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第三話 銀髪の少女

「ま、待った待った! 何もしない! しないから!」


 農耕器具という名の凶器を持った村人達に向き直り、両手を上げて抵抗の意志がないことをアピールする。うっかり片手に試練の書を持ったままだったが、今更置き直している暇はない。言葉が通じるかどうかを気にする余裕も当然ない。

 絶体絶命かと思ったそのとき、村人達の後ろからよく通る声が響いてきた。


「待ちなさい。一体何の騒ぎですか」


 二つに割れた人垣の間を縫って、可憐な少女が姿を現した。

 大げさな表現ではなく、本当に目を奪われてしまう綺麗さだった。こんな色が存在したのかと驚いてしまうほどに鮮やかな銀髪。宝石細工のように澄み切った青い瞳。無骨なドレスのような服装もよく似合っている。村人達には悪いが、寂れた寒村には不釣り合い極まりない。

 その後ろから、白と黒で染め分けられたメイド服みたいな服を着た別の少女が、息を切らしながら駆けつけてきた。まるで――いや、まさにお嬢様とそのメイドだ。しかしただのお嬢様でないことは、腰に提げた剣らしき物を見ればすぐに分かる。

 あまりの衝撃に、少女の言葉を普通に聞き取れていたことに気付くのが遅れてしまった。


「おお、フィオナ様。怪しい余所者が広場をウロウロしてやがるんですよ」

「格好も怪しすぎます。まさか他の国の密偵じゃ……」

「なんと恐ろしい……ならば生かして返すわけには……」


 村人達の殺意のボルテージが上がっていくのが分かる。しかしフィオナと呼ばれた銀髪の少女は、数歩分の距離を開けたまま、至って冷静な態度で俺のことをまじまじと観察し始めた。


「その紋章は……もしかして貴方、ノルン教団の神官?」

「紋章?」


 フィオナの視線を横目で追う。どうやらフィオナは試練の書の表紙を見ているようだ。確かにこれの表紙は金細工の模様で飾られている。紋章とはこの模様のことらしい。

 一ページ目の記述を必死になって思い出す。溺れる者は藁をも掴む。この可能性に懸けるしかない。


「そう、それ! ノルン教団! 道に迷って困ってたんだ!」


 村人達の間に安心した空気が漂い始める。

 試練の書の一ページ目には、一番最後に『紋章を有効活用すべし』と書いてあったはずだ。あれはきっと『紋章を見せれば信用されるから活用しろ』という意味だったのだろう。

 紋章が持つ効力は相当強いものだったようで、さっき「生かして返すわけには」と口走っていた老人が、打って変わってフレンドリーな態度で話しかけてくる。


「いやはや遍歴の神官殿でしたか。道理でお見かけしないお顔なわけです。どちらの指定教区からお越しに?」

「へ、指定教区?」


 迂闊にも疑問形で口走ってしまった。

 せっかく柔らかくなりかけていた村人達の表情が、瞬く間に疑念の色に染まる。完全にミスってしまった。さっきの情報は知っていなければ不自然な事柄だったのだ。

 失態を挽回しようと思考回路をフル回転させた結果、言い訳になりそうなものが一つだけ思い浮かんだ。


「あー、えっとだなぁ……そうだ、忘却草の毒にやられたんだよ。だから何が何だかさっぱりで。自分の名前以外は散々なんだ、ほんと」


 目を泳がせながら必死で嘘八百を並べ立てる。忘却草というネーミングから記憶を失わせる毒草だろうと推測したが、これが外れていたら本当におしまいだ。

 俺の心配を他所に、村人達の緊張が一気に解れていく。


「何だそういうことか」

「人騒がせだなぁ」

「それにしても可哀想に。しつこい毒なんだろ?」


 安堵と哀れみの混ざった声がそこら中から聞こえてくる。もう殺気立った雰囲気は全く感じられない。

 俺は心の中で初めてノルンに感謝した。ノルンが『記憶にロックを掛けましたから』なんてふざけたことを言っていたからこそ、記憶を失くして困っているという発想が浮かんできたのだから。


「これで一件落着ね。帰るわよ、オリンピア。明日の準備をしないと」

「あっ、フィオナ様! 一人で先に行かないでくださいってばー!」


 フィオナとメイド服の少女は村の外へ去っていった。軽快に早足で歩くフィオナの後を、メイド服のオリンピアが裾を持ち上げて必死に追いかける姿が妙に可愛らしい。


「さぁさぁ。後は私に任せて、皆は仕事に戻りなさい」


 二人の少女の姿が見えなくなった後で、さっきの老人だけを広場に残して、村人達もそれぞれの仕事場へ戻っていく。


「私、このヒューレ村で村長(むらおさ)を務めさせていただいております。神官殿のお名前を伺ってもよろしいですかな」

「ええっと……そう、有理。真壁有理」


 記憶が混乱しているフリをつい続けてしまう。


「マカベユーリ殿ですか」

「いや、そこで繋がってるわけじゃなくて。ユーリだけでいいんです」


 村長はマカベとユーリを一つの単語のように繋げて発音していた。まるで外国人の名前みたいだ。

 俺はこの土地の文化については無知もいいところだ。苗字と名前の順番がどうなっているのかも知らないし、そもそも苗字なんて概念があるのかどうかも分からない。ここは無難に話を合わせておくべきだろう。


「ええと、さっきの二人は誰だったんですか?」

「おお……そこまで記憶を失われているとは。あの方は領主様のご令嬢です。我らのために領内を見回り、平穏を守ってくださるのですよ。きっとユーリ殿も記憶を失われる前にお会いしたことがあるはずです」


 あんなに堂々と振る舞えていたのはそのせいか。フィオナの態度にすとんと納得がいった。


「突然で悪いんですけど、この村で一晩泊まれそうなところって、どこかにありませんか」

「ええ、ええ。構いませんとも。旅の神官殿への奉仕は、私共にとっても徳を積む大事な機会でございますので」

「よかった、お言葉に甘えさせてもらいます」


 微妙に話が通じていない気がするが、今の俺は細かいことを気にしていられる立場ではない。厚意に甘えてでも今夜の寝床を確保するのが最優先だ。

 そのとき――山道で感じたのと同じ奇妙な感覚、試練の書に異変が起きた感覚が再び湧き上がってきた。

 村長の話の途中で悪いが表紙をめくってみる。最初の【今夜の宿を確保せよ】と書かれたページに赤い印が浮かんでいる。きっとこれは課題達成の印だ。そんな気がする。


「それにしても、こんな時勢に旅の神官殿がいらっしゃるとは。ノルン様が私共の願いを聞き届けて下さったのかもしれませぬ」


 次のページには新たな課題が。


「神官殿。どうか私共に奇跡の御力をお貸し頂けませぬか」


 ――何故だろう。猛烈に嫌な予感がする。


「凶暴な怪物……学者様が言うところの『エクシポディア』が森に現れて、村の者が難儀しているのです。どうか我らをお助けください」



六脚地竜(エクシポディア)を討伐せよ】

  ――獰猛かつ凶暴、充分に注意が必要

  ――昼行性につき夜間は遭遇が困難

  ――"carta visa"

  ――"splendens vinclum"



 ……竜? というか最後の二行、何?

 最初の課題から一気にランクアップしたようにしか見えないこの課題。俺は心の中で初めてノルンを締めあげたいと思った。物理的に、こう、きゅっと。

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