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前編 悪人か悪役か、罪人には変わりない

 物々しい足音が聞こえる。

 金属鎧が発する特有のガチャガチャとした音とガツガツ鳴り響く硬い靴音。


 私の罪を暴きに来た音。




『――クスクスクスッ。ねえ“フェレス”、ついに始まるわよ!』


 耳に心地よい澄んだ少女の声。

 ここでは私にしか聞こえない彼女の声だ。今は姿を意図的に消している。


「知っている。これほど仰々しいていで音を響かせているからな」


『バカみたいよね。いくら罪人を捉えに来たって言っても、普通は対象が警戒しないように隠すんじゃないの?』


「マトモな者だったらそうだろう。だが私を捉えようとしている者たちの中心人物は例の女だぞ。どうせゆるい頭で『絶対的な証拠をつかんだし、断罪すれば改心してくれるはず』とでも考えているんじゃないか?もしくはどんな者でも騎士が捉えに来て罪を告げたら大人しく投降すると思っているとか」


 自分で予想しておいてなんだが、有り得そうな気がしてきた。


『あぁ、あの変な人間ヒュームの女ね。いつも男の周りウロチョロして、しまいには男どもを侍らせて振り回してる頭のおかしい痴女でしょ。あの人間が“フェレス”のそばに来てベタベタ触ってきたときは本気で気持ち悪かったわ…』


 不快気に吐き捨てられた言葉に苦笑する。私もいい感情は持っていない。


 そういえば一時期、妙にあの女が私の周りに出没していた。

 会う度に「暗い顔。何かあったのですか?」だの「寂しげな目をしています…昔の私みたいな目です」だの、「辛いことがあったら吐き出してください。きっと貴方を大切に思っている人が心配します。もちろん私もですよ」だのと意味不明なことを言ってきた。


 あまりに奇妙なことばかり言ってくるから、本当に不気味だったな。


『ホント気色悪い。…同じ記憶持ちの魂なのに、何でこんなに違うのかしら』


「記憶持ちの魂?どういう意味だ?」


『“フェレス”は知らなくて良いことよ。あの人間と貴方の共通点になるとか忌々しいもの…だから忘れなさい』


「…ふむ。確かに共通点になりうるならおぞましいな。馬鹿がうつるかもしれない」


 あんな女の同類になるくらいなら死んだ方がましだ。



 闇の精霊のテネブライたる彼女の言葉に納得して頷き、先ほどの会話内容を頭の隅に追いやる。テネブライはいつも私の手助けをしてきてくれた。そんな彼女が言うのだから、なるべく望みを叶えたい。


 物心ついた時にはテネブライがそばにいた。家族以上に私と共にいる時間が長い彼女は私の母であり、姉であり、友であり、師である。

 どんなものとも替えのきかぬ存在なのだ。




 テネブライと穏やかな会話を続けているうちに、あの女が率いる軍団が到着したらしい。金属音が止み、辺りが静かになった。


 ドバンと勢いよく部屋の扉が開かれる。


 なだれ込んでくる甲冑を着た騎士たち。室内の二人掛けソファーに座っている私を取り囲んだところで、美しいドレスを纏った少女と格式高い礼服を纏った青年が騎士に守られながら前に出てきた。


 礼服の青年を視界に入れ、私はソファーから立ち上がり臣下の礼をとる。


「バルノワ・リオ・ディセンドっ。…貴公に国家反逆罪の嫌疑がかかっている、大人しく来てもらおうか!」


 礼服の青年が怒気を発しながら告げた。彼は我がベルデュエル王国の王位継承権第一位の王太子、シーリアス・エレ・シェイファニー・ベルデュエルである。


 もうじき二十歳になる王太子に幼さはほとんどない。王族らしく整った秀麗な顔立ちに輝く金髪と宝石のような碧眼。まさに正統派王子様と言える外見通りに性格は真面目で公正。


