方に広大な領地を与えられました」


 ようやく、フィオナとクラテスの話に繋がった。

 どちらが兄か分からなくなった双子の王子――兄弟のどちらが王になったのかで話が食い違っていたのは、この辺りに理由があるのだろう。


「かいつまんだ説明でしたが、ご理解頂けましたかな」

「ええ。実は、話を聞く人によって、先代の国王が兄なのか弟なのか食い違っていて、少し混乱してたんです。これでやっとスッキリしました」

「……そうですか。先王を『兄』と呼んでいたのは、アルテミシア様の関係者ではありませんでしたかな」


 老人は複雑そうな表情を浮かべた。


「敗れた王子の末裔は、この試練が女神の神託を騙った不正なものであり、真に兄である王子が正しき継承者であったと信じているといいます」


 クラテスが先代国王を弟とし、祖先を兄としたのはそういう意味があったのだ。もしかしたら、クラテスの姉である領主アルテミシアもそう考えているのかもしれない。


「あくまで私の個人的見解ですが、彼らがそう思うのは無理もないことです。女神ノルンに限らず、神々が地上の民に具体的な介入をするなど、まずありえないことですから」

「え、女神って人間に関わらないんですか?」


 俺にとってはそちらの方が大きな驚きだった。ノルンは俺の行動に散々干渉を繰り返してきた。他の人間に対してどうなのかは知らないが、きっと似たようなことを沢山しているんだろうと勝手に思い込んでいた。


 だが、そうではなかった。百年近くも前の出来事が特例的とされるほどに珍しい事態だったのだ。


「神々が直接的に干渉なされることは滅多にありません。神託も信徒からの問いかけに抽象的な答えを授けるに留まります」

「そうなんですか……」


 今日一番の驚きだったかもしれない。これまでに二度も三度も顔を合わせてきた相手が、実は滅多に人前に姿を表さない人物だった――そう聞いて驚かない奴はいないだろう。


 ノルンだけでなく他の神様もそうだというのなら、個人の性格や主義主張の問題ではなく、いわばルールに近い縛りなのかもしれない。

 仮にそうだとしたら、ノルンの行動は特例的なものなのか、それともルールの隅を突いたグレーゾーンなのか、あるいは……


 思考の深みに嵌りかけたところで、セシリアの声が周囲に響いた。


「ユーリ! 来てくださいませ!」

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