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奥様とお薬シリーズ

奥様、惚れ薬をもられる

作者: 喜多結弦

息抜きで書いた短編です

結婚してはや二年。私と夫の仲は良好です。

私は十七歳、夫は二十四歳の時結婚しました。若くしての結婚であり、夫のリベラ・ディッキンソンは伯爵位を持っていますが、私たちは恋愛結婚です。


私は一般階級のパン屋の娘、彼は既に伯爵位を継いでいました。


それは運命的な出会いだったのです。リベラはお仕事の帰りに、普段ならまず立ち寄ることのない街の小さなパン屋に、ほんの気まぐれで入ったのでした。店番は私のお仕事でしたので、接客は私の役目です。けれど、店に入って来た彼があまりにも美しく、しばらく言葉を失い、呆けてしまいました。

銀の、サラサラの髪に、涼しげな目元。薄く微笑む彼は、幼い少女が思い描く王子様のような姿でした。


「お嬢さん」


だらしなく口を開ける私に、彼はお連れの方々を皆外へ出し話しかけてきました。店が狭いから気を使ってくれたのでしょう。


「おすすめはなんだろうか?」

「おすすめ、ですか…?店のおすすめはバゲットですの」


だけど、と呟いて、私はちょっぴり笑いました。

店のおすすめはバゲットになっているけれど、私のおすすめは、母が一番好きな、父の作る、


「私のおすすめはシュガーラスクです」


甘いお砂糖のラスクは、コストもあまりかからない。もともとお店に並べるためのものではありませんでした。父があまりもののパンで作ったラスクは、私と母の大好物。せっかく美味しいのだから、店に出そうと私と母で父に頼んだのです。

父はプロとして、初めはあまりもので作ったものを出すことを渋りましたが、私と母の強い押しに負けて極めて低価格で出すことになりました。

私がお客さんにラスクをおすすめしているのは、両親には内緒です。


「ではそれを一つずつもらおう」

「まあ!ありがとうございます。すぐにお持ちいたします」


父のラスクは家柄のよさそうなこの人にも気に入ってもらえるだろうか。袋に小分けにしたラスクとバゲットをまた他の袋に入れます。

それから、彼に売らない別のラスクの袋を開けて一つ取り出しました。


「よろしければ試食をどうぞ」


買う前に渡すべきだった!と気づいたのは、彼が試食に渡した一枚のラスクを受け取ってからでした。


「ありがとう。……うん。これは美味しい。お嬢さん、やはりラスクはもう二ついただけるだろうか」

「まあ…!よろしいのですか?ありがとうございます!」


すぐに詰めなおして、彼に渡すととびきりの笑顔をいただいた。


「こちらこそ。また近いうち買いにくる」


それから、そのお客様…私の今の夫は週に一度ほどのペースで店に来て、ラスクだけを買っていったり、ラスクと他にいくつかパンを買っていくようになりました。

お客様はどこで知ったのか私の名前をご存じになっていて、いつの間にか“お嬢さん”から“シャロン”と呼ぶようになりました。私もそれに伴って彼から名前を教えてもらい、“お客様”から“リベラ”と呼ぶようになっていきました。


リベラは時折私に差し入れにとお菓子をくれたり、うちで買ったラスクをその場で開けて、空腹の私の口に一枚与えてくれたりしました。


友人のような、けれどどこか遠い存在の彼に、私は次第に恋に堕ちて。


そして、二年前。


「ここへ来るのも最後になる。妻をもらうことになった。容易に街のパン屋へは通えないだろう、妻に怪しまれてしまう。他意はないにも関わらず、君にも迷惑がかかるだろう」


他意がないのは彼だけ。私は彼と会うことを楽しみにしているのですから、奥様にはいけないことになるでしょう。けれど私は頷けませんでした。


「奥様は……良家の方なのですか?」


いけないとはわかっていたのです。彼が伯爵様であることはこれまでのお話の中で知っていました。私はただのパン屋の娘。恋人でもないのです。彼の人間関係に口を出せるわけがありません。無礼なことです。

けれど、すぐに納得できるほど、私の想いは簡単ではなかったのです。

リベラは首を横に振りました。


「いいや。相手はまだ決まっていない。両親に結婚を急ぐようにとだけ言われてね。早々に相手を連れて行かねば両親の決めた相手になるのだが。その前に自分で選んだ相手を連れていき両親を納得させようと思っている」