 次代の王にふさわしい、いと尊き御方だ。


 だが。


「騒々しい…。近頃の騎士はノックも出来ないのか、嘆かわしいな。いくら私に嫌疑がかかっていようといまだ王より判決が下っていない身で、ここは王宮。礼儀を忘れてはならぬと愚考いたしますが、シーリアス殿下?」


「っ…。そう、だな…これはこちらの落ち度だ、許せディセンド公」


「は。出過ぎたもの言い、申し訳ありません」


 やんごとなき御方ではあるが、王族として間違った行動がまかり通るわけではない。むしろ王族、ひいては王位を継ぐ王太子であるからこそこのような隙をつくってはならない。



 私はけっして王族への忠誠心から忠言したのではない。私にとって王族という地位も権力も特別な意味を持たないのだ。


 私が心を砕くのはひとえに国を導く存在であるから。国を想いはしても王族という一個人を想ったことはない。


 だから遠慮なくこうして言葉を吐ける。



 しかし流石は王太子だ。こんな場面でも感情的にならず、非は認めるが弱気は見せない有り方。

 馬鹿な王族ならキレて暴言を言うか、謝ったうえに頭を下げて王族としての価値を自ら下げる。貴族の模範とならねばならない王族が。


 王太子は優秀。今のセリフだけ聞いて評価すれば。



「こんな時でも余裕がおありだなんて、流石ですねディセンド公爵。……でも叶うなら、その秀でた能力を国の繁栄のために生かしてほしかったです、わたし達と共に」


 悲痛な声音を絞り出すのはドレスを纏い、ミルクティーのような淡い髪と翡翠色の瞳をした整った顔の場違いな令嬢。その年頃特有の少女と女性の中間を彷徨う魅力的な容姿ではあるが、どう見ても普通の女だ。


 そう、普通。ドレスさえ着ていなければ民間人に紛れ込めそうな、気品が感じられない令嬢。テネブライも私も好いていない例の女。



 美人というより可愛らしい顔立ちの彼女はレヴェリエ・ウィズ・ディザイア子爵令嬢。ディザイア子爵が一般の女性と交わした情により生を受けた庶子。


 貴族が気に入った女性と一夜の情を交わすのはよくあること。運が悪ければたった一度の過ちで身ごもってしまうこともある。レヴェリエ子爵令嬢の母は運が悪かった。

 さらに、ディザイア子爵も運が悪かった。正妻との間につくった嫡男が流行り病で亡くなったのだ。


 子がいない子爵はかつて情を交わし捨てた女性が子を産んでいたことを知り、無理やり女性から子を取り上げた。そして貴族の子として育てる。


 その子がレヴェリエ・ウィズ・ディザイア。 




 貴族らしくないのは当たり前だ。ディザイア子爵令嬢はすでにある程度人格が形成されてしまっていた十二歳の頃に引き取られたのだから。



 と、大多数の者は言う。私はどうもそれだけではないような、喉に何かつっかえたような違和感がぬぐえない。




「おや、心外ですね。私はベルデュエルの一貴族として恥じない働きをしてまいりましたと自負しております」


 貴様よりはよほどな、と心の中で付け加える。


「…貴方が何と言おうと犯した罪は変わりません。陛下の御前でその心を入れ替えることを祈っております」


「私に入れ替えるべき心などありはしませんよ。かかげる信念にのっとり最後まで己を貫くのみです…信念だけでなく、貴族の在り方も私は体現しているつもりですが、ね」


 ディザイア子爵令嬢に「貴族の在り方」という部分で視線を向ける。

 というか、気づけ馬鹿娘。貴様は子爵令嬢で私は公爵家当主。本来なら貴様から私に話しかけてはならぬし、貴様の希望を一方的に言い募ることが許される身分ではないのだと。


「…今重要なのは真実ではない、貴公にかかっている嫌疑が問題なのだ」


「ええ、承知しておりますともシーリアス殿下。私は逃げも隠れもしません。……騎士たちも聞いただろう私は逃げない、その剣を収めろ。現行犯ならともかく、現段階で明確に罪人だと定まっていない貴族に対する無礼だと分かっているのだろうな?」


