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ネタ帳  作者: 加茂セイ
3/21

紅の翼

     プロローグ



 二百年間続いた戦乱の時代は、終わった。


 天下分け目の東西大戦は、西のミレニア帝国の勝利により幕を閉じ、中央大陸は統一された。

 負けた側――バストゥール連合国に属していた民たちも、ようやく戦乱の時代が終わったことに安堵し、やや複雑な思いながらも、新しい主を歓迎することにした。

 支配体制が変わっても、国の名前が変わっても、民の生活は変わらない。働き手を奪われる徴兵がなくなり、多すぎる兵たちを養うための租税が軽減され、戦で田畑を荒らされることもなくなるわけで、むしろいいこと尽くめである。

 国の統治機構が回復すれば、野党や盗賊といったならず者も大手を振って活動することができなくなる。安全が保障されて生活に余裕ができたならば、農業や商工業が発達し、文学や美術、工芸といった芸術の文化が花開く。

 今後は太平の二百年が訪れるに違いないと、人々はこれからの展望について熱く語り合うのであった。

 もちろん一方で、悲惨な状況に追い込まれた者たちもいる。

 バストゥール連合に所属していた、王侯貴族や騎士たちだ。

 戦いの中で多くの命を落とし、生き残った者たちも国を追われ、あるいは罪人として投獄された。支配者階級の最も哀れな末路と言えるだろう。

 また、彼らほどではないにしろ、これまでの生活形態を維持することができず、大きな決断を迫られる者もいた。

 例えば、傭兵団――“紅の翼”のメンバーたちである。

 彼らは西軍に金で雇われ、東西大戦に参加した。戦場では大きな功績を残し、莫大な報奨金をもらって仕事を完了した。

 そして、仕事そのものを失った。

 今後、軍縮の波が訪れることは確実であり、傭兵家業も廃れてしまうことを、彼らは自覚せざるを得なかったのである。

 これまでの蓄えと東西大戦の報奨金があるので、しばらくは悠々自適な生活を送れるだろうが、湯水のごとく金を使ってしまえば、すぐに行き詰ってしまう。

 大戦後、ひと月ほど続いた祭りが終わると、浮かれきっていた“紅の翼”のメンバーたちは団長がいる宿に召集されて、ふと現実に戻された。

 “紅の翼”の三代目団長であるキュラソーは、二十四歳。腕っぷしがものをいう傭兵の世界では異例の若きリーダーである。

 巨人のように背が高いが、身体つきはややほっそりしている。黒色の髪は癖が強く、鳥の巣のような芸術的な形をしている。前髪が半ば目を覆い隠しているので、その表情は読み取りにくい。

 抑揚のない声で、キュラソーはぼそりと説明した。

 傭兵団としての仕事は、もう見込めそうにない。

 “紅の翼”は、お前たちを養うことはできないだろう。


「――ってことは、なんですかい、団長」


 情報通であるケッパが、やや動揺したように聞いた。


「“紅の翼”は、解散ってことですかい?」


 ざわざわと、団員たちが騒ぎ出す。


「お前ら、静かにしろ!」


 おそらくこの展開を予想していたのだろう。副団長のガンダルが一喝し、皆を黙らせた。

 傷だらけの禿頭と濃い髭を持つ筋骨逞しい男であるが、目だけはくりっとしていて、そこだけ切り取ると可愛らしい、かもしれない。


「勝手に先走るな! 三代目の話は、まだ終わっちゃいないんだぞっ!」


 五十名近くの団員たちが集まっているのは、宿の一階にある食堂である。ほぼ貸切状態なので、団員の他に客はいないが、給仕の女が怯えたようにカウンターの影に隠れた。


「ガンダル」

「はっ」

「声が大きい」

「……は」


 ひとつため息をついて、キュラソーは説明を続ける。

 団の金庫にある金は、みんなに分配する。馬や武具は返さなくていい。故郷がある者は帰ったらいいし、その金を元手に商売を始めてもいいだろう。どのみち一生傭兵家業を続けることはできないのだから。


