第五話 実地調査(3)
次に俺達は、階段を登って上の階の調査を始めた。
ガラスを融かして開けた穴と床の擦った跡は相変わらずで、それ以外に不審な点は見当たらない。
時折、さっきの書斎と同じようにガラス化した人間が見つかるのだが、もう気にしないことにした。そこら中に転がっているのに、いちいち気に留めていたらいくらなんでもキリがない。
「そういえば、建物の外には人間みたいなのは見当たらなかったな」
「路上のは鉱区指定を受けたときに撤去してあるのよ。街の西半分にはまだたくさん残ってるみたいね」
「へぇ……撤去したものはどこに?」
「昔はそれも融かして原料にしたらしいけど、今は専用の墓地……と言っていいのかな。とにかく、原料にはせず埋めてるみたいね」
調査と関係のない会話も交えながら、最上階まで順番に調べていく。
上に行けば何か新しい手掛かりがあるかもしれない――そんな期待はあっさりと空振りに終わった。
「予想外ね。まさか手掛かり一つないなんて」
フィオナは残念そうに肩を竦めた。二階から最上階にかけて調べてみたが、どの階も一階と大差ない光景が広がっているだけだで、玻璃喰蛇の手掛かりはおろか、目新しい情報すら手に入らなかった。
玻璃喰蛇が自ら手掛かりを消して回っているとは思いたくない。そんな知性がある生き物が相手なら手がつけられない。きっと、元から痕跡を残しにくい生態の動物なのだろう。
巣穴を隠すとか、足跡を誤魔化すとか、もしくは最初から痕跡を残さないように行動するとか。その程度なら本能で生きる生き物でも充分にできる。それなりに頭のいい動物なら尚更だ。
「そうだな……いや、待てよ」
俺は二階より上の風景を改めて思い浮かべた。
確かに、目に映るものは一階と何も変わらない。けれど違いが全くないわけではなかったはずだ。
「何か思い付いた?」
「……ああ。上の階に行くほど傷や穴が減ってる気がする。多分だけど、玻璃喰蛇は建物の一階……というか、地面の近くを中心に行動してるんじゃないか?」
「地面を? ……有り得るわね。でもそれなら目撃証言がもっと多くてもよさそうなのに」
ガラスの街には大勢の鉱夫が暮らしている。巨大な生き物が地上で暮らしていたら、確かにもっと頻繁に目撃されていそうなものだ。人目を忍んで移動したり、まだ人間の手が入っていない建物を探すのにも限度がある。
「六脚地竜みたいに擬態してるならどうだ。光学迷彩とまではいかなくても、ガラスの建物の中で見えにくくなる擬態は充分に有り得ると思うぞ」
「可能性としては有り。でもあまり考えたくはないかも」
「目視で地道に探しても無駄ってことだしな……」
俺とフィオナがあれこれと話し合っている間、マリアエレナは部屋の一点をじっと見つめていた。
「マリアエレナはどう思う? ……ていうか、どうかしたのか?」
「……揺れ、てる……」
「え……?」
視線の先でガラスの花瓶がカタカタと震えている。その揺れはだんだん大きくなり、窓や他の家具までもが連動するように震え始めた。
「地震か?」
「そんなまさか。外国じゃないんだから。この国で地震なんて……」
これが地震でないなら、揺れているのは建物そのものだ。俺は嫌な胸騒ぎを感じて足元に目をやった。
床のガラスは分厚く、透明度も高くない。それが何枚も連なっているので、最上階から見下ろす一階はひどくぼやけて見える。
そこに白いシミのようなものが浮かび上がった。
「……拙い。ここから離れろ! 今すぐ!」
白い『何か』が、ガラスの天井を音もなく突き破りながら猛スピードで最上階へ突っ込んでくる。
俺達が急いでその場を離れた直後、太い柱のようなものが床と天井を貫いて、猛烈な熱風を撒き散らした。
「うおっ!?」
「きゃあっ!」
俺は熱風に耐えながら空を見上げた。
ガラスの天井越しに広がる空を背景に、巨大な蛇が鎌首をもたげていた。
建物を貫いたのはアイツだ。最上階まで容易く突っ切って、屋上から高々と首を持ち上げてもなお、尻尾の方が建物の中に残っている。どう考えても体長は十メートルを超えているだろう。
異様なのは体長だけではない。頭部が鎧のような殻に包まれ、その殻が赤々と赤熱している。アレでガラスを融かしたに違いない。
「何なんだよ、あれは……!」
大蛇は俺達に首を向けると、赤熱した頭で槍のように突っ込んできた。
「光の如く!」
「風よ、駆け抜けろ!」
「……歪み、曲がれ……」
三者三様の呪文を唱え、ガラスを融かし破って飛びかかる大蛇を回避する。
俺は光の速度で間合いを広げ、フィオナは突風に乗って廊下の端まで逃れる。マリアエレナはそこから一歩も動かなかったが、代わりに大蛇の側が軌跡を変えて、マリアエレナを避ける形で床に突っ込んだ。
「凄いな、今のどうやったんだ?」
「……秘密……。それ、より……次が……」
大蛇は地上二階のあたりで動きを緩め、再びこちらに狙いを定めるような仕草をした。巨体が動くたびにガラスの建物が悲鳴を上げて揺れ動く。
「あちこちに穴が開いたせいで、余計に耐久性が下がってるんだな。このままだと建物の方が先にぶっ潰れるぞ」
「冷静に言ってる場合じゃないでしょう?」
ここで戦い続けるか、一旦建物から逃げるべきか。まずはそこから決めなければならないのに、相手は考える時間を与えてくれそうにない。
しかも相手が蛇というのが厄介だ。輝ける拘束の鎖で縛り上げようにも、身体を折り畳む形で拘束しなければ意味がない。脚を使って動いているなら両脚を一緒に縛れば動きを止められるが、蛇にはそんな分かりやすい狙い目が存在しないのだから。
「……二人とも、隙を見て下に降りてくれないか」
「ちょっとユーリ! 私達だけ逃げろっていうの!?」
「違う。俺がアイツを引き付けてる間に、確かめて欲しいことがあるんだ」
これだけは絶対に確かめておかなければいけない。後からでも調べられるかもしれないが、動物の生態で証拠を消されてしまうかもしれない。
だからこそ、今のうちに確かめてほしかった。
「アイツがどこから出てきたのか、それを見てきてくれ。きっと今なら、一階のどこかに痕跡が残されてるハズなんだ」




