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道化の仇花  作者: noir99
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8. 変化

  


  

   

   相良の監禁を終え、メモもベンチに挟み、篠崎と田川は二人で祝勝パーティを上げることとなった。

  もちろんこの提案は、田川からのもので、篠崎はかなり気が引けていたが、田川の協力なしでは成し遂げられなかったことなので、嫌々付き合うこととなった。


  チェーンの焼き肉店に入り、田川が次から次へと注文をする。

  牛肉の赤みを見て、篠崎は相良が相川によって、生気を失った肉の塊にされていく過程を想像し、一切の食欲を失くした。

  そんなことは、お構いなしに、ガツガツと白飯と一緒に肉に食らいつく田川。

  あきれるを通り越して、尊敬するような図太さに茫然としながら、篠崎はずっと田川の食べる様子をただただ眺めていた。


 「まだ、死にてーか? どうしても死にてーか?」


  田川が、もごもごしなら、問いかける。

  

 「いや・・・今はもう・・・わかんないや」


  本当に篠崎は、今の自分の気持ちがよくわからなくなっていた。

  喉元過ぎれば熱さ忘れるとはよくいうものの、こんな大それたことをやってのけたというのに、もう平然と二人で食事をしている。

  さっきまで、人をさらって、監禁したというのに、何事もなかったかのように・・・。


 「やろうと思えば、人間ってなんでもやれるな。変な自信のつけ方だけど、何人もの女性の未来を救ったんだからいいんじゃね? 名もなきヒーローだろ。俺たち」


  田川は、今回の件をなんとも思ってないどころか、誇りにすら思っているようだ。

  篠崎は、素直にそう受け止められない自分がいた。


 「どうしても死ぬってんなら、俺も一緒に死んでやろーか?」


 「なに言ってんだよ!! 死なないよ! てかなんで・・・」


  田川が何を考えているのか篠崎にはわからなかった。

  優しさなのか、同情なのか。


  田川を道連れにして死ぬことなど考えられなかった。

  明日の朝、またあの橋へと向かう予定であったが、あの欄干を超える覚悟が今消えてしまっていることに篠崎は気づいていた。

  あの拉致監禁をやり遂げたことが、うしろめたさもありつつ、篠崎に不思議な自信を与えていた。


  人間死ぬ気ならなんでもやれるというが、まさにその通りだと感じていた。

  悪を退治しただけだと自身を正当化し始めていた。

  生きる心の準備を自然としだしている自分に驚きつつも、生きていくことを受け入れつつあった。

  

 「死なない。やっぱり俺は生きていく。もう少し生きてみる・・・」篠崎は自然と自分に言い聞かせるようにそう呟いていた。


  田川は、ニヤリと笑って、黙々と食べ続けた。

  篠崎もようやく箸をとって、食べ始めた。

  生きていくために、肉にかぶりついた。その味と弾力を確かめながら噛みつづけた。


 


  ◇◇



  田川は、その日も帰らず、また篠崎の家に泊まることとなった。

 この連休中は、ずっと居座るつもりらしい。

 篠崎は、一人でいればまたぐるぐると考えてしまいそうになると思ったので、田川がそばにいるのを歓迎とまではいかないが少し救われてはいた。

 自宅に帰りつき、緊張から解放された篠崎は、バッタリとベッドに倒れこんだ。

 

 「一緒に寝るか?」


 田川がニヤついている。


 「ふざけんな。俺の寝る場所がなくなるだろうが」


 「しょうがねぇな。今日は俺がソファで寝てやるよ」


 ゴロンとソファに横になるが、ひざ下が完全にソファからでている。

 田川には申し訳ないとは思ったが、篠崎は精神的にも体力的にも限界だった。

 そのまま目をつぶっていると深い眠りについてしまった。


 布団もかぶらず、ベッドに倒れたままうつ伏せで眠りこけてしまった篠崎を田川は抱きかかえて、布団に入れてちゃんと寝かせた。

 その寝顔をじっと見つめる。

 達成感に満ちた安心しきった安らかな寝顔だった。

 田川もその寝顔を見て、篠崎の心の変化に気づき、ようやく安心して眠ることができた。

 

 

 翌朝、篠崎は7時に起き、あのベンチに行くかどうかで迷っていた。

 彼女にちゃんと引き渡しができたとはいえ、そのあとどうなったかが知りたくてしょうがなかった。

 本当に彼女は、殺すのだろうか。

 

 「これで最後だ。ベンチ行ってみるか?」


 田川は篠崎の落ち着かない様子を察して声をかけた。

 篠崎は、黙ってうなずく。

 

 彼女は、きっとあいつを殺して、自分も死ぬつもりだ。

 それを黙ってみていていいのか。

 知っていて、何もしなくていいのか。

 そんな自問自答の嵐の中に篠崎はいた。


 またあの憎悪の沼の中に佇む彼女の姿が心に浮かぶ。

 手を差し伸べても、きっと彼女はその手を取らないだろう。

 引っ張り上げたとしても、その手を振り払うだろう。

 

 8時前にベンチについたが、そこに座って待つ彼女がいた。

 思わず、立ち止まる。

 まさか本人がいるとは思わなかった。

 彼女は、なんというだろうか。


 篠崎と田川は、ゆっくりとベンチへと歩き出した。





 

 

 

  

  

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