「ということは、やはり……」


 古株のガンダルは、やや苦しそうに俯いたが、


「“紅の翼”は、解散しない」


 意外な言葉に、はっと団長を仰ぎ見る。

 他の団員たちも、僅かな希望にすがるように注目する。


「傭兵家業は無理だろうから、俺は、別の仕事をしようと思う」


 彼が口にしたのは、意外な職業だった。


 ――冒険者。


 中央大陸が統一されたとはいえ、それは大陸全土のごく一部に過ぎない。およそ九割の部分はまだ未開の地であり、そこは魔物たちが跳梁跋扈する異界でもあった。

 人間の世界と魔物の世界の境界線――“辺境”と呼ばれる土地には、開拓者たちの集落があり、彼らを護衛したり、開拓先に棲む魔物たちを退治する戦闘集団がいる。

 それが、冒険者だ。

 ある一定の年齢以上の健康な者であれば、冒険者ギルドに登録することによって、冒険者になることができる。そして、冒険者は自分の名前の他に、パーティ名を登録することができる。そのパーティ名を“紅の翼”として、冒険者として生きていくつもりだと、キュラソーは宣言した。


「しかしまた、なんで冒険者なんかに?」


 団員きっての女たらしであるフルールが聞く。流れるような金髪に薄い青の瞳を持つ優男で、肌の色も白く、時おり芝居がかった仕草をするが、剣の腕は確かだ。

 “辺境”の地は大きな街もなく、娯楽も少ない。“辺境”に生まれた者たちが立身出世のために“中央”を目指すのが普通であり、その逆は、権力闘争に敗れ落ちぶれた者や、犯罪を犯して居場所をなくしたならず者たちが多いとされる。

 いわゆる“都落ち”と呼ばれる所以であった。


「他に能がないからだ」


 と、キュラソーはひと言で言い切った。

 物を作る技術はないし、商売も性に合わない。いまさら農業の勉強をして田畑を耕したとしても、食べていけるまで数年はかかるだろう。

 心の小部屋に住まわせる女もいないし、守るべき家族もいない。


「……」


 団員の中の幾人かは、心の中で己の身を振り返ったのか、奥歯を噛み締めるように俯いた。


「そんな人間は、“辺境”で野たれ死んでも、誰も悲しまない」

「や、やめてくだせぇ」


 ケッパが、まるで自分のことのように嗚咽を漏らす。


「だ、だんちょー! はい、はいっ!」


 ぶんぶんと手を振って、ミルモが意見を述べる。

 やや小柄な体格で、素早い動きと急所を狙う戦いが得意な双刀使い。癖のない黒髪を腰の辺りまで伸ばしている。傭兵の中では珍しい女戦士だった。


「そ、その――意外と近くにいるかもですよ。だんちょーのこと、気にかけてるひと」

「いや、いないだろう」


 がんとショックを受けたように、ミルモの表情は固まる。哀れな動物でも眺めるかのように、周囲から同情の視線が集まった。


「とにかく、俺は冒険者になる。ここひと月――いや、東西大戦が始まる前から考えて出した結論だ。お前たちもよく考えて、今後の身の振り方を決めてくれ」


 キュラソーは十日間の時間を団員たちに与えた。

 ともに“辺境”に来る者は、名乗り出て出発の準備を整えること。

 “中央ここ”に残る者は、別れの挨拶はいらない。

 それは、キュラソーなりの気遣いだった。

 これまで所属していた組織を抜けるという行為は、精神的にも重圧を受ける。互いに命を預けあった仲間であるならば、当然のことだ。裏切り者と罵る団員はいないだろうが、皆がいる前では、言い出せない者もいるだろう。

 だから、去りたい者は何も言わずに去ればいい。

 そもそも“辺境”に生きる冒険者などは、生活が成り立つかどうかも分からないあやふやな職業である。多少活躍したとしても“中央”に名を響かせることはできないし、魔物たちとの戦いで命を落とす可能性も高い。

 決して他人に勧められる職業ではないのだ。

 まあ、それでも。

 頭の悪い物好きが、二、三人くらいはついてくるだろうか。

 キュラソーはそう考えていたのだが……。


 まさか“紅の翼”に所属する団員の八割以上――三十九名もの人間が、頭の悪い物好きだったとは、この時の彼は知る由もなかったのである。





          (1)



