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第四話 ノルン再び

 村長の頼みを聞き入れたときの俺は、きっと物凄く引きつった笑顔を浮かべていたに違いない。

 結局、俺は頭の中で唸りを上げる嫌な予感を押し殺して、エクシ何とかという生き物の退治を請け負うことにした。普通なら全身全霊でお断りしているところだったが、今回ばかりはそうはいかない事情がある。具体的には、試練の書が押し付けてきた課題という名の無茶振りが。


「一宿一飯の恩義……って言えたら格好がつくんだけどな」


 頼み事を聞いたおかげか、それとも俺のことを神官だと思い込んでいるからか、村長は寝床だけではなく食事まで振る舞ってくれた。

 食事は固いパンと薄いスープ、寝床は倉庫のような藁置き場だが、これに文句をつけるほど俺はダメな人間じゃない。村人もメニューは同じだったし、この村の住居は家族が雑魚寝するだけでいっぱいになってしまう狭さなので、広さに関してはむしろ贅沢なくらいだ。


「さて、と……」


 藁の山にもたれ掛かり、試練の書のページをめくる。

 食事を御馳走になっている間に、村長一家から重要な情報を幾つも聞くことができた。


 まず、この国の名前はアステリア王国。ファンタジー小説でありがちな『世界』の名前に当たるものはないようだ。それはそうだろう。元の世界でも、国や惑星に名前はあっても『世界』に名前はないのだから。


 ノルン教団とは文字通りノルンという女神を祀る教団で、アステリア王国で正式に認められた唯一の宗教なのだという。この世界では大国がそれぞれ違う神様を祀っていて、かれこれ何百年も争いが絶えないらしい。

 ちなみに、女神ノルンは人間の運命を司るとされ、敬虔な信者の運命をより良いものに書き換えてくれるのだとか。

 ……どうしても、例の脳みそプリン女が思い浮かんでしまう。アレが女神なら世も末だ。


 最後に六脚地竜(エクシポディア)について。

 村長達の話を聞く限りだと、こいつはまさしく巨大なトカゲだ。六本の脚を持ち、最大で家屋ほどの大きさになる、危険な肉食動物。とてもじゃないが、記憶を失った――ことになっている人間に退治を任せていい代物とは思えない。

 裏を返せば、村の近くにいる個体は記憶喪失の人間でも充分に退治できる程度の大きさだという可能性もある。試練の書の課題第二弾で要求されるレベルだという事実も、その希望的観測を申し訳程度に裏付けている。

 というか、希望的観測を信じなければとてもじゃないがやっていけない。簡単に倒せるなら村人が退治してるだろうというセルフツッコミも、今は厳重に封印しておく。


「お悩みのようですねー。明日が不安ですか?」

「……!?」


 聞こえるはずのない声が聞こえ、思わず顔を上げる。

 月の光が差し込む倉庫の入り口に、白衣の少女が金糸の髪をなびかせていた。


「ノルン!」

「はいはーい、ノルンちゃんですよー」


 せっかくの神秘的な雰囲気を粉々にぶち壊しつつ、ノルンはひらひらと手を振っている。女神と同じ名前なのは何かの間違いではないだろうか。


「第一の試練クリアおめでとうございますー。ぱちぱちー」

「……んなことより、お前、何か重要なこと隠してないよな」


 ノルンはわざとらしい拍手をピタリと止めた。そしてしっかり笑顔をキープしたまま、にこやかに話を切り替える。


「隠してるというか説明不足ですね。今日は追加の説明をするために足を運んだわけでして。真壁有理くん。試練のルールで分からないことはありますか?」

「そんなもん山ほどあるけど……そうだな……課題を達成できなかった場合は、何かペナルティでもあるのか?」

「んー、あるにはありますね。でも試練の書のページ数が増えるだけだから気にしなくても大丈夫ですよ。例えば今夜野宿したとしても、せいぜい課題が一ページ追加される程度なので微々たるものです」


 それを最初に説明しなかった神経に心底げんなりする。真っ先に伝えておくべき類のルールだろう。


「ボクはこれでも忙しいので、質問はあと二つまでにしてくださいね」


 勝手に押しかけてきておいてこの言い草である。

 俺とノルンは性格の波長が盛大にズレているようだ。ノルンのゆるゆるマインドは俺には到底理解できないもので、俺の苛立ちはノルンには全く理解してもらえない。こちらが一方的に不利な辺り実に救いがない。


「お前ホント……いや、今はやめとこう。質問は二回までなんだな。だったらまず一つ。このわけの分からん文章は何なんだ」


 試練の書の二ページ目を開き、ヒント文の下二行を指で叩く。

 "carta visa"

 "splendens vinclum"

 アルファベットで書かれてはいるが英語ではない。イタリア語かラテン語か、その辺りの雰囲気だ。


「え、呪文ですよ」


 ノルンの返答は至って単純。そのくせ全く理解できないものだった。


「読みにくかったですか? だったら表示を変えますね」


 ぱちんと指が鳴らされる。すると紙面に浮かび上がっていた文字が崩れ、瞬く間に違う文章を作り上げた。

 "閲覧(カルタ・ウィーサ)"

 "輝ける(スプレンデンス・)拘束の鎖(ウィンクルム)"

 ……ああ、うん、確かに読みやすい。読みやすいんだがそうじゃない。


「俺は意味を聞いているんだが? 誰が呪文の表記をそれっぽくしろって言った?」

「こういうのが好ましいお年頃かと思いまして。それに、呪文の効果を知りたいなら実際に使ってみるのが一番ですよ。ささ、一番上の呪文をどうぞ。無害ですので自分に唱えちゃってくださいな」