 目を細めて周囲を見やる。気圧されたのか視線を泳がせて身じろぎする騎士たち。


 もしこれが他国の貴族相手なら外交問題に発展する。嫌疑の段階で武力をちらつかせるのは無礼などではすまない。

 加えて詳細に調査した結果が白だったならば、愚かな騎士の責任をとるのは国王であり国なのだ。この騎士たちは王太子の命令で動いたとはいえ、外交問題にただの王族では話にならない。最終的に責任を追及されるのは子である王太子と王族に仕える騎士を教育できていなかった王。


 真に王族に忠誠を捧げるのなら、騎士である己の行動をよく考えろ。



 …頭が痛くなってくるな。これが国の現実とは。

 だから私は王族に忠誠など向けないし、とうの昔に見限っているのだが。私の意志や成そうとしていることが崇高なものだとは思わないしむしろ私欲まみれの罪深き悪行だと知っている。




 私は救いようのない愚か者で大罪人だと歴史に名を刻まれるのだろう。


 否、もしかすると首謀者である私の名は禁忌タブーとして秘される可能性もある。



 私の血はまぎれもなく王家直系であり、忌み嫌われる闇属性を宿した禍身まがつみの者なのだから。






 王太子に先導されながら騎士に包囲されて歩く。王宮に仕える警備の兵や侍女を見かける度に何事かと目を見開かれる。


 自慢ではないがベルデュエル王国に三家しかない公爵家の一つ、ディセンド公爵家の若き当主たる私は知名度が高い。また貴族として如才無い領地経営、泰然自若な振る舞い、筋の通った役立つ真摯な忠言が評判で出しゃばらない優秀な大貴族だと好意的に見られていた。


 様々な事情があったとはいえ成人したばかりの私が公爵位を継ぎ、大した失点なく役目を全うできている能力と妻も婚約者もいない身であるという点は特に多くの貴族たちに優良物件だと判断されている。


 そんな「理想の貴族」である私が騎士に囲まれ険しい表情の王太子に連れられてゆく。注目せざるを得ない出来事だろう。



『やっと“フェレス”が思い描いた筋書がクライマックスねっ。楽しそうな“フェレス”…アタシも嬉しい!こんなに生き生きしてる“フェレス”が見られるんならその人間の女の存在も許容してあげるわ』


