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第二話 ファーストコンタクト

「……痛」


 背中に当たるごつごつとした感触で目を覚ます。眩い光が目蓋越しに眼球を刺激して、否応なしに眠気を削ぎ落とされる。両手で頬を叩くと、僅かに残っていた眠気も綺麗さっぱり消し飛んだ。

 すぐに俺は、自分が置かれている状況を理解した。

 左右を森に囲まれた山道。そのど真ん中で無防備に倒れていたようだ。

 鼻をくすぐる土の匂い。鮮やかな緑の木々。夢の続きだと思い込むには現実感があり過ぎる。


「マジかよ……」


 上半身だけを起こした状態で頭を抱える。

 知らないうちに里山に入って眠りこけていたという可能性も、近くの木から飛び立った極彩色の鳥が容赦なく打ち消した。あんな生き物は日本にはいない。というか翼が四枚ある鳥なんて地球上のどこにもいやしない。

 君は死にましたとスイーツ全開なノリで告げられて、哀れ右も左も分からない山中に死体遺棄。泣きたくなるシチュエーションだ。格好悪いから本当に泣いたりはしないけど。


「でも、生きてるよな、俺」


 ふと思い立って、自分の体をあちこちチェックしてみる。体温はある。脈拍もある。息もしている。抓ったら痛い。これで生きていなかったら悪質な詐欺だ。

 近くを流れていた小川を覗き込むと、見慣れた顔が覗き返してきた。生まれたままの色の黒い髪に、いつも不機嫌に見られてしまう顔。自分の身体に異常がないと分かったので、ようやく安心してへたり込むことができた。


「最初から死んでなかったのか、生き返ったのか……いや、どっちでも同じか」


 何はともあれ、こんな山の中にいても良いことは一つもない。元の場所に落ちていた試練の書を拾い上げりようとした矢先、何とも言いがたい違和感が全身を駆け抜けた。

 試練の書に異変が起こった。そんな直感が脳裏を過る。

 慌てて試練の書の表紙をめくる。白紙だったはずの一ページ目に、今まで存在しなかった文章が浮かび上がっていた。



 【今夜の宿を確保せよ】

   ――困ったときは「忘却草の毒にやられた」で押し通せ

   ――紋章を有効活用すべし



 もしかして、これがノルンの言っていた課題なのだろうか。

 試練と呼ぶにはあまりにも簡潔な内容に、思わず拍子抜けしてしまう。寝泊まりする場所の確保なんて当たり前のことだ。ひょっとしたら、まだチュートリアルのようなものなのかもしれないが。


「他にヒントは書いてないな……しょうがない、とりあえず歩こう」


 現状を嘆いても事態は好転しない。とにかく行動を起こさなければ。

 試練の書を小脇に抱え、山道を麓に向かって歩き出す。路面の土がしっかり固められているのは不幸中の幸いだ。これだけでも歩きやすさが格段に違ってくる。


 歩きながら、試練の書以外に何か持っていないかも確かめておく。ポケットの中身は残念ながら空っぽだった。ケータイどころか財布すらない、文字通りの手ぶらである。


 少し落胆した。けれど少しだけだ。ここが地球でないのなら、電波塔も充電器もないだろうし、日本の通貨が通用するわけもない。たとえケータイや財布を持っていたとしても、役に立たないガラクタを持っているのと何も変わらなかっただろう。


「……お? アレはひょっとして……」


 体感時間で三十分ほど歩いたところで、飽きるほど見てきた木々とは違うものが目に入ってきた。

 坂道を降りた先に集落らしきものがある。その集落から林を挟んだ向こう側には、遠目でも分かる大きな道。そのまた向こうには広大な平野が広がっていて、地平線の辺りに大きな街の輪郭がぼんやりと見えた。


「やった! 町だ!」


 嬉しさが腹の底から湧き上がる。疲労もどこかに吹き飛んで、居ても立ってもいられずに坂道を駆け下りる。

 坂道を下りきり、集落の外れに積まれた丸太の山の脇を通り抜け、村の中に足を踏み入れる。

 小さな村だ。住人は百人もいないのではないだろうか。当然だが建物は日本の家屋と全く違う造りをしている。昔のヨーロッパのような――というのは大雑把すぎる括りだが、雰囲気はそちらの方に近い。

 村の中心の広場に人の姿が見えた。これまた古風な、童話の脇役として出てきそうな風貌のおばさんだ。


「すいませーん。ちょっといいですか?」


 できるだけ警戒させないように話しかけたつもりだったが、その人は俺を見るなり一目散に逃げ出してしまった。水の入った桶を放り投げていったくらいだから相当な慌てようだ。

 何か拙いことをしてしまったのだろうか。

 そう思って自分の言動を振り返ってみた途端、根本的過ぎる問題に気が付いた。


「馬鹿、言葉が通じるわけないだろ」


 もちろん自分自身への罵りだ。こんな単純な問題に今の今まで思い至らなかったなんて、我ながら呆れてしまう。

 さっきの人にしてみれば、どこからともなく現れた奇妙な外見の余所者が、唐突に聞いたこともない言語を投げかけてきたという状況である。いくらなんでも、これは逃げて当然だ。俺が同じ立場なら間違いなく逃げている。考えるより先に足が動く。


「しくったな。宿どころじゃなくなるかも……」


 広場に留まって今後の行動について考える。

 今夜の宿を確保することが課題なら、夜になる前にクリアしなければ失敗扱いになるはずだ。坂道を下りる途中で見えた町は、ここ以外だと遥か遠くに一箇所だけ。やはりこの村で宿を探さなければ課題をクリアできそうにない。

 ノルンは課題失敗のペナルティについて説明していなかった。ペナルティがあるのかもしれないし、ノーカウントになるだけなのかもしれない。あまり楽観的にならず、何らかの罰則があるものと考えて動いた方が良さそうだ。


「ん? あれは……」


 ふと、民家の窓に目を留める。


「ガラスだ……こんな田舎でも窓ガラスがあるなんて、意外と発展してるんだな……」


 綺麗な平面ではなく多少でこぼこしているが、透明感もあって文句のつけようもない窓ガラスだ。

 昔、何かの本で読んだことがある。ガラス製品は何千年も前から作られているけれど、現代人が想像するような窓ガラスは、二百年前から三百年前くらいにようやく発明されたのだという。それ以前はステンドグラスのようなものや、フラスコの底を切り取って並べて貼り付けたものを窓ガラスにしていて、とても高価なインテリアだったらしい。

 失礼な言い方かもしれないが、この村はどう見ても貧しい集落だ。そんな村にも窓ガラスが浸透しているなんて、正直驚きだった。


「……あれ……?」


 いつの間にか、窓ガラスに知らない人が映っている。それも二人や三人ではない。俺を遠巻きに取り囲むように、十人以上の村人が集まっている光景が窓ガラスにくっきりと反射していた。

 恐る恐る振り返る。どう見ても歓迎ムードではなかった。村人達はそれぞれ農具や木こりの道具を手に持って、警戒心むき出しの目で俺を睨んでいた。

 嫌な汗がダラダラと流れる。これはシャレにならない。本当にマズい状況だ。

 農具や木こりの道具、即ちそれはクワであり、大きな鎌であり、脳天をかち割るにはオーバーキル過ぎる斧である。襲い掛かられたら一時間と経たずに六十キロのミンチ肉の出来上がり。問答無用のゲームオーバーだ。


 正直、これは終わったかもしれない。

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