3. 番狂わせ
4月30日20時 関係各所の見回りと対象と位置の確認ができたことをメモで篠崎は相川に伝えた。
5月1,2日とコンビニ周辺を張っていたが、相良に特に動きはなく、日中はコンビニでバイトをし、夜は家に帰っていった。
決行の日の5月3日。
相良は相川の読み通り、コンビニには出勤せず、家にいた。
篠崎は、家の近くに車をとめて、日中は張り込む。
奴が行動し始めるのは、夜とのことだった。
今は、午前10時を回ったところである。
今日の日のために、何度も何度も頭の中でシミュレーションしてきた、動きと段取りをもう一度想像する。
そのときだった。
普段全くならない電話が鳴る。
電話の相手を見ると、中高一緒だった友人の田川だった。
なんでこんなときにと、篠崎は電話を無視した。
今日は、決行日だ。
何者にも邪魔はさせない。
電話は、しつこく鳴り続けた。
まるで、この作戦を知っているかのように。
鼓動が早まる。
田川はあきらめたのか、電話がようやく鳴りやんだ。
篠崎は、毎日が目の前のことで精一杯で、田川のような友人がいたことすら忘れていた。
自分が死ぬ前に、一度田川に連絡でも取ろうかと思ったが、死の直前に話したことの思い出など相手の重荷になるだけだと思いなおし、この作戦が終わり次第、静かに一人で死ぬことにした。
今日のこの作戦がうまくいけば、思い残すことなく死ねると思うとひどく清々しい思いがした。
車の座席に頭をもたれて、過去を思い出そうとするが、頭がマヒしたように何も思い出せなかった。
思い出したくても、特にこれといった思い出がないことに気づいた。
篠崎は、一人でふっと笑う。
なんだこの人生は。
そのときだった。
黒いバンが、隣を走り去り、相良のアパートの前で止まった。
男が一人降りてきて、相良のアパートへ入っていく。
派手なスカジャンに金髪の伸びきった長髪に、無精ひげ。
相良と同じような人種であることが一目でわかった。
なんてことだ・・・二人だと?
計画が大幅に狂ったことを察知した。
あの黒いバンは、女性を拉致して連れ去るためであろう。
一人が運転して、一人が拉致する。
相手も今日が決行日。
用意した計画がすべて崩れ去っていくのがわかった。
相手が犯行に及ぶのを黙ってみているわけにもいかない。
でも、自分だけで二人の犯行を止めることもできないだろう。
警察に出てこられても困る。
篠崎は、悩みに悩んだ末、連絡用のメモだけを挟む公園のベンチで彼女を待つことにした。
彼女は、昼の12時にやってくる。
俺たちの接点はないはずだったが、背に腹は代えられない。
ベンチに座るが、落ち着かない。
まさかここまで準備をして、直前で崩れ去るとは。
篠崎は、貧乏ゆすりをしながら、歯ぎしりをしていた。
思い通りにいかない苛立ちが、全身からあふれ出していた。
遠くに彼女が見えた。
こちらを見て、立ち止まっている。
しばらくそうしていたが、諦めたように近づいてきた。
篠崎は、新聞を広げて読む振りをしながら、携帯を耳にあてる。
相川は、篠崎とかなりな距離をあけて、ベンチに座って、携帯を耳にあてる。
誰もいる気配はなかったが、二人は、周りから見れば、他人であることの演出をした。
「相良ともう一人仲間がいる。今日二人で犯行に及ぶつもりらしい」
その言葉を聞いた相川は、息をのんだ。
そして、こぶしをぎゅっと握りしめて、怒りで震えていた。
「犯行を止めたいが、俺一人の力じゃ無理だ。
警察に通報するのもどうかと思って、今日のことを相談したかった」
相手のいない電話に独り言のように言う。
「止めなきゃ・・・絶対に止めないと・・・」
絞り出すかのような声で、相川が自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。
止めたいのは篠崎も同じだったが、方法が浮かばなかった。
これから数時間後には、陽も落ちて、夜がやってくる。
あの悪魔たちが動き出す。
動き出してからでは遅い。
そのとき、また篠崎の電話が鳴りだした。
篠崎は、驚いてつい通話ボタンを押してしまった。
しまったと思ったときには、遅かった。
相手は田川だった。
デカい声で、いきなり文句を言い始める。
「おまえ、いるなら電話でろよ!! さっきの電話無視しただろ!!
たった一人の友人に対して、なんだその態度は!
ゴールデンウィークどうせ、暇だろ?
俺も実家帰省しててさ、せっかくだら今日の夜どっかで飯くわね?」
田川の能天気な明るい声が、電話の向こうから聞こえてきて、別世界の存在を身に染みて感じる。
今まさに、殺人計画を実行している最中だというのに。
「すまんが、俺は休暇中は予定が入って・・・」と篠崎が、田川の誘いを断ろうとしたとき、相川の左手が篠崎の右手をぎゅっとつかんだ。
お互いの目を合わせる。
お互い何を言わんとしているかはよくわかっていた。
篠崎は、顔をゆっくり横に振る。
相川は、これしかないという目をしている。
田川をこの計画に引き込む。
篠崎は、必死で首を横に振る。
「おい! 篠崎! なんか言えよ! 今日暇だろ? 予定とか嘘つかなくていいから。
今からお前んち行くから~~」
田川が、こちらの思惑とは関係なく、ずかずかと土俵に入ってくる。
昔からこの押しの強さに負けてきた。
「だめだ! 田川来るな! 来ちゃだめだ!」
篠崎は、つい叫んでしまった。
この暗い未来のない計画に、将来有望な田川を巻き込みたくなかった。
「なんだよ! 一体! 何があった? まさか女か! お前まさか彼女できたのか?!」
察しがいいのか悪いのか。
篠崎が電話口でため息をつく。
「紹介しろ~~~!!! 今すぐに家に行く! 何が何でも行くからな! じゃあな!」
一方的に電話が切られる。
「田川さんと二人で彼らを止めて。今日拉致できなくてもいいから。一人でも犠牲者を増やしたくないの」
相川が、肩をがっくりと落として、うつむきながらぽつりぽつりとつぶやく。
「計画のことは、田川には言わない。拉致監禁は、俺一人でやる。
今日は無理かもしれなけど、必ずやり遂げる。夜あいつがバイトから帰ったところを狙う。
3日間張り込んで行動パターンは把握してる。
今日のところは、とにかく犯行を阻止することに努めるから」
相川が、ゆっくりとうなずく。
そして、「ありがとう」と涙声で言うのを聞いて、俺はこの番狂わせを心の底から呪ったが、改めて必ずやり通すことを誓った。