 コロコロと笑いながら囁くテネブライ。そばに他人がいる状態の時に私が会話に答えないと分かっているので、返答に期待せず喋り続ける。


『精々足掻いて苦しんで滑稽に踊っていればいいのよ!ふふっ全部全部が“フェレス”の掌の上。流石はアタシが選んだ子…アタシが名前を与えた子!』


 歌うように紡がれる声。歓喜で満ちたテネブライの声に思わず私も笑みを浮かべる。


 彼女がくれた私の名。与えてくれたその日より、私の全ては一変した。けれどそれを恨んだことはない。変わってしまう程度の肉親やつらの思いなど必要ない。


『可愛い可愛いアタシの“フェレス”、好きに生きなさい、やりたいようにやりなさい!アタシが見ていてあげる。―――貴方が朽ちる最期さいごの時まで、ずっと共に』


 言い終わると同時に左肩あたりに生じる温かい気配。春風が頬を撫でるような感触。



 彼女の言葉に心の中で「ありがとう」と返した。






 豪奢でありながら洗練された品の良いデザインの大きな両開きの扉が開く。


 扉の向こうは謁見の間。王が待つ裁きの間だ。


 私の周囲にはほぼ人がいない。先ほどの騎士のうちの二人が私の左右に立ち、私が逃亡しないよう、怪しい真似が出来ないように見張っている。

 王太子とその他はこの扉の直前で別れたのでここにはいない。


 ふと、右側に立っている方の騎士をちらりと見て、わずかに驚くとともに仕方ないなと呆れが滲む。



「バルノワ・リオ・ディセンド公爵、ご入場!」



 扉越しの声が大音量で響き私の歩みを促す。


 開かれる扉を眺めながら雑念を飛ばした。


 塵ひとつない美しい赤の絨毯じゅうたんが真っ直ぐ続く道に向かって踏み出す。

 貴族らしく優雅に、余裕をもって、姿勢良く。視線は先にある壇上に座る王族方の足元へ固定。赤い道の両脇にずらりと連なる者たちへは目もくれない。


 両脇にいた騎士も一歩後ろをついてきているようだ。私よりも手前で止まる気配。


 気にせず私もひたすらに真っ直ぐ歩き、うやうやしく腰を折り片膝をつく。まだ顔は上げないままで。



「畏れ多くも公爵の位を賜りしバルノワ・リオ・ディセンド、陛下の命を受け参上いたしました」


おもてを上げよ」


「はっ!」


 指示を受けて顔を上げ、壇上の主を視界に収める。


「直答を許す。……久しいなバルノワ。以前このように顔を合わせたのは二月ふたつきほど前だったな」


 厳かな雰囲気で告げるのは玉座に腰かけたベルデュエル王国が国王、ジェネロシティ・リグ・シェイファニー・ベルデュエル陛下。

 四十半ばとは思えない若々しい美貌を誇り、王太子が年を取り老獪さを持てばこんな御方が出来上がる、というような容貌。くすんだ金髪と王太子より色味の深い碧眼が印象深い。


「はい、以前お会いしたのは夏に執り行われた王太子殿下とご令嬢の婚約披露パーティーでしたので」


「…そうか」


 王は「ご令嬢の婚約披露」という言葉の辺りでかすかに顔をしかめる。

 距離の近い私や王の隣に座る王妃陛下、護衛の騎士の一部にしか判別できない程度だが、苦々しさが垣間見えた。

 

 …気持ちは分からないでもない。その「ご令嬢」はあの女、ディザイア子爵令嬢だからな。



 十三から十八歳頃の貴族が必ず通う王都の学園で何やら大恋愛を繰り広げたらしい、という噂は聞いている。


 王太子含むベルデュエルの有力貴族の子息たちとディザイア子爵令嬢が外聞を気にせずたわむれていたそうで、子息たちの婚約者や子息を慕う女子生徒らが怒りと嫉妬に狂いディザイア子爵令嬢を虐めたらしい。

 悪質なものは命の危険さえあり、傷害事件にまで発展したとか。


 それらを乗り越えて愛が芽生えたのか深まったのか、ディザイア子爵令嬢と子息たちの仲はますます良好になり―――視覚の暴力と言われるほど見苦しいベタベタくっつきまくる交流で―――周囲を振り回した。


 他にも細々とした出来事があったらしいが、私の頭にどうでも良い情報を記憶したくないのでそれ以降の彼らの話題は意図的に遮断した。


 王太子が学園を卒業してしばらく経ったある日、ディザイア子爵令嬢と王太子が婚約したと王宮が告知。早々に婚約披露の場が設けられ、正式にパーティーで発表されたという訳だ。


 王太子にもともといた婚約者の侯爵令嬢との婚約を破棄して。



 マトモな貴族ならばそんな貴族としてなっていない振る舞いと頭の弱さを持つ子息・令嬢とは関わりたくもない、と思うはず。


 王もそれほど煩わしく思う令嬢と王太子を何故婚約させたのか。



「息災のようで何よりだ」


「は。有り難き御言葉」


「近頃は貴族の不祥事、並びに賊による襲撃が相次いでおる。…われの側室の一人も亡くなり、正妃であるグレイスの実家も襲撃により大火たいかに包まれ消えた。そなたも知っておろう?」


