35話 ロイヤルストレートフラッシュの闇と、怒れるライバル
ポットに溜まった210枚の山のようなコインがフェルの目の前に置かれる
これでディーンは残り180枚に対してフェルは420枚と圧倒的差。
「全く、あそこでフラッシュとは驚いた。だけど、次のゲームがあるからまだわからないよ」
ポーカーフェイスを装っているつもりだろうが、彼の顔に少しの焦りは見える。
ただ確かに彼の言う通り、確定していたペアを捨ててまでフラッシュを狙うなんて私には無理だ。
余程確信もって♦が来ると思っていたのか、それとも直感を信じて交換したのか……。
狙うにしろ狙わないにしろ、一つだけ分かったことがある。フェルのギャンブル運は持っているものがあるのだと。
「そうだ。もしゲーム途中でコイン使い果たしや交換はどうするの?」
フェルの疑問は当然だ。
まだ不明瞭な点がいくつかあるのだから、知る権利もある。
「そうだね。そこら辺を言うのを忘れてたよ。今の手持ちは君が多い、僕がオールインした後、君は乗ることになるが、その後のコインは賭けなくていい。ただしカード交換権利があるのでフロップ、ターン、リバーのどれかに互いは1回だけ使える」
「わかった」
カードが配られる。
先のゲームは先行ディーンだったので次はフェルの番だ。
「レイズ10枚」
「コール10枚」
流石に二人のカード交換はする様子なく、ディーラーはカードを開く。
♠10、♣A、♦4
「レイズ10枚」
「コール10枚」
私は、場に開かれた3枚のカード──フロップをじっと見つめていた。ディーンの表情は変わらない。だがその瞳は、カードが持つ可能性を瞬時に計算しているようだった。
今のところ、場の役はバラバラ。手札の組み合わせとも限られている。この状況なら、フェルは……彼女の頭の中では、次の賭け、そしてその先のターン、リバーまで、いくつもの展開がシミュレーションされているだろうと予想する。
エールニアは4枚目のカードを開く。
♠10、♣A、♦4、♥8
ここまでもカード交換もないので、互いが互いを牽制し合うように身を潜めている様子。
そんな風に誰もが思われたが、その時均衡は崩した者がいた。
「ここで試してみる……レイズ50枚!」
ターンが開き、フェルが動いた。
コインに余裕があるから気持ち的にも攻められるのが私にもわかる。
逆に、さっきの試合でディーンは負けたから、ただでさえ負担は大きいはず。
だけど、互いの手札はまだベールに包まれたまま。
ディーンは、場に並ぶカードと自分の手札を何度も見比べ、口元を手で覆って思案している。手札とコミュニティカードの繋がりを探っているようだった。
対照的にフェルは落ち着き払っている。手札を見返すこともなく、場のカードをまっすぐに見つめている。まるで、その場のカードがすでに彼女の物語を語り終えているかのように。
「コール50枚」
ディーンの宣言はレイズではなくコール。流石に勝負にいかないか。
5枚目のカードがオープン。
♠10、♣A、♦4、♥8、♦K
フェルとディーンカードをディーラーの前に投げ捨てた。
「カードを2枚交換」
「僕も2枚交換で」
ただ二人とも交換とタイミングが同時、オープンカードとの相性が悪かったのか。
交換したカードを二人は確認すると、先程とは打って変わってか、フェルは眉間に皺をよらせ、ディーンは口元を上げてニヤついている。
明らか良い手なのが見て取れる。
「レイズ10枚」
賭けコインの宣言が行われるが、先程と違い最低ベット。
そこまで手札は良くなかったのか。
場のカードもバラバラ。
動くタイミングが失敗したのか?
