魔王陛下の苦難
「魔王・・・・・・いや、サラサ。俺と結婚してくれますか?」
シンと静まり返った魔王城の大広間に、やけに大きくその声は響いた。
赤い絨毯に、ガーネットや金などの宝石がたっぷりと惜しげもなくあしらわれた玉座。そこに座るのは、魔界で一番強く美しい魔族であり、最高権力者である魔王だ。
膨大なる魔力に、流れるように美しい銀色の髪と、アメジストのような瞳の、美貌の魔王。それがサラサだった。
同じく、金髪に琥珀色の瞳の、人間にしては美しすぎる勇者が並べば、もう、壮観としか言いようがない。
が、混沌とした空気のためか、なぜか残念な光景へとなっている。
そんななか、とてつもない魔力が辺りを満たすそこで、しかも倒すべき魔王を前にして、それは勇者が言うセリフではないと、サラサは思った。
「正気かえ?」
とりあえず、勇者に確認する。もしかしたら、もう手遅れかもしれない。
「正気です」
あぁ、手遅れだった。
サラサは、頭を抱えた。数百年間生きてきて、数々の勇者を返り討ちにしてきたが、求婚してきた勇者も、単身で魔王城にのりこんできた勇者も、初めてだった。
「わらわは魔王なのじゃが・・・・・・」
「知っています」
真面目に答える勇者に、サラサは逃げたくなった。
が、敵前逃亡はサラサのプライドが許さない。
いつもならば、『ふはははは!愚かな勇者どもめ、わらわが返り討ちにしてくれるわ!』などと言って魔法を発動させて、戦闘に入ればよかったのだが、今回はそうも簡単にはいきそうにない。
(新手の精神攻撃かえ?)
少し悩んでみる。
問答無用で攻撃してもよかったが、なぜか今回の勇者からは、サラサの嫌いな精霊王の気配がしたあげく、おそらく今までで一番強い気配もする。
「サラサ・・・・・・駄目、ですか?」
「駄目に決まっておろう!?わらわは魔王だと言うておる」
玉座の上で、勇者の言葉に答えつつ、重要な決断を下すべく、考えた。
が・・・もともと参謀には向いていないサラサは、数分で考えることを放棄した。
なにより、いつもならば彼女を止め、説教し、諭す魔族がそこの勇者のおかげで倒され、伸びていたため、ストッパーがなく、久しぶりの心ゆくままの戦闘の誘惑に勝てなかったのもある。
一番のところ、なぜ初対面であるはずの勇者が自分に求婚しているのかや、なぜ名前を知っているのかさえ考えていない彼女のことだ。
深く考え込むはずがない。
だからなのか、サラサは普段通り高らかに笑った。
「勇者よ、魔族はより強者に惹かれる。わらわに勝てば考えてやってもよいぞ。さぁ、くるのじゃ。わらわと戦おうぞ!」
サラサ自身、なにか間違えたような、そんな駄目な気が一瞬したが、すぐに戦いに夢中になり、忘れ去った。
魔族はより強者に惹かれる。だからか、上位魔族になればなるほど、戦闘を楽しみ、より強者を選別するために戦う者などが多くなる。
彼女も例外ではなかった・・・・・・。
「なぜじゃぁぁぁ?卑怯じゃぞ!」
数時間後、見事に負けて、自分が言ったことと、自分の性に負けたことを盛大に後悔しながら、サラサは叫んだ。
目の前には、嬉しそうに、とろけるような笑顔の勇者と、気の毒そうにサラサを見つめる精霊王の姿がある。
「誰も、召喚魔法を使用してはいけないなんて言ってませんよ。さぁ、これで貴女は俺のものですよ。愛しています、今すぐにでも結婚しましょう!」
「だからって、神レベルの精霊王やはては魔族である悪魔まで召喚するではない!」
その日、魔王が勇者に玉砕したことが全世界に広がり、数ヶ月後その二人が結婚したことが報じられた。
目下、最強の夫婦が誕生したとかで、民を震撼させたとかさせなかったとか・・・。
さらに一年後・・・・・・。
「愛していますよ、サラサ」
「なぜこうなったのじゃぁ!?」
お腹のぽっこり膨れ、第一子を身籠ったサラサは、今日も今日とて絶叫するのだった。
「最悪じゃぁぁぁぁぁ!」