「は。私も貴族のはしくれ。万事抜かりなく護衛を置き、情報のやり取りを密にしております。…王妃陛下がたについてはまことに残念でありました。お悔やみ申し上げます」


「うむ。…此度、そなたを呼んだのは、だな…その貴族を騒がせておる不祥事と襲撃についてなのだ…」


「…捜査に何か進展がおありで?」


「そうだ」


「それは喜ばしいことですね」


「……っ喜ばしい、と……そう言うのだな…」


 私が微笑をたたえた顔のまま表情を固定して言うと、王はうめくように言葉を漏らした。眉間に深くしわが刻まれ、玉座の肘掛に置かれた手がぶるぶる震えている。


「そなたがっ、一連の事件の首謀者ではないかという話が出ている」


「そうなのですか」


 想定内の流れ。どれだけ王が苦痛にさいなまれた表情をしていても何も感じない。


 しかし少しだけ意外だ。もっと迂遠な話をずらずら並べ立て遠まわしに私を追いつめる流れを作るかと思っていた。

 貴族社会ではいきなり本題や核心に迫るような話し方は余裕がない、マナーがなっていないと思われる。


「他にいう事はないのか?釈明も言い訳も、否定もしないのか!?」


「そうですね…私に釈明しなければならない事柄などありはしませんから。私は私に恥ずべきことを何一つしていないと、断言させていただきます」


 そう言ってほほ笑めば、王は失望を瞳に浮かべた。


 王の「事件の首謀者」という情報に、謁見の間に控えている国の重鎮である貴族たちが色めき立ち、ひそひそと内容の是非を問う声が漏れ聞こえてくる。



「――シーリアスとレヴェリエ嬢をここへ」



 王がそばの騎士に声をかけると、壇上に上がる階段付近にあるドアへ騎士が歩いて行き、扉を開いた。


 現れたのは王の言葉通り、王太子とディザイア子爵令嬢。

 二人とも沈鬱な顔で謁見の間へ入り私より王に近い位置に立った。王族方が座っておられる高い壇の手前。


 …王太子はともかく、何故子爵令嬢にすぎない身分のディザイア嬢が王の御前でこうべを垂れないのかはなはだ疑問だ。

 いくら王太子の婚約者になったと言っても妻になったのではないのだから身分は子爵令嬢のままのはず。



 この女について考えるだけ無駄か。王が何も言わないのなら構わないということだろう。



「父上、お呼びとのことで参りました」


「同じく、参りました」


「…うむ。では、話してもらおう」


「はい」


 王太子とディザイア子爵令嬢が謁見の間を見渡せるようこちらを振り向く。



「私が、いや、私たちが調べ、知った事件の全容と首謀者についてお話しする」


 部屋全体に通る凛々しい声で王太子は話し始めた。その隣に寄り添うがごとくディザイア子爵令嬢も毅然と立つ。


 若干こちらに強く視線を感じるが無視しておこう。あの女に関わるのはろくなことがなさそうだ。

 私の右後方にいる騎士が身じろぎした気がする。



「これは情報規制を行っているため一部の側近しか知らない事実だ。私と彼女、レヴェリエが婚約した日のおよそ一か月後の事……私はレヴェリエと共に勉学のため、地方の領地を視察していた」


 視察と言う名の旅行だろ。


「お忍びに近い形だったので領地の名は伏せるが、父上の方ですでに把握しているから心配はいらない。…その視察で私たちは領主のもとを訪れ、一週間ほど滞在する予定だった。襲撃が起きるまでは」


 王太子は語る。到着したその翌々日、領主の館に複数の賊が押し入り領主夫妻と跡継ぎ、半数の使用人が亡くなったことを。


「皆が寝静まった夜、私は物音がして目が覚めたのだ。起き上がって目の前にあったのは黒装束に身を包んだ怪しいやからの顔だった。すぐさま剣を抜いて構えたのが功を奏したのだろう…賊から放たれた短剣の一撃を間一髪のところで弾くことが出来た」