いやフェルならもしかしたら……と言う、淡い気持ちにさせてくれる。
「オールイン」
ディーンが勝負に出た。と言うよりもむしろここで挑むしかないのも事実。
ディーンの「オールイン」の言葉に、フェルは手持ちのコインを前に押し出した。本来なら痛手だけどフォールド宣言の一つでもしたい所だが、このゲームにフォールドは無くなっている。
ディーグランドが賭けた全額と同額──90枚だ。その瞬間、勝負の行方は、表に晒されたカードに委ねられた。
フェル:♥3、♦Qのブタ。
ディーン:♣10、♣Kのツーペア。
「フェルが負けた……」
賭けのコインがディーンへと移る。
これでコイン枚数はフェルが240枚、ディーンが360枚の逆転。
このゲームでもフェルが勝負に勝って、勝利を収めると予想していた。
周囲も残念そうな声、嘆息まじりの声、嘲笑など。拍子抜けの声が聞こえた。
みながみな彼女の動向に注目していたのだから、期待外れてしまう気持ちもわかる。
「全く焦ったよ。たまたま手札に来たカードが良かったから勝てた。運はこちらに向いているようだね」
このゲームで決着が付く予感がする……。
三ゲーム目が開始される。
エールニアは二人にカードを配る。
二人はカードを少し確認して二人はコインに手を伸ばす。
「レイズ10枚」
ディーンは無理にいくわけがないのだろう。安牌とい形で最低限のベット。
ただ彼女、フェルは違った。
「レイズ10……いや、やめた。全額オールイン!」
カードが開く前にオールイン宣言。
周囲はざわつき、「今回ゲームでコイン減ってもまだ次があるかもしれないのに」そんな声も聞こえる。
いや、フェルのやり方は正解なのかもしれない。
下手に少額ベットした所でこのゲームに負けてしまえばジリ貧、事実上の敗北。
コインは少ない時点ならいっその事、どんなカードが来ようが、開いた後でラストのカード交換に賭けたほうが良いに決まっている。
「いやー、驚いたね。まさかオールインとは。僕も最後にしようかと思っていたのに、先に君にやられるとは、まさにギャンブラーの鏡だね。彼女の事を評して僕もオールインしようかな」
ディーンの挑発をフェルは、意に介さず無視を決め込む。
反応がないのかディーンはやれやれと言った表情でコール宣言。
エールニアにカードを開くよう促す。
♣10、♣K、♦A
ここに来てさっきの♣10と♣Kが2枚とか。
混ぜていてもたまに同じカードが来る事は稀ではあるが、起こるときはよく起こるから不思議ではない。
4枚目のターン。
♣10、♣K、♦A、♦K
二人は当然動かず。ラストリバー。と誰しもが思われたその瞬間、先に動いたのはフェルだ。
「カード2枚交換お願いします」
どうしてこのタイミングで?
もしかしたらなにか手を考えて……。
いや、わからない。私など考えが追い付かない。
ただわかるのは彼女の決断一つで、勝敗が天と地ほど変わる。私は息をのんだ。このゲームは、もはやただのコインの奪い合いではない。互いの運命を賭けた、静かで壮絶な戦い。
カードを交換したフェルは沈黙。
表情からは歴戦の戦士のようで読み取れない。
「どうなるの……」そう私は呟いた。
エールニアがラストカードを開いた。
♣10、♣K、♦A、♦K、♣A
♣が3枚。ある役が来る可能性もある。ただあれは確率からしてかなり低いと言われている。
「僕はカード交換せずだよ」
場に後戻り不可能な最終条件が揃った。
全員が固唾を飲んで開かれるカードを見守る。
ディーン♣J、♣Qのロイヤルストレートフラッシュ。
フェル♦J、♦Qのブタだけど場と組み合わせてツーペア。
勝負はフェルの敗退が決まった。
「ありえない!」
思わず私はテーブルから身を乗り出して見ていた。
「おいおい、ビックリしたよ。君そんな声だせたんだ」
嘲笑するように私の事を馬鹿にする。
今はそんな事どうでもいい。ありえない、私はちゃんとディーンのカードの動きは見ていた。何か動きはあったように見えたが不審な点はなかった。確信をもっては言えないが、だけど何かしたって言うのはわかる。
何か考えるんだ。何かあるはずだ……。
「ミランさんごめん……」
ハッとすると、彼女の方に顔を向けた。
申し訳なさそうな表情をして私に謝った。
何故、謝るの……。
謝らないでほしい、あなたは頑張ったそう口を開こうとするも。
「気にしない……で」
普段からどもってしまうのに、余計にどもってしまう。
思っていようとも声をかけようとするも、思考とは別のことを言ってしまう。
彼女は椅子から降りると、俯きながらその場を去った。
誰も彼女を止めようとしない。
「これで彼女の全財産は僕らの物だね」
私は彼を睨んだ。言葉に出せずただ睨むしかない。
ディーンもエールニアも私の事は気にも留めず魔導換金機に彼のカードをかざした。
現金はディーンのカードへと振り込まれたのを確認して大いに喜んでいた。
そんな事はどうでもいい、私はテーブルの上にあるデックに視線を移し必死に考える。どうしてこんな事に……あれ……?