 ぱかぽこと、馬の蹄の音が響くのどかな田舎道。


「……ところで、旦那。“村八分”って言葉を、ご存知ですかい?」


 ケッパの問いに、副団長のガンダルは首を振った。

 父親も傭兵であり、彼自身も戦いに明け暮れた人生である。正直、世の中の常識には疎い。


「“ムラハチブ”? 知らんな。腹八分目の仲間か?」

「違いやすよ」


 ケッパは苦笑しつつ、恐るべき情報を“紅の翼”にもたらした。

 “村八分”とは、“辺境”の社会に溶け込めなかった者たちがたどる、哀れな末路だという。

 何でも“村八分”に認定されると、道を歩いているだけで女たちに避けられ、子供たちには石を投げつけられるという。店に入っても商品を売ってもらえず、酒場でも注文を無視される。挙句の果てには、夜中に家の戸口を壊されたり、窓から馬糞を投げ込まれることもあるらしい。


「ば――馬糞だと? 本当なのか、それは?」

「へぇ。“辺境”から出てきた知り合いから聞きやしたから、間違いないかと」

「何故、そんな目に合うのだ?」


 詳しいことは分かりやせんがと、ケッパは前置きした。


「“辺境”の村ってのは、寄り合い助け合いの社会と聞きやす。縄張り意識や仲間意識が特に強いんでしょう。“中央”から来たからといって、上から目線の態度をとっていると、うまく溶け込めず、やられちまうんじゃないでしょうか」

「むむ……」


 愛馬の手綱を握りながら、ガンダルが唸り声を上げる。


「三代目、いかがいたしましょうか?」


 約ひと月半の旅路を終え、“紅の翼”の一団は、ようやく目的地に到着しようとしている。

 遥か前方にある石壁を眺めながら、キュラソーは苦々しそうに言った。


「新たなる生活の第一歩でつまずくわけにはいかない。愛想よく応対しろ。初対面の相手には、特にだ」

「はっ。全員に通達します」





 にこにこと、笑顔……らしきものを浮かべている。

 目を細め、歯をむき出しにして、頬の筋肉をぴくぴくと引きつらせながら。

 愛想笑いなどとは無縁の生活を送ってきた荒くれ者たちである。

 受付カウンターにいる職員たちは、何も悪いことをしていないのに、何度も頭を下げて謝った。


「も、申し訳ございません。カードの発行が遅れて、大変申し訳ございませんっ!」


 突然、四十名もの人間が冒険者の新規登録にやってきたのである。一時的に受付カウンターが混雑するのは仕方がない。


「いやいや、謝る必要はないぞ。こちらは、まったく気にしていないのだ」


 そう言って職員をなだめたのは、ガンダルである。

 傷だらけの禿頭に、青筋が入っていた。立派な髭も震えている。

 別に怒っているのではなく、普段使わない頬の筋肉を無理やり動かしているためなのだが、若い女性のギルド職員たちは、「ひっ」と引きつるような声を上げた。


「まあまあ、ここは団長と俺に任せて。みんなはロビーで待っててくださいよ」


 唯一、団員の中ではまともな感性を持っているらしいフルールが仕切ることになり、ようやく受付嬢は落ち着きを取り戻したようだ。

 かなめの町――オラン。その中心部に位置する冒険者ギルド内。

 冒険者たちでごったがえしている大広間は、警戒心と殺気が入り混じったような、異様な雰囲気に包まれていた。もちろん、完全武装した物々しい集団――“紅の翼”のせいである。


「大変お待たせしました。こちらが皆様の冒険者カードになります」

「あ、どうもっ」


 愛想よくフルールが受け取る。その際、軽く片目を閉じることも忘れない。


「えーと、団長のは……これですね」


 手の平サイズの四角い羊皮紙には焼印が押され、情報が表示されていた。

 

【冒険者カード】

 所属:紅の翼

 名前:キュラソー(二十四歳・男)

 冒険者レベル:七十八

 特殊:統率、不屈、魅力

 備考:レギオンマスター


 フルールが他の団員たちに羊皮紙のカードを配り終えると、キュラソーは広間内をうろちょろしていたミルモを呼びつけた。


「なんっすか、だんちょー?」

「お前のカード、見せてみろ」


【冒険者カード】 

 所属:紅の翼

 名前:ミルモ(二十歳・女)

