7. 決行
相良の退勤時間は、夕方18時だ。
コンビニでの勤務を確認してから、18時少し前に相良の自宅ちょっと手前に車を止める。
田川がスタンガンを押し当てて、家に押し込み、篠崎がゴルフバックを運ぶ。
相良の自宅内で詰め込み、車へと運びだす。
直前で決めた手筈だったが、驚くほどに完璧な段取りだった。
田川と篠崎は、車で待機する。
時間は、18時10分。
車のバックミラーに相良の姿が小さく映った。
目出し帽をかぶり顔を見られないようにした田川が、拘束具を腕にとおし、スタンガンをもって車からでていく。
103号室側の壁と団地の壁の間に身を隠すのを篠崎は車の中から確認する。
相良が車の横を通り過ぎるときに、篠崎は顔を見られないように車の下にかがみこんだ。
車の横を通り過ぎたところで、エンジンをかけ、ゆっくりとアパート横につける。
103号のドアの鍵を開けて、相良が中に入ろうとした瞬間、後ろから田川がスタンガンを首に押し付けた。
「あがっ!!」と悲鳴ともなんともいえない声をあげて前に倒れこむ。
そのすきに、両手を後ろでに拘束し、ばたつく足もひとまとめに拘束した。
鼻までふさがないように注意しながら、口にガムテープを貼る。
篠崎が、大きなゴルフバックを運び込む。
相川に教わったとおり、首の血流だけを止めて意識を失わせる。その篠崎の手際の良さに田川がにやりと声を出さずに笑う。
ぐったりした相良の膝を折り、ガムテープで固定し、ゴルフバックの中に体操座りさせる格好で詰め込む。
失神している人間の重さに篠崎は愕然としていた。
田川がいなかったら、この大男を運び出すのは無理だっただろう。
二人がかりで、車のトランクへ詰め込む。
篠崎は、玄関近くの地面に落ちていたチラシを集めて、ポストの中のチラシも全て抜き取る。
ドアに鍵をかけて、靴跡がのこっていないかを確認する。
四方八方を見渡し、目撃者もいないことを確認したあと、滑り込むように車に乗り込み、すぐさま発進した。
「ちょろいな」
田川は鼻で笑い、満足気な表情をしている。
篠崎は、肩で息をしながら、高鳴る鼓動を抑えようと必死だった。
田川という男の底知れない得体のしれない肝の据わり方に改めて、若干の恐怖を感じる篠崎。
「まあ、マンションまで運び込んで、監禁するまでが仕事だから気は抜けないな。さっさと終わらせようぜ」
田川のドライな物言いに背筋が寒くなる思いもあったが、篠崎自身も早く終わらせたいと思っていた。
東京郊外の寂れたマンションへと車を走らせる。
自分一人では、無理だったかもしれない・・・篠崎は改めてそう思っていた。
田川がいるとなぜだか物事がうまくいく。
こんなことですらとんとん拍子に物事が進んでいく。
二人で悪の道に落ちていく。田川がなぜこんなことに付き合ってくれるのか篠崎にはさっぱりわからなかった。
人生を棒にふるかもしれないのに。一生背負っていく罪だというのに。
「なんで、ここまでしてくれるんだ?」 篠崎は、思いが口をついてでていた。
「さあな。俺もわかんねぇよ。でも一つ言えるのは、お前を死なせたくないってだけ」
「なんで、俺たち友達なんだっけな?」
「理由いるか?」
「いや・・・なんか不思議で」
「まあ、正反対だもんな。でも全然違うから面白いわけで。それでいいんじゃね?」
共通点もなにもない二人で、共感できる部分もないのに。
きっとお互い永遠に理解しあうことなんてないから、いつまででも友人なのかもしれないと篠崎はぼんやり思った。
マンションが見えてきた。
「あの白いマンションの一番手前の1階の部屋が監禁場所だから。すぐ前に車止める」
車をマンション前に止めて、中からぐるっと周辺を見渡す。
あたりに人気はない。
鍵をもって、篠崎が先におりて、マンションの部屋をあける。
ドアを開けっぱなしで固定して、トランクからゴルフバッグを二人がかりで下す。
まだ、相良は気を失っているようだ。
部屋へ運び込み、二人して、目出し帽をかぶる。
ゆっくりゴルフバックのジッパーを下す。
どさっと相良の巨体が姿を現し、床に転がる。
椅子になんとか座らせ、床に打ち付けられている鎖状の拘束具で両手足と首を拘束する。
ついに、拘束監禁が完成した。
篠崎は、膝を床について、大きく吐く。
終わった。
ついにやった。
やってしまった。
「ずらかるぞ」
田川が、あっさりと何の感慨もなく、部屋を出ていく。
篠崎は、意識のない相良を目に焼き付けた。
あとは、相川に任せよう。
君の好きなように。
いつものベンチに20時の連絡メモを挟む。
「成功」
一言だけ添えて。