 だが賊は腕が立ち、数度の打ち合いで剣を弾き飛ばされ王太子は命の危機に陥る。


「もうだめかと思ったとき、レヴェリエが部屋に駆け込んできて魔法で賊を吹っ飛ばしたんだ」


 思わずといった風にこぼれた笑みは甘く、王太子の優しいまなざしがディザイア子爵令嬢に注がれた。

 視線に応えて照れた笑顔を見せるディザイア子爵令嬢に見惚れる若い一部の貴族が謁見の間にいるが、どこがいいのか。


 ほら、よく見ろ。この女はさっきから私の顔ばかり見ているぞ。目が合うと口パクで「大丈夫です。どんな判決がくだってもわたしが助けます」と気持ち悪いこと言っているぞ。

 適当に笑みを返してやると赤くなってデレデレしているが、コイツ本当に王太子の婚約者なのか?


 私には婚約者がいる身で他の男に色目を使う尻軽にしか見えない。


「知っている者も多いと思うが、レヴェリエは光属性の魔法適性が高い。そんな彼女の光魔法を正面から当てられた侵入者はボロボロになって逃亡したよ。けれど、賊はある手がかりを私たちに目撃されていたんだ。光魔法はその特性上光を伴う魔法だ。だから魔法が放たれる少し前、賊が使っていた短剣が光に照らされて、短剣に刻まれた製作者のいんが見えた」


 言いながら王太子は懐から一振りの短剣を取り出す。


「これは賊が使っていた短剣の製作者が作った別のものだが、この短剣の柄部分に製作者の印がある」


 短剣を持ち上げて周りに示し、柄を撫でる。私は王太子との距離が比較的近いので刻まれている印が見えた。


「見たことがなくても聞いたことくらいはあるだろう。王都にいる顔を見せないディセンド公爵領出身の凄腕鍛冶師のことを。それも作る武器は値段は高いが全てが完全オーダーメイド製。の鍛冶師は自分の作品を売る相手を選ぶ…かくいうこの短剣も私が出向いて何日も直接頼んで作っていただいたものだ」


 群青の三日月と黒い蝶が特徴のデザイン的にも優れた綺麗な印。


「人を見る目が人一倍厳しい鍛冶師が作品を売ったなら、襲撃してきた賊は只者ではない…しかし顧客の情報を鍛冶師が教えてくれるとは思えない」


 そこで途方に暮れた王太子たちだったが天は彼らを見放していなかった。鍛冶師を訪ねた帰り、路地裏から姿を現した十歳くらいの子供が表通りの同じ孤児だろう子供たちと話していた噂を耳にする。

 店も出ていない端の方で内緒話をするようにこそこそと喋り始めた子供たち。



「ねぇねぇ、またお貴族さまが死んだんだって!」


「あ、それおれも知ってる!いろんなお貴族さまが死んだり悪いコトしてつかまって、りょーみんが大変だってやつだろ」


「今はどこの大人もそればっかり言ってるしねー」


「そーじゃなくてっ、えっとなんだっけ…そう!“クロさま”がよろこんでるって兄ちゃんたちが言ってた!今度はおーたいしがいたからもうすぐ終わるって!」


「“クロさま”が?」


「うん。“クロさま”のけーかくを完ぺきにじっこうしたからほめられたって言ってた。いいなー」


「えーずりぃーっ!おれだって成人してたら参加できたのに…あと五年は早く生まれたかったぜ」


「ふふん!ぼくはその場で“クロさま”にあったから頭なでてもらったもんね!」


「お姉ちゃんたち後でぜったいじまんしてくるよー…いいなー。あたしもあと五年早く生まれてたらおそばにいて役に立つのに」



 まさかと思いつつ信じられない会話を聞いて王太子は子供たちに声をかけたらしい。が、声をかけた瞬間に「しまった!」というような顔をして子供たちは路地裏へ逃げた。

 みすみす有力な手がかりかもしれない子供たちを逃がせるはずもなく、王太子とディザイア子爵令嬢は子供たちを追って路地裏へ。護衛の騎士を置き去りにしたことに後から気づいたそうだ。