少しだけ、安心しました。

それならば彼は、自分の想う相手と一緒になるということでしょう。それなら、私も身を引きましょう。彼が幸せになれるのなら…。

愛しい彼が幸せになれるなら。

だけどすぐには立ち直れないでしょう。今は笑って彼を送り出せそうにありません。俯いてしまう私を、感じの悪い女と彼は思うでしょうか。


「そこでものは相談なのだが、シャロン。私は貴女を愛しいと思う。貴女さえよければ、私と一緒になってほしい」

「……え…?」

「嫌……だろうか?」


嫌なはずがありません!


「いいえ。いいえ!どうか私をもらってください…!」


私の両親にはその日中に話をつけました。二人とも驚いていましたし、まだ若いとも言いましたが、相手は伯爵様です。結局は、時々実家に顔を出すことを条件に認めてくれました。ディッキンソン家のご両親も、相手に家柄は求めていなかったそうであっさりと認めてくださいました。それどころかお二人にはとてもよくしていただいて、遠くに別荘を買ってお義母様とお義父様がそちらに住むとおっしゃった時には、お義母様と二人で泣いてお別れをしました。


今は私とリベラ、使用人たちしか伯爵邸にはいません。けれどとても幸せです。愛する夫との日々が不満なはずがありません。

二年経っても彼を心から愛していますし、彼だって私を愛してくれています。


「あら?リベラ。これはなんですの?」


昨晩は彼の寝室で眠ったのですが、彼の部屋の書棚にガラスの小瓶が置いてありました。綺麗な小瓶の中には粉が入っています。

ベッドから出てそれを手に取ると、リベラはすぐにそれを私から取り上げました。


「貴女には関係のないものだ。私のものに勝手に触れないでくれ」


刺すような目で見られて、体がすくみます。彼と出会ってから今日まで、こんなに厳しい顔は見たことがありません。彼はいつだって穏やかで、優しい人で。こんな彼を知らない。二年間暮らして私の知らないリベラがいることに激しく動揺しました。


「ごめ…なさ……」

「ああ…!いや、違うんだ、すまないシャロン。これは服用している薬でね。貴女が飲んではいけないと思った。私も酷い言い方をした」


すぐにいつものリベラに戻りましたが、私の不安は拭えません。


「いいえ。私がいけなかったのですもの。……リベラ…」

「どうした?」

「キスを……してくださいませんか?」


リベラは頷いて私の頬を包み、唇を近づけました。けれど、口づけてはくれませんでした。


「すまない。まだ少し眠くて…。ベッドへ戻ろう、私の愛しい人」

「ええ…。そうですわね」


私には悩みがあります。

私と彼との間には、子供がいないのです。

それもそのはず、彼と体を重ねたのは数えるほどですし、子供ができるほど激しい情事に至ったこともありませんもの。

それにその数少ない行為の時だって、彼は何か罪の意識に苛まれた罪人のような顔をするのです。


……私には、魅力がないのでしょうか。


彼はどこかで、年下の私を子供のように見ているのでしょうか。


リベラがもし私との結婚が間違いだったと言い出したら…私は……私は……。

目をつむるリベラの額にキスをするとリベラが抱きしめられたことに、私はわずかに救われました。




***




あの薬を見つけた朝から、リベラの様子はわかりやすく変わりました。

私と目を合わせてくれません。情事に至らなくとも一緒に眠っていたのに、あれからはそれさえ許してもらえません。キスも、してくれません。させてくれません。食事の時の会話も減りました。暇さえあれば同じ時間を過ごしていたのに、このところ何もない日も彼は部屋にこもって一緒にいてくれません。

使用人たちもリベラがおかしいことに気づき、私を気遣ってくれます。


「奥様、旦那様はお疲れなだけで、奥様のことを愛しておられるのです」

「どうか元気を出してくださいませ」

「旦那様もお仕事が落ち着かれればまたいつものようになります」


ええ、そうね。ありがとう、と返しました。

けれど実際、リベラはもう一月ほどもあの状態です。仕事だって立て込んでいるわけでもありません。


離婚。


その二文字が頭をよぎり、とうとう私は倒れました。



目を覚ました時には愛しい夫が心配そうに私を見つめ、手を握っていました。目が合うとルベラは私を抱きしめ、よかった、よかった、と何度も呟きます。久しぶりに感じるリベラの温もりに、私の眼がしらは熱くなり、情けないことにヒックヒックと声をあげて泣きました。


