表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

第1話:やまない雨はない。


雨、雨、雨。


窓の外はもうずっと、色のない景色が続いている。


毎日、毎日、しつこいくらいに。




朝の我が家は、静寂とは無縁の「戦場」だ。




「ねえユキ姉、テレビおかしいってば!」


小学6年生の弟、チョウジがリモコンを連打しながら叫んでいる。台所では母さんが、小気味よい音を立ててお弁当の隙間を埋めていた。




「ほら、写んないんだよ。ザーザー言っててさ……」


追い打ちをかけるように、4歳の妹コハナがギャン泣きを始める。彼女は朝、この世の終わりみたいに機嫌が悪いのがデフォルトだ。




私だって、自分の支度で手一杯なのに。


「もう、シゲジイに頼みなよ。テレビくらい直せるでしょ」




投げやりにそう言うと、ソファの主が応えた。




「――ぷぅぅぅぅぅ。」




返事の代わりに、シゲジイのオナラがリビングに響く。


孫と目も合わせず、新聞を広げたまま。なんでそんなに自由自在に、思い通りのタイミングでオナラが出せるんだろう。この人の括約筋はどうなってるんだ。




「ギャーギャーギャー!!」


シゲジイに負けじと、コハナの泣き声が一段とボリュームを上げる。




「……もう、無理。行ってきます!」


私は食べかけのトーストを口に押し込み、食器をシンクへ放り投げた。母さんから差し出されたお弁当をひったくるように受け取り、戦場からの離脱を図る。




「いってらっしゃい、気をつけてね」


母さんののんびりした声が背中に届く。




私は逃げるように玄関のドアを掴み、思い切り外へ蹴り出した。


またあの、じめじめした雨の中を学校まで歩くんだ。最悪。




そう思っていた。




「…………は?」




一歩踏み出した足が、空中で止まる。


網膜に飛び込んできたのは、どんよりした灰色ではなく、刺すような「青」だった。




見渡す限りの、海。


吸い込まれそうなほど高く、突き抜けたピーカンの青空。




昨日までそこにあったはずの、アスファルトも、電柱も、隣の家の古びた塀も。


そのすべてが消え失せ、我が家だけが、真っ青な水平線のど真ん中にぽつんと浮かんでいた。




「……は?」




固まった。


さっきまで耳についていたコハナの泣き声も、台所で包丁がまな板を叩く音も、全部が遠くへ消えた。


代わりに私の鼓膜を震わせたのは、穏やかな、でも圧倒的なまでの「ざざーん」という波の音。




「……え、ちょっと、何これ。夢?」




思わず一歩、外へ足を踏み出す。


そこにあるはずのアスファルトの道も、向かいの田中さん家の生垣も、電柱も、何ひとつない。


玄関のタイルから先は、透き通った青い海へと続く真っ白な砂浜。


そしてその先には、水平線まで続く、見たこともないほど真っ青な世界が広がっていた。




「……ユキ姉、何してんの? 早く行かないと遅れ……」




後ろからチョウジが顔を出した。そして私と同じように、言葉を失う。


手元でガシャリと音がした。


母さんが、私の忘れた水筒を持って追いかけてきたんだ。でも、その水筒は玄関の床に転がっている。




「……海?」




母さんの震える声。


さっきまでギャン泣きしていたコハナも、開いたドアから差し込む強烈な日差しに目を細め、ぽかんと口を開けている。


そんな中、家の中から「ぷぅ」と、また緊張感のない音が響いた。





シゲジイだ。


よろよろと玄関まで歩いてきたシゲジイは、私たちの肩越しに外を眺めると、眩しそうに目を細めて言った。




「……今日は、えらい遠くまで流されたな」




「冗談いってる場合じゃないでしょ!」


私の叫びが、雲ひとつない快晴の空に吸い込まれていく。




毎日、毎日、降り続いていたあの雨。


あれは、世界が作り変えられる予兆だったんだろうか。


それとも、私たちは家族ごと、どこか別の場所に「呼ばれて」しまったんだろうか。




水平線の向こう、よく見ると小さな島のような影がいくつも浮いている。


あれは……もしかして、他の誰かの「家」だろうか。




私たちの「戦場のような朝」は、どうやらここから、全く別の方向へ加速し始めるらしい。


挿絵(By みてみん)


★面白そう、頑張ってるねと思っていただいた奇特なアナタ!

そうアナタのことです。ブクマや期待を込めて☆☆☆☆☆を

押して頂けると執筆の励みになります。宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