幕間 和平と毒袋
王都アステリオン。
アステリア王国の首都にして、王族の家名を冠する聖都。王国で最も発展した都市であり、大陸においても屈指の大都市であるとされている。
そして今、王都北方区域において重要な会談が締め括られようとしていた。
「では――アステリア王国と蜥蜴族諸王国連合の和平条約に関する取り決めは、以上の通りで宜しいですかな」
離宮の一室、美しく飾り立てられた応接間に荘厳な声が響き渡る。
会談を取り仕切る銀髪の大柄な老紳士は王弟ゼノビオス・アステリオン。
対する会談相手は蜥蜴族諸王国の王権序列第四位、天鱗国国王ジアペルタ。真の姿を高度な変化魔法で覆い隠し、怜悧な美青年を模って調停の席に着いている。
「一つだけ訂正を。我らは竜族諸王国連合と称しております。貴国が国内向けにどのような呼称を使おうと構いませんが、対外的には正しく記載していただきたい」
「正式な和平文書には必ずそう記しましょう」
結構、とジアペルタは微笑した。人間の姿を模していながら、どこか爬虫類的な雰囲気を湛えた笑みである。
ゼノビオスは互いの署名を済ませた書類を役人に預け、改めてジアペルタに向き直った。
「ところで陛下。和平条約とは無関係な話なのですが、私の領地に蜥蜴族の者が潜んでいたことはご存知ですかな」
「なんと。それは真か」
ジアペルタの反応は――少なくとも表情を見る限りではあるが――初めて事態を把握したのだなと思わせるものだった。
「我が末娘、フィオナがその目で確かめました。残念ながら死体は自害の呪文によって炭になってしまいましたが」
「貴殿の御息女の証言とあらば、疑うわけにはいきますまい。しかし御存知の通り、我ら諸王国連合は七つの国で成り立っている故、和平を良しとしない者も少なくありませぬ。加えて、戦乱で国を捨てた者達は他種族に傭兵として雇われていると聞きます」
ジアペルタは動揺する様子を微塵も見せることなく、巧みな語り口調で弱みを掴ませない弁解を述べた。
「なるほど。つまり今回の件は連合内の少数派、あるいは国に属さない流れ者の仕業である……そう宣言したと受け取ってよろしいか」
「勿論。貴殿がお望みなら快く調査に協力しましょう」
それ以上の追求は成されなかった。和平会談は平和裏に終わりを迎え、後は正式な発効を待つばかりとなった。
離宮の外まで見送りに出たゼノビオスに、来賓たるジアペルタは親しげな態度で語りかけた。
「実は娘を連れて来ていましてね。美しいガラスの街にしばらく滞在したいと言っているのですよ。確か貴殿の領地には、アステリア王国でも最大のガラス製品の生産地があるとか。是非とも娘の滞在の許可を頂きたい」
「……いいでしょう。何人でご滞在かな。それと御息女のお名前は」
「名はシルヴィと。滞在するのはアレ一人で構いません」
それを聞いて、ゼノビオスは皺の増えた顔を更に顰めた。
「失礼ながら護衛官が必要かと存じますが」
「護衛は付けませんよ。貴国に用意して頂く必要もありません。ひとりきりで異邦に滞在するのは、我ら天鱗氏族の通過儀礼のようなものなのです」
そしてジアペルタは無機質に笑った。
「愛娘を送り出す先が和平を結んだ国となれば、父として大層安心できますよ」
やや強引に一人分の滞在許可を取り付けて、ジアペルタは離宮を後にする。ゼノビオスは難しい顔をしたまま家臣に指示を飛ばし、すぐに自らも王都を離れる準備を始めた。
「父上。馬車の準備が整いました」
会談に同席していた長子ゼノンが、領地に戻る準備ができたことを報告する。
「ゼノンよ。先ほどの滞在要請、どう考える」
「……? 異文化には理解しがたい風習もあるものだと……」
「やはりお前は素直過ぎるな。それが長所であり欠点でもある」
ゼノビオスは踵を返し、巌の如く険しい顔で言い捨てた。
「その娘は埋伏の毒だ。毒袋が破裂すれば、この国は悶え死ぬことになるだろう」
幕間につき少し短め。続きは同日中の13時頃に投稿します。




