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道化の仇花  作者: noir99
3/10

2. 正義


   

  

   彼女が、練り上げた殺人計画が詳細に記載された紙を一枚渡された。

  決行日は、5月3日。

  男を連れ出して、東京郊外のアパートの一室に監禁するまでが篠崎の仕事だった。

  今日は、4月30日。

  男の行動パターンを予測しての3日火曜日決行であった。


  男は火曜日休みのコンビニのアルバイトをしており、火曜日にいつも犯行を行っているとのこと。

  大型連休中は、アルバイトのシフトが代わり予測不能な動きをするかもしれないので、3日までの行動を篠崎が監視して動くこととなった。

  

  相川と篠崎の両人がお互い知り合いだということが警察にばれるとまずいので、電話やメールでのやりとりはしないこととした。

  連絡は、男が勤めるコンビニ近くの公園のベンチの座面の裏側にメモを一日3回朝8時と12時と20時に挟んでやることになった。


  いつもはコンビニの前で張り込み、3日の日は家の前で張り込む。

  3日の日、男が夜に家を出て外出したタイミングを狙って、スタンガンで相手の動きを止めて、縛り上げて車で拉致する。

  男の家の周囲には、監視カメラもなく、人通りも少ないことは確認済み。

  照明もほとんどない。

  相手が男であるため、力仕事となる。

  力の抜けきった人間の重さは、とんでもないものである。

  女性の彼女には、さすがに無理があり、篠崎に頼まざるを得なかったと思われる。


  篠崎は、4月に越してきたばかりの一人暮らしの部屋に戻り、計画書をじっくりと眺める。

  頭の中でシミュレーションする。

  相川からもらったスタンガンのスイッチを押してみる。

  バチバチと音が鳴る。

  気絶させることはできないが、ある程度のすきは生まれるだろう。

  相手を押し倒して、後ろでに縛り、足も縛り上げる。

  簡単に拘束できるプラスチックでできた拘束具も渡されている。


  彼女は、一体どれだけ念入りに調べ上げ、シミュレーションを重ねてきたことだろう。

  

  篠崎は、まず対象の男の顔を確認することとした。

  なるべく痕跡を残さないように、マスクをして普段はかけない眼鏡をかけてコンビニへと歩いてでかけた。

  電車で3駅ほど行った町にあるコンビニである。


  男の名前は、相良さがらという。

  あまりない苗字であるし、コンビニの制服に名札がついてるのですぐわかるだろう。


  これから殺す男に会いに行く。

  実際自分が手を下すわけではないが、篠崎が連れて行けば、彼女は確実に殺すだろう。

  なんとも不思議な感覚だった。

  自分とは縁もゆかりもない男であるが、相川 忍を破壊しつくし、今も女性たちの尊厳をふみにじり続けている悪魔。

  

  どんな顔をしているのだろう。

  どんな表情で、仕事をしているのだろう。

  コンビニにくる女性を物色しているのだろうか。


  電車を降りて、コンビニへ向かう。

  一歩進むたびに、自分の今からしでかすことの現実味が帯びてきた。

  まだ何も実行に移してはいないが、今まさに彼女の黒い底の見えない憎悪に手を伸ばし、篠崎自身の手が黒く染まっていくようなそんな感覚に襲われた。

 

  彼女の憎悪に浸かっていく。

  

  今目の前に、コンビニがある。

  悪意と非道の塊が、あの場所で何食わぬ顔して、生きている。


  入口入ってすぐにわかった。

  大きな体の男だった。

  一重の目は細く吊り上がり、ヘラヘラとにやけながら、客の応対をしている。

  髪は、彼女の言っていたとおり、根元が黒く毛先が茶色に染まった汚らしいパーマのかかった短髪だった。

  耳には、無数のピアスの穴。

  

  篠崎が最も嫌うタイプの人間だということが一目でわかった。

  自身の存在価値も軽いものであったが、別段人に害をなすものではない。


  でも、こいつは害をまき散らし、罪のない人の人生を破壊し、死に追いやるゴミクズ。

  生きているだけ、息をしているだけ罪を重ねていく。

  憎悪と死を生み出していくモンスター。


  篠崎自身、それまで彼女の憎悪は頭でわかっていてもまだ理解できていない部分があったが、男の顔や表情を見て、身体的に理解した。

  全身が、拒否反応を示している。


  彼女の憎悪と完全に重なった。

  

  これは、正義だ。


  篠崎は、確信した。

  自分のやることは、正しいことだと。

  もう決して、迷うことも戸惑うことも後悔することもないと思った。


  缶コーヒーを一本買う。

 

  男が話すたびに、タバコ臭い息が、篠崎の顔に噴きかかる。

  マスクをしていながらも思わず、少し仰け反る。


  太く不格好な黒い毛の生えた手が、釣銭を渡してくる。

  この手を拘束する。


  彼女を殴り、脅し、傷つけたこの手を切り落としてやりたい。

  

  篠崎は、袋に入ったまま飲まずに缶コーヒーをゴミ箱に投げ捨てた。

  缶コーヒーに罪はなかったが、あの男が触ったものだと思うと気持ち悪さがこみあげてきて触れるのも嫌になったからだ。


  彼女と完全に同化した篠崎は、次に男の家に向かうことにした。

  コンビニのすぐ近くである。

  

  2階建ての木造アパートだった。

  団地に囲まれた古い汚らしい建物で、住んでいる者を表しているようだった。


  103号室が相良の住んでいる部屋だ。

  表札はなく、103の数字が埃にまみれてかすれている。


  無数のチラシがドア据え付けられたポストからはみ出て、地面に落ち、散乱している。

  そのチラシに男のものと思われる足跡がいくつもついている。


  それをじっと眺めながら、篠崎はこのドアからでてくる男を想像する。


  1階に3部屋2階に3部屋の6部屋構造のアパート。

  103号室は、1階の一番奥である。

  部屋のすぐ隣は窓もない団地の壁になっており、ここに潜んで男を待とう。

  アパートには、窓があるのでその明かりで動きがある程度わかる。


  明かりが消えて、奴がドアから出てきたところを背後からスタンガンで襲い、縛り上げる。

  叫ばれないように、ガムテープで口をふさぎ、手と足を拘束する。


  自分の足跡がついたものを残さないように、このチラシも片づけよう。

  男をひきずって、後ろの座席に乗せる。

  起き上がれないように、手と足を結んでしまおう。


  篠崎は、隠れて待つ場所と車を止める場所を確認して、相良の家をあとにした。

  いったん家に帰って今度は、車でここまで来て、監禁するマンションまで走ってみることにした。

  車には、男を入れる大きなゴルフバックが積んである。

  死なない程度に意識を落とす首の締め方を相川から教わった。


  どこまでも用意周到だった。

  

  マンションも一階の部屋を長期にわたり借りているという。

  鍵も預かり、部屋に入ると拘束具が取り付けられた椅子が真ん中に置いてある。

  そこに男を拘束して、篠崎の仕事は終わりである。


  椅子に括りつけられている男を想像する。

  思わず、口の端があがる。

  

  使命感に高揚する自分がいた。

  必ずやりとげよう。


  自分の最初で最期の大仕事。

  生きつづける女性達の不幸の芽を摘む。

  正しい正義の所業である。


  強く心の中で念じて、マンションを後にした。

  


   

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