第七話 灼熱兜カプトイグニス
ガラスの建物が崩れた場所の地面が、どろどろのマグマに姿を変えた。俺もフィオナも眼前で起きた異変に言葉を失っていた。
冷静に考えれば理屈は分かる。玻璃喰蛇、いや、灼熱兜が火と土の魔力をフルに使って広範囲の地面を融かしたのだ。
けれど、何のために。
「ユーリ! あれを見て!」
カプトイグニスが溶岩の海の中央で鎌首をもたげたかと思うと、沸騰するマグマに頭を突っ込んで、そのまま潜りもせずに動かなくなった。
「……何してるんだ?」
さっきから理解の範疇を越えたことばかりが起こっている。地面を溶岩に変え、かといって潜って逃げるわけでもなく、ただ溶岩に首を突っ込むだけ。まるで意味の分からない行動である。
だが「カプトイグニスがパニックを起こしただけだ」なんて都合のいい考えをするにはまだ早い。人間には理解し得ない理由があるのかもしれない。
それこそ、俺達を一気に窮地へ叩き込むような。
「気をつけて、ユーリ。あんな生き物は人間の領域にはいないから……」
「どんなことをしてくるのか、予想もできないってことか」
フィオナは溶岩の海から視線を逸らすことなく頷いた。
「正直に言って、あんなに広い範囲を一瞬で溶岩に変える魔力を使える時点で、あの生き物は普通じゃないわ。第二級どころか第一級危険生物の認定だって有り得るくらいね」
「それ、今は聞きたくなかったな」
カプトイグニスがおもむろに首を持ち上げ、俺達の方に顔を向ける。
次の瞬間、赤熱の一閃が俺達のいる建物を両断した。
「は――」
斜めに切断されたガラスの建物が、無慈悲な重力に引かれて崩れていく。
「はああああっ!?」
何の抵抗もできずに滑り落ちながら、思わず間の抜けた悲鳴を上げてしまう。フィオナは完全に頭が真っ白になっているようだが、俺はその現象を理解することができた。
ウォーターカッターだ。
高圧の水を狭い穴から高速で放出することで物体を切断する加工技術。カプトイグニスはそれと似た現象を灼熱の溶岩で行ったのだ。
ふざけている、冗談じゃないとしか言いようのない所業だが、物質をガラスに変えられる世の中なのだから、理屈で説明できる分だけまだマシかもしれない。
「輝ける拘束の鎖:二重展開!」
二本の光鎖を展開し、一本目で俺自身とフィオナの身体を束ねるように縛り、二本目の両端をそれぞれ俺の右腕と手近な建物に結びつける。
光鎖を頼りに宙へ身を投げ出し、振り子のようにマグマの海の上を横切る。
「ぐうっ……!」
二人分の重量と遠心力が右腕一本に襲いかかる。今にも肉がちぎれ、関節が外れてしまいそうだ。
苦痛に耐え切り、振り子運動が止まったところで右腕の光鎖を解除する。このタイミングなら運動エネルギーはゼロ。勢い余って遠くに放り出されることもなく、真下の屋上に落下できる。
が、ここで一つ計算違いが起こった。
「しまった……目測、ミスったか」
想定していたよりも高度がある。このままだと数メートル分の高さからガラスの屋上に叩き付けられてしまう。
俺は残り一本の光鎖も解除し、空中でどうにか体勢を変えて、俺の身体がフィオナのクッションになるよう悪あがきをした。
――俺はいい。既に死んでいるのだというし、このままならもう一度死ぬと確定している。
そもそも、こんなところに来てバケモノと戦うこと自体が俺のワガママだ。フィオナはただ俺のために手を貸してくれただけ。
それなのに、いや、だからこそ。
フィオナが俺のせいで死んでいい理由なんてないのだから。
「風よ、舞い上がれ!」
激突の寸前、強烈な風が俺達の身体を押し上げ、急減速させる。
俺はガラスの屋上に背中から軟着陸し、そのままフィオナの下敷きになった。
「フィオナ……」
「……馬鹿っ!」
強く握られた手が胸に振り下ろされる。決して痛くはなかったが、泣き出しそうなフィオナの顔を見上げて、胸がズキリと傷んだ。
「ユーリの呪文なら、危ないことなんてしなくても逃げられたじゃない!」
「そんなことできるわけ……」
「命を粗末にしないで! 私とは違うんだから!」
フィオナが『自分を見捨てて逃げるべきだった』と涙ながらに訴えている――
想像もしていなかった光景に目眩がしそうになる。確かに光の如くを使えば俺だけなら安全に逃げられただろう。けれど、そんなことできるわけがない。
「ふ……ふざけるなよ! 今のは俺の台詞だ! 何でお前を見捨てなきゃいけないんだ!」
左手でフィオナの肩を掴んで、力任せに起き上がる。
フィオナは俺を睨んだままポロポロと涙をこぼしていた。これでは怒っているのか悲しんでいるのかも分からない。
「とにかく、話は後だ。今はアイツを何とかしないと」
起き上がったときに落とした試練の書を拾うため、右腕を伸ばす。そのとき、激痛が右腕に走った。
「~~~~っ!」
肩から手首に掛けてがバラバラになりそうなほどの痛みだった。歯を食い縛って悲鳴だけは堪えたが、フィオナにも異変を悟られてしまった。
「ユーリ!」
「……大丈夫、まだやれる……」
「駄目! ユーリは早くここから逃げて。後は私がどうにか……」
「いや……いいんだ」
俺を支えようとするフィオナをそっと下がらせ、悠々とマグマを補給しているカプトイグニスを見据える。
「アイツを倒す手段がようやく思い付いた。後は実践するだけだ」




