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ネタ帳  作者: 加茂セイ
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骨董人形(アンティークドール)は尽くしたい。

 わたしは――目覚めた。


 と言っても、今まで眠っていたわけではない。きちんと記憶はあるし、てきぱきと身体を動かしてもいた。

 過去の私は、眠っていた――というよりも、自分の思考や心情すら認識することができない、実にあやふやな状態だったのである。

 敬愛するお母さまに仕え、その身の回りのお世話をしていた現役時代には気づかなかったのに、どうして今ごろ、私は目覚めてしまったのだろう。

 この寂しい館に移り、静かな時を過ごすようなってから、はや二年。私の身体はすでに限界を迎えており、トレイを持ち、お茶を運ぶことすらできない。

 もう、気高く美しいお母さまの役に立つことはできないというのに、そのことを寂しく思ってしまう意識が存在している。

 このまま朽ち果てる運命ならば、いっそのこと眠ったまま逝かせて欲しかった。

 しかし、現実は非情である。

 こうなってはもう仕方がない。開き直るしかないだろう。

 寿命が尽きたと診断されるまで、お母さまに仕えていた頃の記憶を呼び起こしつつ――つまり、妄想でもしながら時を稼ごうではないか。

 背筋を伸ばして行儀よく椅子に座り、時おりにへらにへらと不気味な笑みを浮かべながら、私は自分が完全に稼動を終える時を待つのであった。


 私は、人形である。

 メイド型ペイネシリーズ〇四二――固有名称、パエッタ。

 “不死の人形使い”と呼ばれるお母様に生み出され、七年間お仕えした。

 これは平均的な人形の稼動年数からいうと、ずいぶん長い期間である。

 肝心な部分の劣化を防げない私たちは、通常であれば五年ほどで稼動の限界を迎える。その時点で破棄されたり、分解されて材料となっても文句は言えないのだが、現役を引退した私たちは、“思い出の館”と呼ばれる離れに移され、そこで静かに最後の時を迎える。

 その後は、人形の核となる“虹球にじたま”のみが埋葬される。

 お母さまは、ただの物でしかない人形に、お葬式を挙げてくださるのだ。その事実だけでも、お母さまがいかにお優しい方なのか、分かろうというものだ。

 すでに“思い出の館”に移っている私は、間もなくお母さまに見守られながら土に還る予定である。

 今しばらくの間、不埒な妄想に浸っていたとしても、ばちは当たらないだろう。

 にへらへらへら。

 ある日、部屋の中に入ってきたのは、私と同じメイド型の人形だった。

 私の時代よりもかなりの改良が加えられているようで、実に滑らかな動きである。顔の造形も細かくなり、ごくかすかな、上品な微笑を浮かべていた。

 シリーズ名は不明だが、さすがはお母さまである。


「……お姉さま方、失礼いたします」


 メイド型の人形――私の妹は、そういって優雅に一礼した。

 きた、きた、きた! ついに来た!

 薄目を開けて妹の様子を観察していた私は、すぐに目を閉じた。期待に胸を膨らませながらも、姉らしく自制心を働かせ、椅子に着座したまま大人しくしていた。

 私のいる巨大な部屋には、無数の椅子が並べられており、そこにはお母さまが作り、傍に仕えさせ、今は現役を引退した人形たちが、人形らしく鎮座している。

 その数、五十や百では効かないだろう。

 みな、私の姉や妹たちだ。

 その種類は様々で、私と同じメイド型から、執事型、料理人型、庭師型、事務型、そして戦闘型など、用途に合わせて作られた様々な人形がいる。共通する点といえば、どれもが人間の女性の形を模しているということだろうか。

 部屋に入ってきた妹は、椅子に座った人形のひとつひとつの胸の部分にそっと指先を当て、診断していく。

 寿命を迎えたかどうかの確認を行っているのである。

 人形たちの胸の部分には、設計図なるものが封緘ふうかんされた“虹球”と呼ばれる球体が入っており、この中に蓄えられているエネルギーの残量を確認しているのだ。

 “虹球”は使い捨ての消耗品である。再充電は不可。現役時代の身体の使い方にもよるが、通常は五、六年ほどで通常運転ができなくなり、それから一年ほどの小康状態を経て、完全にその活動を停止する。

 私はすでに七年間の現役生活と、二年間の引退生活を送っている。

 合計九年。 

 間違いなく、お迎えの時期なのである。

 最後にお母さまに見守られながら、死ぬ。

 それが、今の私の、唯一の望みだった。

 妹は仕事を疎かにしない。姉に対して敬意を払うかのように、恭しい手つきで一体一体診断していく。

 診断の結果、寿命を迎えたと判断された人形には、目印となるリボンがつけられ、後日、別の人形たちによって、“虹球”が取り出され、屋敷の外にある墓場に埋葬される。

 これは、一年に一度行われる行事であった。

 どきどきと胸を――いや、心臓がないから、“虹球”を高鳴らせながら、私は自分の番を待つ。

 足音が、私の正面に来て止まった。


「お姉さま、失礼します」


 うむうむ。お勤めご苦労さま、妹よ。

 姉は、待ちわびていましたよ。 

 身につけているブラウスのボタンが少し外されて、妹の指が肌に触れる。

 少しくすぐったい。

 ……おかしい。現役時代にはこんな感覚など感じたことはなかったはずなのに。

 珍しいことに、この診断を、妹は三度も繰り返した。

 我慢しきれなくなって薄目を開けると、これまた珍しいことに、妹は小さく首をかしげている。

 一瞬、目が合ってしまったので、慌てて目を閉じる。


「……」

「……」


 しばしの沈黙が流れる。

 妹は私のブラウスのボタンを閉めると、隣の人形の診断へと移った。

 私の髪にリボンは付けられなかった。


 い、妹よ~~~~、カムバークッ!

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