1. 干からびる果実
女性の名は、相川 忍といった。
橋の上から移動して、海沿いの芝生の上に腰かけて、計画を話し合う。
「あなたにお願いしたいのは、あの男を私が用意した場所に連れてきていただくことです。
そこに監禁して、私がこの手で殺します」
相川の声は女性にしては低く、その物言いは淡々としたものだった。
「その男に、アンタに何されたんだ?」
篠崎が素朴な疑問をぶつける。
「強姦されました」
あっさりと無表情を装っているようにみえたが、唇が言った後震え、大きく息を吸い込み、ゆっくりと自分を落ち着かせるように息を吐いてるのがわかった。
この女性が、壊れてしまった理由が至極当然で、篠崎は自分の死の理由が頭をよぎり、その浅はかさを少し恥じた。
「あの男は、遊び半分でした。一時の欲求を満たすために。誰でもよかったのです。
私は、穴のあるおもちゃだったのです」
「突然家に押し入られて、ナイフで脅されて、反撃もできず。
殴られて、鼻血を出しながら、髪をつかまれて、ベッドに投げ倒されました」
「ナイフの柄で、何度も頭を殴られて、意識が朦朧とする中、服を破られました」
「下着をはぎとられて、足を開かされ」
「もういい」
篠崎は、さえぎった。
相川の口から実況中継のように淡々と語られる実体験が生々しく、聞くに堪えなかった。
「あの男は、捕まっていません。今日も私と同じような目に合う女性が出てくることでしょう。
捕まって、服役したとしてもどうせ出てきて、また同じことを繰り返します。
間違ったことかもしれませんが、私の命をかけてこの悪行を止めるのです。
私は、生きながら四肢を引き裂かれました。ずっと殺され続けるような毎日を送っています。
死にながらも生きているのです」
「あの男にもこの苦痛と恐怖を味合わせてやりたい。
生きながら長い時間をかけて、殺してやります。
懇願を無視し、痛みを与え続けて、狂わせず、死なさず、生きることを放棄したくなるほどの苦痛を与えてやりたいのです」
赤黒いどろりとした血の沼の中にたたずみ、静かに深い憎悪の念を募らせる彼女をそこに見た。
その沼に篠崎自身の足も捕らわれ、ずぶずぶと沈み込んでいく感覚に襲われた。
その感触は、生暖かく、彼女が流した血と涙の温度そのものだった。
彼女は生きている。でも死んでいる。
その男を殺したら、彼女は生き返るのだろうか。
篠崎は、海を眺める彼女の横顔を眺めながら、ぼんやりと思った。
生き返りはしない。乾き続けるだけだ。
熟した実がむしりとられて、握りつぶされ、地面にたたきつけられて、ひからびていく。
それでも、望むなら。
枯れ果てる前に、一緒に叶えよう。
叶えた先に何もなくとも。
明日が来なくとも。