リベラ。私の愛しい旦那様。

どうか私を捨てないでください。


「シャロン?どうした、どこか痛いのか?」


リベラは私の背中をさすりながら、心配そうな声を出す。


「ここが痛いのです。…っ、貴方のせいですわ…っ!」


私は初めて、夫に非難の言葉を浴びせました。胸を抑えながら。


「何故私を避けるのですか?私は貴方に、嫌われてしまったのですか?」


私は何かしてしまいましたか?それとも貴方は私に飽きてしまったのですか?部屋にいた使用人たちは気を利かせたのか出ていきました。

リベラは苦しそうに眉根を寄せて私を見下ろすばかりです。


「私は貴方の妻という立場が欲しかったのではありません!」


そう。ただ結婚したかったのではない。

リベラは悲しそうな顔を一層歪めました。だけれど私も、苦しいのです。


「貴方の領地が欲しかったのでもありません。綺麗な服が欲しかったのでも、宝石が欲しかったのでもありません」


リベラが何かを与えてくれるのは確かに嬉しいのです。リベラの贈り物の数は、リベラが私を想ってくれたことを表しているのですもの。彼にもらったものを捨てられるかと問われれば否です。けれど違います。私が何より欲しいのはずっと一つなのです。


「私はリベラが欲しいのです。貴方の心も貰えない、名ばかりの妻など苦しいだけですわ…!」


彼の胸にしがみつきながらおいおい泣きます。彼の服が私の涙で汚れてしまっても、それを気にする余裕は失っていました。

リベラのたくましい腕が、私の体を強く強く抱きしめました。彼の声も震えています。


「違う。違うんだ、シャロン。貴女を愛している。私の心は出会った時から今日まで…この先も貴方のものだ」

「なら…!」

「だが!」


大きな声なのに、やはり震えていて、私は夫の様子がこれまでで一番おかしいことがわかりました。

リベラは苦しいほどに私を抱きしめ上げます。


「シャロンの心は、私のものではない…!」


リベラの声は震えるだけでなく掠れています。どういうことでしょう。私はこんなにも夫を愛していると言うのに、夫は私の心が自分にないと言うのでしょうか。体を壊すまで貴方に執着していたというのに。


「私は罪人だ。極悪人だ、シャロン。そして貴女は、被害者だ」

「何をおっしゃっているのですか…?」


罪、とは、なんですか?

リベラはベッドにいた私を横抱きにして抱え、自分の寝室へ連れていきました。リベラのベッドに寝かされた私は、リベラの動きをただただ見守ります。

リベラが手に取り、私の元に持ってきたのは、例の小瓶でした。


「よろしいのですか?触れても…」

「ああ。かまわない」


忌まわしい小瓶です。この小瓶に触れてからリベラは私とほとんど面会謝絶になったのですから。

虚ろにも小瓶の中の粉を眺めていると、リベラは信じがたいことを言いました。


「それは惚れ薬だ」

「惚れ薬……?」


そんなものが、実在するのでしょうか。

物語だけのものと思っていましたが、目の前の夫はふざけているように見えません。もしかしたら貴族様の間では流通しているものなのでしょうか。


「私が父から貰い受けたものだ」

「まあ…。では、貴方が服用している薬だというのは…」

「嘘だ。すまない」


粉はサラサラ小瓶の中を流れます。

瓶の半分も入っていません。いくらかは使ったということでしょうか。

リベラは私の髪を梳きながら、懐かしそうに眼を細めました。


「シャロンは、出会った日のことを覚えているだろうか」

「ええ。勿論ですわ。貴方はバケットと、ラスクを買っていかれました。お店と私のおすすめです」

「ああ。お義父上のパンは美味しい。初めて食べたのは貴女が試食にとくれたラスクだった」


貴女がくれたから格別に美味しかったとリベラは言いました。


「だが私はもっと前から、貴女を知っていた」


目を丸くする私を、リベラは小さく笑います。それから色々話してくれました。


お仕事でよく通るあの道では、馬車の窓から私のうちのパン屋さんが見えていたそうです。パン屋はパンが見えるようにガラス張りで、中が見えるようになっています。私の姿はリベラに丸見えだったそうです。


