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第十四話 竜女のお茶会-後半戦

 間食も一段落したあたりで、シルヴィが遠慮気味に話しかけてきた。


「あの……ユーリの話も聞きたいです」

「え、俺の?」

「はいっ!」


 困ったことになった。シルヴィの話を聞いたのだから、こちらも何か話すべきという流れになるのは、当然といえば当然である。


「そうだな……」


 こちらの世界に来てから経験した出来事は、片手で数えられる程度しかない。話題としてはあまりにも貧弱だ。

 とはいえ何も話さないわけにはいかないので、聞かせられない部分はカットしながら少しずつ話していくことにする。



 ヒューレ村で六本脚の竜と戦ったこと。

 不慣れな魔法を駆使してフィオナと一緒に戦ったのはいい経験だ。

 もちろん村長の正体は伏せておく。同族を捕まえようとしたら焼身自殺されましたなんて言えるわけがない。


 塀から落っこちかけたセシリア王女を助けたこと。

 こんな場で喋ったと本人に知られたら怒られそうだが、そうでもしなければ間が持たないので、申し訳ないと思いながらも話のネタにさせてもらう。


 王弟ゼノビオスと話をしたこと。

 もちろん詳細な内容は話せないし、話しても意味が無いので、見た目が怖い割に優しい人だったというのを主な話題にする。


 雲に隠れた蜘蛛と戦ったこと。

 これは特に記憶が鮮明だ。自分としてもかなり達成感のある出来事だったので、つい大スペクタクルのように過剰な話し方をしてしまった。


 最後に、蜘蛛の件で図らずも表彰されてしまったこと。

 自慢話ではなく恥ずかしい話題としてのネタだ。壇上でガチガチに緊張していた姿は随分と滑稽だったことだろう。



 こちらの世界に来てからの短い間に経験した全てを、聞いていて楽しく思えるような語り口を添えてシルヴィに話す。違う世界から来たことを明かさないと決めた以上、これが俺にできる精一杯だ。


「すごいです……色んな冒険をしてたんですね……」


 そんな話を、シルヴィは目を輝かせて聞いてくれていた。


「大したことじゃないって。記憶を失くしてなかったら、もっと色んな話が出来たと思うけど」

「ぜんぜん、そんなことないですよ。私なんてずっとお屋敷の中で暮らしていて、冒険なんてしてませんから。私よりずっと凄いです」


 シルヴィは不器用な褒め方をしながら、照れくさそうに笑った。


 ずっとお屋敷の中で暮らしていて――そういえば、さっきシルヴィが話してくれた内容は屋敷の中だけで完結する話題だった。


 国際情勢や身分制度は王女としての教育で教えられることだろうし、綺麗な装飾品は王宮の――という物があるのかは知らないが――女性の間で話の種になる事柄だろう。兄弟や家族構成については言うまでもない。


 この少女はずっと閉鎖的な世界で育ってきた。そして今、通過儀礼という体裁と外交上の謀略という裏事情によって、経験したことのない世界に送り出されたのだ。それはきっと心待ちにした旅だったことだろう。


 だからこそ、身の安全を理由にこの屋敷から出して貰えないと分かったときの悲しみは、想像を絶するものだったに違いない。


「だったら、これからは色々冒険しないとな」

「……! はい!」


 ノルンが言うには、シルヴィの件に首を突っ込んだために、俺やこの国の運命が大きく変わってしまったのだという。この国に関しては良い方向に変わったようだが、俺はこのままだと遠からず死んでしまう。


 けれど、後悔はない。それはノルンから聞かされたときから何もかわっていない。むしろシルヴィの笑顔を見たことで更にその思いが強くなった。


 他人のために何かが出来たことが嬉しい。そう表現してしまえば陳腐な感情だ。自己承認欲求の亜種だと言ってもいい。

 陳腐結構。承認欲求大いに結構。この手の感情は馬鹿にできないモチベーションだ。


 褒められて嬉しい、感謝されて嬉しい、と思うのは人間として当然のこと。そう思わない方がおかしいし、そう思わないのに誰かのためになることをしたならもっとおかしい。



 そう考えたところで、ふとフィオナのことが思い浮かぶ。



 あの少女は違う気がした。うまく表現できないのだが、褒められるために、感謝されるために人を助けているのではないように感じる。もちろん金銭や物品のためなどでもない。それなのに、あの少女は平気で命を懸けている――


「ユーリ」


 シルヴィの声が意識を現実に引き戻す。

 いつの間にか、シルヴィはソファーから立ち上がっていて、俺の目の前で可愛らしくはにかんでいた。


「本当はいけないんですけど、ユーリは特別です。私達の秘密、見せちゃいます」


 そう言うと、シルヴィはおもむろに服を脱ぎ始めた。華奢な体を包む下着のような肌着が露わになる。


「ちょ、おい……!」


 脱衣を止めようと腕を伸ばした矢先、それは起こった。


 シルヴィの背中から光が溢れ、瞬く間に拡散していったかと思うと、薄く滑らかな飛膜を張った翼を形成した。

 更に風もないのに髪が揺れ動き、側頭部に緩やかな曲線を描いた一対の角が出現する。


 竜――ドラゴン。そんな言葉が脳裏を過る。


 細かな変化は他にもある。両目の瞳孔は縦長になり、体表のそこかしこに鱗が浮き出ている。よく見れば尻尾も同じ鱗に覆われていた。


「どう……ですか? ……怖いですか?」

「――綺麗だ」


 反射的に口を突いて出た言葉は、紛れもない本心だった。

 恐れよりも驚きよりも先に、美しいという感情が突き動かされる。


 白い角はまるで真珠のように艷やかで、鱗は薄く削ったエメラルドのよう。瞳はイエローのキャッツアイ。背にした窓から注ぐ陽光が薄い翼を透過して、神秘的なシルエットを浮かび上がらせている。


 シルヴィの白い頬が赤く染まった。


「だから、私達は()()なんだって、お父様が言ってました。真竜の後継者、誰もが畏れるべき存在……けれど、綺麗だって言ってくれるのはユーリが初めてだと思います」


「……俺なんかに見せてよかったのか?」


「本当は簡単に見せちゃいけないんです。でも、ユーリは特別ですから」


 シルヴィは照れを隠そうともせず微笑んだ。その表情に、不覚にも胸が高鳴る。この姿になると人を魅了する力でも身につくのだろうかと、本気で思ってしまうほどに。

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