6. 共犯
朝の10時を回ったころ、篠崎はようやく目を覚ました。
田川は、すでに起きていて、新聞片手に買い置きのパンを勝手に食べていた。
まだ眠い目をこすって、篠崎が起き上がる。
そのとき、田川が思いもかけない言葉を篠崎にかけた。
「俺の分の目出し帽も買わないとな」
篠崎は、瞬間的にポケットに手を突っ込む。
ない。あの計画書がない。
田川が、計画書をテーブルの上にはらりと置いた。
「よく練られてるな」
田川の前で、熟睡してしまった自分を篠崎は死ぬほど後悔したがもう遅い。
遺書を見られたとき以上の絶望が襲い掛かってきた。
そして、さっきの田川の言葉を思い返す。
「お前を巻き込みたくないんだ。もうこれ以上、踏み込んではいけない。戻れなくなる」
「一人でやるより、二人のほうが成功率高いぞ。
お前だけでやれる計画とは思えない。伸びた人間は想像以上に重いぞ。
あの巨体を車に運び入れるのはそうたやすいことじゃない。
俺も共犯者になってやるよ。そうじゃなきゃ、通報するまでだ。
計画自体を潰すぞ」
新聞を見ながら、何食わぬ顔で言い放つ田川。
どこまで肝が据わっているのか。
「一人で悲劇のヒーロー気取りで、死なせないからな。
俺一人、罪しょって生きてく気はねーぞ。
お前も俺と一緒に罪しょって、歯食いしばって生きていくんだ」
この世で、ただ一人の友人を巻き込んで、陽の当たる道を堂々と歩けない身へと一緒に落ちていく。
引き返すなら今しかない。
でも、彼女の涙を思い出すとあの相良のニヤついた顔を思い出すといてもたってもいられなくなる。
「俺は、法律がすべてだとは思ってないぜ。
外道には外道なりの最後を迎えてもらわないとな。
どうせ捕まっても数年すれば出てきて、同じことの繰り返しだ。
私刑は許されてないけど、反対じゃねぇ」
新聞からようやく目を離し、何も言えずに茫然としている篠崎に田川は断言した。
「お前が巻き込んだんじゃねぇ。俺が巻き込まれにいったんだ。
お前に責任はない。俺自身が決めたことだ。
なんの後悔もねぇよ。だから自分を責めるなよ」
もう田川を止める術はない。
篠崎は、諦めた。
計画のどれもうまくいかない。
人生は、なんにもうまくいかないとは思っていたけれど、これほどまでに準備しても直、何も思い通りにいかないとは呆れるを通り越して笑いが出てくるほどだった。
篠崎は、田川をつれて、メモを挟むベンチにやってきた。
彼女はどういう顔をするだろうか。
使えない男だと怒るだろうか。
どう思われてもいい。
とにかく彼女との約束を守ることだけは伝えようと思った。
篠崎が真ん中に座り、田川が左隣に座った。
12時になり、彼女がまた遠くから見ている。
今度は、そう長く立ち止まらずに、すぐにベンチへとやってきた。
「ごめん。田川に計画書を見られた。彼も拉致監禁に協力してくれるって」
相川は、驚いて田川を見た。
「アンタが、計画立案者か。よく練られた用意周到な計画だったけど、今のところ何一つうまくいってないな。
でも、今日なんとかしてやるよ」
相変わらずのあっけらかんとした態度の田川の物言いである。
相川は、観念したかのように、あっさりと田川の申し出を受け入れた。
「ばれないようにしてください。あなた方に迷惑をおかけしたくありません。
すべては私がやったこととしますから」
「俺が協力する代わり、篠崎は死なせないからな。
俺たちは、共犯者としてこれからも生き続ける」
相川が、篠崎のほうに目をやる。
「素敵なご友人を持ってらっしゃるのね。うらやましい限りです」
「あなたにだっているでしょう?」
「考えないようにしてるんです。意思が揺らいでしまうから」
まるで、篠崎のことを言っているようで、篠崎は何とも言えないバツの悪い思いをした。
「篠崎は、悪くねぇ。俺が勝手に計画書を見て、参加することを決めたんだ。
責めないでやってくれ。仕事はちゃんとやるさ。ばれないようにやる。
アンタにしてみれば、ヤツを監禁さえできればそれまでの経過はどうでもいいだろ?」
「人が増えれば、痕跡が残ります。あなた方に警察の矛先が向かないようにしたいんです」
「わかってるよ。なんかあっても捕まらねぇように最善を尽くす。アンタこそ遺体の処理はちゃんとしろよ。遺体が見つからなかったら警察はうごかねぇ」
「もちろん、何一つとしてこの世に残しませんから」
相川の言葉の一つ一つが重い。どこまでも本気である。
篠崎は、自分自身の今後について考える。田川を残して死ねないという思う自分もいれば、死を覚悟したからこそ背負えると思った今回の罪な所業。
悪の権化とはいえ、一人の人間を死に追いやる。
引導を渡す役目を担う。
その事実の重さを今改めて感じ、頭の中でもう一人の自分が警鐘を鳴らし続けている。
「俺たちが、知り合いだって周りに露呈するのはよろしくないから、そろそろいこうぜ」
田川が、立ち上がる。
それに続いて、篠崎も立ち上がり、相川のほうを見た。
相川は、しっかりと篠崎の目を見て、ゆっくりとうなずいた。
篠崎は、もう後には戻れないことを知り、自分自身を納得させるようにうなずいた。