妖精の守護騎士
「剣を一本、作って欲しい」
久しぶりにあった友人が、真面目な顔でそう言った。ちょっと待て。なんで剣が必用なんだ?
「敵と戦うためだ」
敵、敵か。なるほど。敵と、剣で戦うんだな。なんで敵と戦わなきゃいけないんだ?なんで敵と剣で戦うような事態になってるんだ?
「妖精を守るために」
……わかった。よくわかった。よし病院に行こうか。俺は中学校出てからすぐ工場で働いてたから高校の苦労とか知らない。おまえが通ってる高校は進学校で、俺の知らないつらいことや苦しいことがあるんだろうな。だけど俺はおまえの友達だ。ガキのころ、いっしょに悪さして線路の遮断機、折ったりとかつるんでバカやった仲だからな。おまえの頭がおかしくなっても、難しい精神の病とかになっても、俺たちはダチだ。親友だ。
「オマエ、信じてないだろ」
うん。
「俺もおかしなこと言ってるというのは、分かるけど、とにかく最後まで聞いてくれ。夜にぶらっと散歩してたんだよ。課題が進まなくて気分転換にな。で、オマエも知ってるだろ、ウチの近くにある神社。夜中に人気の無い神社に行くと、不気味なんだけどなんか落ち着くんでな。たまに行くんだよ。そこで見つけちまったんだよ、妖精を。一瞬自分の正気を疑ったけど、本当にいたんだからしょうがない。ぐったりして動けないみたいなんでウチに持って帰った。家族に隠して自分の部屋に連れてって寝かせた。フルーツジュースとか飲ませて看病して2日ぐらいしたら、熱も下がって話ができるようになった。
魔獣に追われて逃げてるうちに病気になったんだと。今も魔獣は妖精を探してる、妖精を食べるために。それでまぁ、魔獣が襲ってきたら俺が守ってやるって、つい言ってしまってな。
その妖精が俺を騎士に任ずる、ということで、俺は今、妖精の騎士なんだよ」
わかった。よくわかった。病院に行こうか。俺もついてってやるから。
「オマエ、信じてないだろ」
うん。
だったらウチに来いよ。ってことで久しぶりに親友の家に。おかしなこと言い出してるけど、受け答えは普通で狂った感じも無いから、親友になにがあったか心配で仕方ない。部屋に入ってみると相変わらずの本の山。整理してあるから乱雑には見えないが、本棚に入りきらないのが山になってる。
そうか、本の読み過ぎでおかしくなったのか。
勉強机の上に見慣れない全裸の女の子のフィギュアが立っている。背中には蝶の羽根。これが妖精ね。……さて、救急車呼ぶか。
「コンニチワ」
?誰だ?女の声がした。この部屋には俺と親友、男二人しかいないハズ。
「あなたが騎士様のご友人ですか?」
フィギュアがしゃべった。マジか?
親友に謝罪して改めて親友と妖精の話を聞く。こうなると妖精を狙う魔獣ってのも本当にいるんだろうな。妖精という実物を目にして、実際に話をしたらそう信じるしかない。でも自分が狂人扱いされるので、他の人には秘密にしておこうか。
こうなると対魔獣用に武器が必要だな。俺はトラックの荷台を作る工場で働いている。ボール盤、MIG溶接、両頭グラインダー、ディスクグラインダー、なんでもござれ、だ。まずは材料、武器にするなら硬い金属だよな。廃車になったトラックからバンパーを外す。1枚だと薄いから2枚張り合わせて溶接。万力に挟んでディスクグラインダーで削り出して形を整える。刃ができたとこで、ベビーサンダーに替えて表面を削る。油砥石で刃を研いで、青棒とバフで表面をピカピカに磨く。片刃の直剣の完成。試しにパイプを切ってみたらさっくり切れた。作った俺がびびった。この切れ味は危険過ぎる。
騎士になった親友に剣を渡した。自分を切らないように気をつけるように注意する。
「サンキュー、間に合った。今晩、魔獣とやるハメになってるんだよ」
どういうこと?
「呼び出されてさ、応じないと俺のクラスの中から無差別に殺すって」
魔獣ってのは、随分と賢いらしいな。で、オマエ勝てるの?
「分からん。でもなんかワクワクしてきた」
そう言って、親友は俺の作った剣を試しに振ってみた。空き缶が真っ二つになった。
深夜、松林の中で木々の中に隠れている。親友は少し先の空き地に立っている。魔獣はまだ来ていない。親友の戦いを見届けようと俺は隠れている。ピンチになったら助けに行くために、剣をもう一本作って持ってきている。
足音が聞こえた。男がひとり歩いて来て、親友の前でとまった。
「田口……、オマエが魔獣だったのか」
親友の声が聞こえた。田口と呼ばれた男は、顔中から毛が生え口は大きく割けて牙が伸びた。爪が鋭くナイフのように飛び出した。なるほど魔獣だ。目は赤く光っている。元、田口は犬のような唸り声を上げて、親友に飛びかかった。俺はいつでも親友を助けに行けるように剣を握って身構えた、が、どうもその必要は無さそうだった。
親友は魔獣の爪も牙もひらりひらりと華麗に避けて剣を振るう。その度に魔獣は傷つき血を流す。親友が大きく剣を降り下ろした後、魔獣は胸から血を噴水のように吹き出して倒れた。カッコいいじゃないか、妖精の騎士。
倒れた魔獣はもう動かない。妖精は守られた。ついでに親友の高校のクラスメイトも。俺と親友は音高くハイタッチした。
後日
『少年は、「俺は妖精を守るために、魔獣を殺したんだ。人を殺してなんかいない」などと意味不明の発言を繰返しており、裁判の前に精神鑑定を受ける必要があると被告の弁護人が…………
親友が警察に逮捕された。殺人事件の容疑者として。俺はテレビのニュースを見ながら呆然としていた。親友が拘置所に入れられているので、妖精はいま俺の部屋にいる。
魔獣は人に憑依するが、憑依した人が死ぬと離れる。魔獣が離れた死体は、元の人の死体になるというのが、妖精の説明。つまり、親友はクラスメイトの田口を片刃の直剣で切り殺した犯人ということになっている。
警察に死んだ田口が魔獣だったと証明する方法が無いためにどうすることもできない。なんだこの状況、思わず妖精をジト目で見てしまう。しばし妖精と見つめ会った後、妖精が口を開く。
「どうか、私を守る騎士になってください」
待て。待て待て。ちょっと待て。
かんべんしてくれ。
終