 そのまま治安の良くない貧民街へ出た王太子たちは子供たちが建物へ入っていく姿を視認し、再び追いかける。

 建物は当然鍵が掛かっており侵入は不可能。堂々と敵の巣へ飛び込むわけにもいかず、ひとまず窓を探して隠れて様子見をすることにした。魔道具で気配を消し、隠れて覗いていると複数の人影が窓から見える部屋で話し込み始めた。



「首尾はどうー?」


「完璧。妥協なんてするわけないだろ」


「あとはどこの貴族だっけ」


「五つ。詳しくはこっちの資料見とけって」


「あー五つかー…長かった計画もようやく終わりってね」


「楽しかったけどねー!貴族連中のなっさけない顔見るの」


「“クロ様”にはマジ脱帽だな。普通ここまで計画通りにいかねーだろ」


「未来でも見えてるのかっ!てくらい“クロ様”が予想したとおりに全部動くもんねー」


「俺らとは頭の出来が違うんだろうよ」


「それでいて楽しい人だもんな。あの人が一緒ならなんだってできそうだ!」


「どんな役でも“クロ様”が認めてくれるなら悪くない人生だわ」


「私、“クロ様”がどこに行こうとしててもついてく」


「恋する女と崇拝者はつえーなーおい」


「それもこれもこの一大計画が終わったらだけどな」


「国の中枢の総崩しってか。ばれれば逆賊認定が確定で」


「公開処刑だろうね。国がほろぶ前に見ツカレバイイナー」


「っぶは!棒読みすぎ!」



 聞くに堪えない会話。驚愕の事実と王侯貴族への侮辱がこれでもかと含まれている。

 怒りに震える体をどうにか抑え、王太子は聞き続けた。



「お前たちは何に賭けた?俺は『手遅れになる前にぎりぎり気付く』だ」


「えーあたしは“クロ様”のお膳立てで『王太子と婚約者が調べて断罪』」


「僕もそれ」


「私は『滅亡目前でようやく気付く』一択ね。もう手遅れ状態」


「それ予想じゃなく私情入ってるだろ」


「当たり前でしょう?こんな国、もう亡んだ方がいいに決まって―――」


「ちょっくら入るぜお前ら!一大事だ!」


「兄ちゃんたち!大変!」


「ごめんなさい!じょうほーもれたかもっ」



 慌ただしくなる室内。先ほど追いかけた子供たちが大人に知らせたらしい。野太い声の男と子供たちが入室した。



「っはあ!?情報が漏れた!?」


「表の通りでガキどもが話してるのを聞いた身なりのいい男女がいたらしい。しかもすぐ声をかけられたんだと」


「ごめ、ごめんなさい!」


「“クロさま”になでられたのうれしくてじまんしようと思っちゃってっ」


「つまり情報漏えいとガキどもの顔が割れた。撤収するぞ!」


「おう!」


「ええ!…まったくあとでお仕置きだからねアンタタたちっ」



 騒がしい声が遠ざかり、室内は静寂に包まれた。人の気配がなくなってもすぐは動かず、しばらく待って窓から王太子たちは建物へ侵入する。


 簡素な造りの生活感がない部屋。よほど慌てたのか中央に置かれたテーブルを囲む椅子は倒れていたり飲み物がかかっていたり散々な状態だ。

 さらに室内の隅に落ちているあの鍛冶師作の短剣。


 間違いなくここにいた者たちは貴族を騒がせている事件に関与している。だが証拠がない。


 王太子とディザイア子爵令嬢は建物内をくまなく調べることにする。そうして出てきたのはバルノワ・リオ・ディセンドが使った痕跡のある魔道具であった―――。





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