「可愛らしいお嬢さんが元気に接客する姿は微笑ましかった」

「嫌です、盗み見ていたのですか?」


頬を膨らますと、リベラは私の頬をつついて穏やかな笑いました。私の大好きな笑顔です。


ある時リベラがパン屋の前を通ると、私が店先を掃き掃除していたのでした。


「その時貴女が鼻歌を歌っていた姿は今でも覚えている」

「嫌だ、忘れてください、そんなこと…」

「その日貴女はぶつかった老人に罵倒を浴びせている若者たちを見つけていたね。貴女は放っておくのかと思ったら、若者たちのもとへ行ったんだ」


リベラは、これはいけないと馬車から降りて助けにこようとしてくれたそうです。


「しかしその必要はなかった。貴女はあの日、なんと言ったか覚えているかい?」

「いいえ…?」


なにせもう数年前のことになります。街で生きていればいろんなことが起こりうるのです。二年前までで起きたことをいちいち覚えてはいません。


「『パンはいかがですか?父のパンは美味しいですよ。サービスいたします』と。それからにこりと微笑んで、『おなかがいっぱいになれば幸せな気分になれますよ。貴方たちが皆幸せになれますよ』と。若者たちも老人も貴女の虜になった。その場は貴女の言葉だけでおさまった。そして私も、貴女の虜になった一人だ」


リベラは私の髪にキスをしました。


「その翌日に貴女の店でパンを買った。私と貴女が出会った日だ」

「では、自惚れでなければ、リベラは私に会いに来てくださったのですか…?」


こくりと頷く彼に、私は頬が緩んでしまいます。リベラはほんの少し照れました。


「貴女を知れば知るほどに、貴女に惹かれた。私が思っていた以上に貴女は素敵な人だった」

「それは私も同じです。会えば会うほど貴方に恋心を抱いて」


リベラは首を横に振ります。

今さっきまでの穏やかな笑みは消え、私が見たくない彼の悲しい表情が戻ってきました。


「貴女は私を愛していない、シャロン」


耳を疑いました。だって、今まで私は何度も貴方に愛を囁いたではありませんか。

けれど、リベラの視線が私の顔から小瓶に移った時、察してしまいました。


「私はその薬で貴女を手に入れた」


私の愛は作られたものであると、彼は言うのです。


彼が時折持ってきていたお菓子に混ぜたり、シュガーラスクにこっそりまぶして、薬を飲ませたと言うのです。


全てが紐解けました。

彼が情事を強制しないのは、罪悪感があったからです。あの、苦しそうな顔も。私が彼に向ける愛情は、私自身が心から彼に抱くものではないからです。


けれど。


「それが、なんだと言うのですか?」


たとえ薬に作られたからと言って、愛がないわけではありません。


「薬のせいで私がリベラしか愛せなくなったのなら、責任をとってくださいませ」


私はもう、貴方しか愛せないのだから。


「私はもう…貴方を愛してしまったのですよ…?」

「シャロン…泣かないでくれ。すまない……酷い男で…すまない…」

「もう謝らないでください…っ」


出会って、語り合って、恋に堕ちた。プロポーズされて、式をあげて、子供が生まれるのを夢見て、幸せに暮らしていた。今まで私と彼が積み上げてきたものは、ほとんどが偽物だなんて。