 冒険者レベル:六十二

 特殊:俊敏、器用、天賦

 備考:なし


「ふむ……」


 考え込んでいると、いつの間にか豊かな白髭を蓄えた老人が傍に立っていて、好々爺とした笑みを浮かべながら説明してくれた。


「先ほど君たちが触った水晶球が、身体能力や経験や技能、意思の強さなどを測定しての、それらを合わせて数値化したものが、冒険者レベルじゃ。語弊があるかもしれんが、強さの目安と置き換えてもよい。ちなみに特殊というのは、特に秀でた能力を表しておる」

「……なるほど。で、あんたは?」

「冒険者ギルドの長を務めている、ドンガという」

「“紅の翼”のキュラソーだ」


 取りあえず、二人は握手をする。


「しかし、驚いたものよ」


 ドンガと名乗った老人は、白い顎鬚を撫でながら嘆息した。


「まさか四十人全員が、冒険者レベル五十以上とはの。いやはや、どれだけの修羅場をくぐってきたのか。とんでもない集団が来たもんじゃて」


 そう言って、キュラソーにもう一枚のカードを渡した。


【レギオンカード】

 レギオン名:紅の翼

 レギオンランク:F

 依頼達成回数:S(〇)A(〇)B(〇)C(〇)D(〇)E(〇)F(〇)

 依頼達成率:-

 特記事項:なし


「こちらは、所属しているレギオンメンバーの人数と平均レベルで、ランクを表す。レギオンの実力と信頼度に置き換えてもよい」

「その割には、ランクが低いような気がするが」

「ランクの開放条件を満たしておらんからの」


 ある程度の依頼をこなさなければ、いくら高レベルのメンバーが大勢いたとしても、レギオンランクは上がらないらしい。

 逆もまた、しかりである。


「依頼についても推奨ランクが設定されておっての。レギオンランクよりも一ランク上の依頼まで受けることができる。お前さんたちの場合、ランクEの依頼まで受託可能じゃ」


 そして、一ランク上の依頼を十回達成すると、レギオンランクをひとつ上げることができるらしい。ちなみに、同ランクの依頼を何回達成しても、レギオンランクは上がらない。


「へー、パーティじゃなくて、れぎおん? なんすね。かっちょいい」


 キュラソーの腕を両手でつかみ頬を押し付けるようにして、ミルモがレギオンカードを覗き込む。


「便宜上、パーティを構成する人数は四人としておる。そして、三つ以上のパーティを編成できる集団が、レギオンじゃ。冒険者たちは、独立心――というか、我の強い者が多くての。長期間パーティを維持するだけでも難しい。くっついたり離れたりを繰り返しておる。レギオンなんぞ、ここ十年ほど見かけておらんよ」


 “紅の翼”は、この町唯一のレギオンということらしい。


「というわけで、冒険者ギルドにも、レギオンの運用に関するノウハウがない。つまり、君たちに注目しているわけじゃ。色々と便宜を図るつもりでおるから、そちらも協力してくれんかの」

「分かった」


 面倒くさそうにミルモを振り払いつつ、キュラソーは了承した。

 冒険者たちが幅を利かせる“辺境”の町である。ギルド長といえば、いわば顔役のようなものだろう。ある程度関係性を深めておくのが得策との判断だった。


「とりあえず、団員たちと馬を休ませたいのだが」


 長旅のせいで団員も馬も疲労が溜まっている。まずは宿に泊まり、英気を養うことが先決だろう。


「この人数となると、ひとつの宿屋では無理じゃぞ」

「屋根と壁とベッドがあれば、どこでもいい」


 明日以降、冒険者ギルドでの依頼の受け方の説明、そしてオランの町の公共機関や主要な店の案内を頼むことにする。


「こちらとしても、願ってもないことじゃな」


 四十人もの戦士たちに我が物顔で行動されては、冒険者ギルドとしても困ったことになるだろう。


「それから――」


 無愛想な顔にひきつった笑顔らしきものを浮かべて、キュラソーは最後の注文をつけた。


「我々を“ムラハチブ”にしないよう、この町の人々に伝えて欲しい」

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