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第十一話 少年の宣言

 自分はゼノビオスの娘ではない――フィオナの告白の意味が理解できないほど、俺は馬鹿じゃない。

 アルテミシアは最初からこのつもりだったのだ。誰かとの間に作った子を王族として産むために、王国の弱みにつけ込んだのだ。しかも、国を救ったという名声を盾に追求しづらくする周到さで。


 何より質が悪いのは、アルテミシア自身が先代国王の兄弟の孫であるということだ。相手がどこの誰だろうと、生まれる子供は王族の血を引いているわけで、血筋だけで言えば王位継承権を持っていてもおかしくない。

 恐らくこれも追求しづらい理由の一つだろう。


 だが、何のために。何を目的として、こんなことをやらかしたのか。


「……そのことを、ゼノビオスさんは?」

「知ってるに決まってるじゃない」


 フィオナは普段通りの態度を取り繕おうとしていたが、零れ落ちる涙を止められていない。


 どんな言葉をかけるべきなのだろうか。アルテミシアに怒る――フィオナに同情する――どれも違う気がする。月並みの慰めはきっと意味がない。俺の立場でなければ言えないことがきっとあるはずだ。


「初めてゼノビオスさんに会ったときにさ、フィオナのことも色々聞いたよ」


 思い返すのは、決して遠くない過去の記憶。


「ゼノビオスさん、自慢の娘だって嬉しそうにしてたんだ。この歳になってこんなに()()()娘がいるなんて幸せものだって。だからさ……フィオナは間違いなくゼノビオスさんの娘だよ。血筋なんて大した問題じゃないだろ」


 あのとき、俺はフィオナのことを羨ましく感じた。親からあんなに手放しで褒められ、自慢されるなんて滅多にあることじゃない。それほどまでに思われているなら、血の繋がりは問題にならないはずだ。


「うん、知ってる」


 けれどフィオナの返答は、俺の浅はかな想像の一歩先を行っていた。


「私ね……自分が生まれた理由を知ってから、ずっと『死にたい』って思ってるの。あんな女から生まれたことが嫌で嫌で嫌で嫌で……体中の血を流し尽くしてしまいたいって」


 フィオナは両手で自分を抱き締め、二の腕に爪を突き立てた。

 死にたいと思っている――過去形ではなく現在進行系の自己嫌悪。可能ならば本当に身体を引き裂いてしまいたいと思っているのだろう。


「でもお父様は、こんな私のことを娘として大切にしてくれている……それなのに無意味に死ぬなんてできない……だから……」

「だから『意味のある死に方』をしたいのか?」


 フィオナが驚いた様子で顔を上げる。見開かれた目から涙の粒が散った。

 図星を指せたと確信し、そのまま畳み掛けるように喋り続ける。


「独りで六脚地竜(エクシポディア)を倒そうとしたのもそのせいか。自分とは違うんだから無茶をするなだなんて、妙なことを言ったのもそのせいなんだな」


 無意識のうちに言葉に熱が入っていく。フィオナの言わんとすることを理解してしまった瞬間、俺は自分自身のストッパーが音を立てて弾け飛ぶのを感じた。


 言ってやらなきゃ気がすまない。

 他でもないこの俺の本音を叩き付けてやらなければ収まらない。


 父親(ゼノビオス)に、従者(オリンピア)に、そしてこの街に愛されて育ったお嬢様(このおんな)に、お前のことを愛しても嫌ってもいない第三者(あかのたにん)の本音をぶつけてやりたくて仕方がない。


「ただ死ぬだけだと父親の恩に報えないから、世のため人のために戦って死んだという結果が欲しい。立派な娘が立派に戦って立派に死んだっていう事実を父親に残したい。だからあんな無茶な戦いを繰り返してきた……違うか?」

「……ええ、そうよ。悪い?」

「いいや。悪くなんかないさ」


 俺は睨むようにフィオナの綺麗な瞳を見据えた。まさか肯定されるはと思っていなかったのか、フィオナは驚きに言葉を失ったようだった。


「だけど、遠回しな自殺をするのがあんたの自由なら、その邪魔をするのは俺の自由だ。死ぬことを選ぶのがあんたの人生なら、死なせないことを選ぶのは俺の人生だ。これで平等、文句は言わないし言わせない」


 フィオナは目を丸くしたまま、俺の顔をじっと見返している。


「俺が今生きていられるのは、全部あんたのお陰だ。俺一人ならあの森で死体にされてるところだろうさ。そんな人が死ぬのを黙って見ているなんて、絶対にできない。そんなことをしたら自分で自分を許せなくなる」


「ユーリ……」


「覚悟しておけよ。もしもあんたが死にそうになったら、情け容赦なく守ってやる。大きなお世話と言われようが聞く耳なんて持ってやらない。アルテミシアがどうだのなんて俺には何の関係もないんだからな! 諦めて助けられろ!」


 逆ギレ同然に声を荒げてまくし立てる。

 灼熱兜(カプトイグニス)との戦いの最中、右腕がちぎれそうになるのも構わずにフィオナを助けたように。いざというときはどんな手段を使ってでもフィオナを守ろう――俺は今、そう心に誓った。

 フィオナはしばし呆然としていたが、やがて表情を崩して、涙を流しながら笑い始めた。


「あ……あはは! あははは!」

「俺は冗談なんて言ってないからな」

「うん……分かってる。可笑しかったんじゃなくて……なんて言ったら良いのかな……こんな風に考えてくれる人もいるんだなって、そう思ったら……」


 くしゃくしゃの笑顔のまま、フィオナはぽろぽろと涙を零している。俺はフィオナの頬に左手を添え、親指で涙を拭おうとした。

 ……格好つけようと思ったのに、利き手ではないせいで上手に拭えない。

 これじゃ格好つけるどころか滑稽なだけだ。右腕が使えないことを早速悔やむことになるなんて。しかもこんな形で。


 フィオナは今度こそ可笑しそうに笑った。鈴を転がしたような可愛い声で。


 自分がしていることが急に気恥ずかしくなったので、さっさと腕を引っ込めようとしたのだが、フィオナがその手を捕まえて頬に添えさせた。


「もうちょっとだけ……迷惑かけても、いいかな」


 迷惑とは、無茶な戦いを続けることなのか、それとも頬に手を添えさせ続けることなのか。どちらにしても俺の答えは変わらない。


「当然。気が済むまで付き合うよ」


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