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第三話 実地調査(1)

 食事を終えた俺達は、玻璃(ウィトレア・)喰蛇(セルペンス)の最も新しい痕跡を求めて、西の第三鉱区に足を運んだ。

 鉱山町の中心から離れるにつれて、日常生活を送るための施設は段々と数を減らし、採掘に必要な設備と足場ばかりが目立つようになる。


 それにしても、酷く眩しい。


 『ガラスの街』と聞くと、あらゆるものが透き通った透明な街並みを想像するかもしれない。だが、この街は正反対だ。不完全に透明で中途半端に不透明。ガラスの建物越しに向こう側をはっきり見ることすら難しい。


 それというのも、あらゆる構造物が隅々まで几帳面にガラスに置き換えられているせいだ。


 具体的な例として、集合住宅らしき建物を挙げてみよう。壁は表面のざらざらした質感を残したままガラスになり、その向こうには建物の梁や床、室内を仕切る壁までもがひとつひとつガラスと化している。


 厚さ何十センチもあるガラスの床に、中までみっちりとガラスの詰まった角柱型の梁。もはや目の粗いすりガラスに近い外壁。

 そんなものが複雑に組み合わさっているせいで、建物の内側で屈折や反射が無秩序に起こりまくり、見通しが著しく悪くなっているのだ。


「あんまり長居はしたくないな……」


 眩しい上に日陰がない。休憩所らしき小屋があちこちに建てられているのも納得の環境だ。


「とにかく一度現場を見に行きましょう」


 フィオナにその気はないのだろうが、何だか刑事ドラマのような言い方だ。

 もうしばらく奥に進むと、鎖で封鎖された建物の前に辿り着いた。


「ここが最新の『虫食い』現場。現時点で最後の失踪者が作業していた場所でもあるわね」


 建物自体がガラスなせいで分かりにくいが、ちょうど人間の胸の高さに大きな穴が空いている。直径は数十センチ、一メートルには少し足りないくらい。蛇の胴回りだとしたら尋常じゃない大きさだ。


 俺の記憶が確かなら、何千万年も前に生息していた史上最大の蛇が、直径一メートルで全長十五メートル、体重は一トン以上だったはずだ。


「マリアエレナ。もしも玻璃(ウィトレア・)喰蛇(セルペンス)がお前の十倍くらいの長さの蛇だったら、正直どうする?」

「無理……泣いて……気絶……」


 うん、蛇嫌いに対しては存在自体が凶器だ。外套の下のマリアエレナの顔は少し青ざめていた。


「とりあえず穴を調べてみるか」


 鎖を乗り越えて『虫食い』に直接触れてみる。

 削ったような手触りではない。とても滑らかですべすべしている。かといって綺麗にくり抜かれているわけでもなく、内側はかなり起伏が激しくなっていた。

 まるで極小サイズの鍾乳洞に腕を突っ込んでみるかのようだ。


「……ひょっとしてこれ、ガラスを溶かしながら穴を開けたのか?」

「え、本当? ちょっと代わって」


 フィオナと場所を交代し、今度は穴の周りを調べてみる。

 『虫食い』の真下から地面にかけて、溶け出したガラスが滝のようなシルエットで凝固し、溢れ返ったガラスが地面に盛り固まっている。


「確かに……高熱の何かが、建物を溶かして掘り進んだと考えるのが妥当かも」


 ガラスの街ならではの仮説である。ここが普通の町ならそんな考えは絶対に思い浮かばない。

 調査の様子を後ろから眺めていたオリンピアが、不満そうに口を開いた。


「私の浅慮かもしれませんが、これくらいなら現場の人間が調べてくれていても良かったのでは。気が利かないと言いますか……」

「仕方ないわよ。危険生物の巣穴かもしれない穴に腕を入れるなんて、普通は誰もやりたがらないもの。近付きたいとすら思わないのが人情でしょう」


 そう言ってフィオナはガラスの建物を見上げた。


「だからこそ、この一件は大問題なの。人を食べる()()()()()()何かが潜んでいる()()()()()()――正体が分かっているなら対処のしようもあるけど、それすらできないのなら、普通の人は()()()わ」


 フィオナの横顔は険しかった。


 単にガラスの遺跡に穴が開けられるだけなら、大した問題ではないはずだ。穴の分だけ採掘量が減るかもしれないが、よほど穴ぼこだらけにならなければ誤差の範疇だろう。


 だが、正体不明の人食いが潜んでいる可能性があるのは致命的だ。

 誰だって自分の命は惜しい。原因不明の失踪者が増え続ければ、今働いている鉱夫は次々に辞めていき、新規の労働者も減る一方に違いない。そうなれば、国を支えるガラス産業自体が衰退してしまう。


 もしかして報告の書類で強調されていた『食害』とは、ガラスを食い荒らされることではなく、鉱夫が食べられ続けることを意味していたのではないだろうか。


「ユーリ、次はどうする?」

「そうだな……建物の中に入って、穴がどうなってるか調べてみないか」


 目の前のガラス塊はみっちりとガラスが詰まった置物ではない。建物の形を完全に模した巨大なガラス細工のようなものだ。当然、普通の建物と同様に中に入ることもできる。


 次の方針も決まり、建物内部の調査を始めようとした俺達だったが、何故かオリンピアはついて来ようとしなかった。


「どうしたんだ?」

「いえ、ごらんのとおり私はメイド服ですので」


 オリンピアは()()()()の裾をわざとらしくつまみ上げた。


「床すら透けて見える建物に殿方と入る気分にはなれません」

「……ああ、そういう」

「もちろんお嬢様のご命令であれば、羞恥心を煽る趣向として受け入れますが」

「命令しないし! 受け入れなくていいの!」


 流石に納得せざるを得ない理由だった。

 建物の向こうが見えないのは、分厚いガラスや複雑な形状のガラスが幾重にも並んでいるからであって、床や壁一枚程度なら普通に透けて見えてしまう。


「ユーリ殿。本日のお嬢様がズボンをお召しになっていたのは幸運でした。スカート姿でしたら武力に訴えなければならないところでした」


 拳を握りながらそう言うのは止めてください。武力の矛先が俺に向かうのは火を見るよりも明らかなので。

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