「……はぁ」


 ノルンと話していると調子が狂う。こういうタイプの人間が苦手だったんだなと、死んでから気付くことになるなんて。


「……閲覧(カルタ・ウィーサ)


 そう呟くや否や、開いていたページが淡い光を発し、それまでの文章とは違う記述を浮かび上がらせた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 個体名:真壁有理

 性別:男 種族名:異界人 所属国:-

 

 身体性能:C 白兵技量:D

 魔力総量:E 魔法知識:E

 軍務適正:D 政務適正:E

 総合評価:D-


 特殊技能

  試練の書:A

  異界学問:C 高等学校程度の科学知識を習得


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 ……驚いた。これはまさか俺の能力をステータス画面のように表示しているということなのか。

 やたらとE評価が目立つのは、項目が項目だけに全く気にならないが、種族名が異界人と表記されていることに少しだけ疎外感を覚える。この世界ではお前は異物なんだと改めて言い聞かされたような気がした。


「閲覧の呪文は、対象の能力を簡潔に表示する魔法ですね。相手が隠したがってる情報は表示されないので注意してください」

「こんなのが簡単に分かっていいのかよ」

「いい訳ありませんよ。禁呪一歩手前です。習得難易度が高くて乱用されにくいからギリギリ認定回避ってところですね。君が使えるのは神様の特別サービスみたいなものです。使うところは他人に見せない方がいいですよ」

「んなこと分かってるっての」


 言われなくても当たり前のことだ。プライバシーを覗き見られて気分を害さない方がおかしい。


「それじゃあ、二つ目の質問だ。エクシ何とかっていうのは俺にも退治できるような生き物なのか?」

「エクシポディアね。無理ですよ」

「おい!」

「大丈夫、討伐に参加していればクリア扱いになるから。何も君がメインで討伐する必要はないんですよ。こんな辺境の魔獣を退治しようなんて物好きも来ていることだし。いけるいける」


 無責任極まりない発言だったが、深く追求する気は起こらなかった。ノルンの相変わらずな態度よりも、別のことが気に掛かってしょうがなかったのだ。

 俺にエクシポディアの退治を頼んだのはこの村の村長だ。現実に村人が脅威に晒されているのだから、相手の危険度も充分に理解しているはずだろう。それなのに、村長は記憶を失ったことになっている俺に、凶暴なエクシポディアの討伐を依頼した。


 不合理だ。理屈に合わない。筋が通っていない。


 好意的に考えれば、神官なら記憶がなくても戦力になると本気で信じていたのかもしれない。少し悪意を込めて解釈するなら、歳のせいで判断力が鈍っていたという可能性もある。

 そして、最大限の悪意を想定すれば――


「もうすぐ時間だけど、最後にありがたーい助言をしてあげましょう!」


 ノルンがオーバーに両手を広げる。


「この国には試練の書のダミーがたくさん出回ってます。というか、ボクがたくさんばら撒いたんですけどね。ダミーの書も本物と同じように試練が浮かび上がるんだけど、君の真作とは違って、達成してもご褒美はありません」

「ご褒美が無いって……じゃあ何のためにあるんだ?」

「神官の修行ですよ。埋まったページが多いほどたくさんの試練を乗り越えたってことで、教団での地位とか発言力が上がるんです」

「……なるほど、そういう」


 思わず納得してしまった。むしろ俺が持っているものよりもずっと『試練の書』という名前が似合っている。


「せっかくダミーが広まってるんだから、いい感じに紛れ込んでくださいね。本物も偽物も、試練の書は持ち主以外には読めない認識阻害の魔術が掛かってるんで、中身でバレるってこともありませんし」

「ありがたくそうさせてもらうよ」


 意外だ。ノルンが役に立ちそうな助言をしてくれた。

 ヒューレ村に簡単に受け入れて貰えたように、この国では神官という職業の社会的信用が強いようだ。試練の書のおかげで旅の神官のフリをしやすくなるのは純粋にありがたい。

 しかし試練の書のダミーをばら撒く理由とは一体何なのだろう。


「ところで、ノルン教団の『ノルン』って、やっぱりお前……」


 試練の書から顔を上げたときには、もうノルンの姿はどこにもなかった。扉を開けた様子もない。文字通り音一つ立てずに消え失せてしまっていた。


「……やっぱり、只者じゃないんだな」


 言動は底抜けに馬鹿らしいが、やっていることはとんでもない。女神というのもあながち冗談ではないのかもしれない。頭の緩い女神なんて謹んでお断りしたい案件だが。


「さて、そろそろ寝た方がいいか」


 ノルンがいなくなった以上、あれこれ考えても想像をこねくり回すだけになってしまう。睡眠をとって明日に備えた方が有益だ。

 寝床を用意するためにせっせと藁の位置を整えていると、扉の向こうで靴底が土を踏みしめる音がした。


「誰かいるのか?」


 しばらく間が空いて、澄み切った声が夜の空気を震わせる。


「ごめんなさい。起こしちゃったかな」


 冷たい外気と共に、銀髪の少女――フィオナが藁倉庫に入ってきた。着ている服が薄着になっているからだろうか。昼間よりも雰囲気が柔らかく、繊細なガラス細工のような印象を受ける。


「少し話がしたいんだけど、いい?」

「あ、ああ……」


 情けないことに気の抜けた返事をすることしかできなかった。その原因が相手に見惚れていたからだなんて、口が裂けても言えそうにない。

 フィオナは育ちの良さそうな仕草で俺の前に座ると、鋭い口調で話を切り出した。


「六脚竜の件から手を引きなさい。貴方には荷が重すぎる」

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