私の溢れんばかりの彼への愛は、本当は存在しないものだなんて。

信じたくはありません。

だけど受け入れるしかないから。

この人に捨てられたら私はきっと狂ってしまうから。


「許しません…。私を愛してくださらないのなら、許しません…!」

「シャロン…私は…」

「謝らないで。キスをして、私に触れてください。私の夢を叶えてください。貴方との子供がほしいのです。貴方と、我が子と、穏やかに愛し合って生きたいのです」


その晩私に触れるリベラの表情は、やはり苦しげでした。私もきっと、酷い顔をしていたことでしょう。

大丈夫です。明日にはきっと、笑います。今夜だけで、涙を流しきってしまえば。




***




朝にはリベラはもう起きていました。私に服を着せてくれているところでした。


「おはようございます、リベラ」

「おはよう、シャロン」


お互い微笑みますが、お互いわかっているのでしょう。無理をして笑っていることくらい。私たちは遠からず、心の溝を深めていくでしょう。

けれど今は、そんなことを考えずにこの人と寄り添おうと思います。


寝室の扉があわただしく叩かれました。


侍女長の女性の声もします。


「大旦那様と大奥様がおいでになっております!お二人ともお早く支度をお願いいたします」


なんということでしょう。夫との溝が生まれたばかりの日にお義母様とお義父様に会うのは後ろめたいところがあります。

しかし会わないわけにもいきません。私は嫁なのですから。


リベラと食堂に行くと、お二人とも朝食を始めていました。お二人の前には私たちの朝食も置かれています。

向かいに座ろうとすると、お義母様が立ち上がり私に抱き付きました。薔薇の上品な香りがします。


「お久しぶりね、わたくしの可愛い娘!少し痩せたのではなくって?きちんと食べているの?もしかしてストレスかしら?そうだわ、今度わたくしたちの家へいらっしゃい。自然が豊かでリフレッシュできるわ!」

「お久しぶりです、お義母様。ありがとうございます。いいえ。幸せ太りをしてしまったくらいですわ」


本当は、ここ一月ほどで痩せたけれど。

倒れたことは伏せておこう。お義母様は心配性ですから。

お義父様にもご挨拶をしてから、私とリベラはそれぞれ席に着きました。


けれどさすがご両親です。リベラの様子がおかしいことにすぐに気づかれました。私の方も、あからさまだったでしょうか。お二人は私たちを交互に見やり心配そうにされました。


お義父様は気を使ったのか、リベラにからかいをかけます。


「なんだ、もうシャロンに飽きられてしまったのか」

「「……」」


二人でだんまりはいけませんでした。お義父様もお義母様も気まずそうに視線を彷徨わせています。けれどその冗談は今の私たちにはタブーなのです。


なんとか場を明るくさせようとしているお義父様は、ここで予想外の爆弾を投下します。


「せっかく例の惚れ薬をやったと言うのに、愚息は有効利用できていないのか」


リベラががたりと音を立てて立ち上がりました。ものすごく、お義父様を睨んでいます。私も気まずくなって俯きます。

お義父様はそんな私たちに気づく様子もなく明るく笑います。


「あの薬は効き目が絶大だからなあ」


それについてお義母様も愉快そうに笑ったことで、私とリベラの視線はそちらにくぎ付けになりました。


「あらぁ、あの小瓶のかわいいお薬ね」

「お前にはあの薬がしっかり効いたからなあ」


「「飲んだんですか!?」」


あっけらかんとしたお義母様に、私とリベラは脱帽です。二人で迫るものですから、お義母様も少し後退しました。


「なぁによー、高価なものなんだから、食べたって損はないでしょう」


高価?

食べる?

損はない?


少し、話が噛み合っていません。


「母上は、薬とわかってあれを口にしたのですか?」

「薬って、やぁねえ。本物の薬でもあるまいし」


本物の……薬ではない……?


「ど、どういうことです?リベラ」

「い、いや、あれは父上が私に惚れ薬だと…」


すがりつく私に、リベラも困惑顔です。

お義父様は目を丸くしてから、大きな声で笑いました。


「ははははは!そんな便利なものがあるわけがないだろう!あれは粉砂糖だ」


粉……砂糖……?


「女は甘い物が好きだからな。食事の時に、ドルチェに加えてやればお前の母は大喜びしたものだ」

「もうねえ、わざわざ高価なお砂糖を取り寄せていたのよ。この人、わたくしと会う時はいつも持ち歩いていたのよ!」


つ……まり……


「リベラ…貴方は……」

「ああ……」

「私に渡す食べ物に、罪悪感を覚えながら砂糖をかけていたのですね」

「あ…あ……」


では私の想いは本物だったということです。

私は本当に彼を愛しているのです。彼が私を、想ってくれるように、私も…。


「ふふ……」

「シャロン…言いづらいのだが…」

「ええ」

「愛している…」

「存じています。私も、愛していますよ?」


腕がぐいっと引かれ、私の体はリベラに抱きかかえられました。

まだ朝食の途中ですが、仕方ありません。私もわかりますもの。夫の感じる喜びが。


「今から貴女の夢を叶えよう、シャロン。来年には貴女によく似た可愛い子供が生まれるだろう」

「まあ…今からですか…?」


私の旦那様は、もう手加減をしてくれそうにはありません。


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