さっき彼は「僕ら」と言った……?
私の中で疑念が生まれ始めた。
「もしかして……間違えていた……?」
そもそも前提条件としてディーンを監視はしていた。
ただ動きは巧妙で見つけるのに証拠があると思っていたが、それは違う。
監視をすべきは、共犯者であるエールニアの方だった。
スタックデッキで♣のカードを5枚手元に隠しシャッフルしたあと、ディーラーがカードを乗せる事や、クーリングで彼に配りロイヤルストレートフラッシュを作らせる。
一ゲーム目はわからないが、二ゲーム、三ゲーム目なんて考えてみればあからさまだった。
これだけの観衆の目があるのだから余程自信がないと不可能なはず。
ただ、今となっては指摘してももう遅い。
「知ってて彼らを組ませたの?」
いや、あの人の性格的にそんな事は絶対させないはず。
それは私が、幼い頃から知っていたはずだから否定する。
「今はそんな事を考えてる暇はない」
私はその場を後に彼女を、フェルを追いかけようと足を歩めた。
群衆をかき分けて、進むも人の圧をかき分けるのは辛い。
手を伸ばそうとした矢先、私の腕は誰かに掴まれ引っ張られた。
「……あなたね。彼らは共謀をしてイカサマをしていた。やり方は」
「いいよ言わなくても。それに途中から見てたけど予想通りってね。やってしまったのは俺の落ち度だ。後は任せて行ってきな」
「そうよ。私たちはあの汚物を片付けなくちゃいけないのだから。あなたはさっさとフェルの所へ行きなさいの!」
私は彼と彼女に任せてフェルを追いかけた。
「いやー、まさかうまくいくとはね」
「ああ、上手く練習した成果があったのが大きい」
「あいつが僕の方ばかり注目していたから成し得たから」
「それな。それに最後の大声だしたのにはビビったわ。普段からあれぐらい大きな声をだせよって」
ディーンとエールニアは互いに褒め称えるように話題に花を咲かす。
そんな二人で会話に花を咲かせてたときに、二人の肩を借りるように話に入る。
「へぇー……そうだね。彼女が君に注目したから成功したんだもんな」
「ラ、ラングレーさん」
「いやいや会話止めないでくれよ。普段から声低いもんな」
「え、ええ……確かに何言ってるかよくわからないですから。ただあいつと仲良くしていたのは確かフェル・ラグンダルトって女でして」
「そっか、そっかー。彼女は仲良くしてくれたんだ」
ダリオは嬉しそうに弾んだ声でフェルを褒めた。
「ええ、だけどあいつテキサス・ホールデム知らないんですよ。笑ってしまいましたよ」
「そうなんだ。だけど彼女上手く勝負が出来てたよ? それもミランが教えてたのかい?」
「はい。何か会話をしてたのは聞いてたけど。片方小声でブツブツ言っててよくわからないし。ただ楽しそうにはしてましたね」
「そっかー……そう言えば、何で全財産賭ける流れになったの?」
「あー、僕たちこの試合の前に一度ラグンダルトに勝ったんですよ」
「え? あの子に勝ったのかい?」
「ええ、その時は初めてでルールもわかってないから、ミランが教えながらやってたんですよ。最後に役が僕が強くて勝てたんですけどね。それで本当にムエルニ……さんに勝てたのか怪しくてって流れです」
彼等の肩を数度叩くと、ポーカー台の方へと無理やり振り向かせた。
「だそうだ。ムエルニ……さん」
「煩いわね! 聞こえてるわよそんな事!」
ポーカー台の席に座っているのはムエルニ本人だった。
ディーンとエールニアは後退りしようとするも、ダリオによってはばまれた。
ムエルニは台の上に置いてあるカードを広い上げ、ジッと眺めた。
「貴方たち、私たちとテキサス・ホールデムで勝負しなさい」
「え?」
「そうね。ルールはさっきのでいいかしら。確か、最低限ベットは10枚、上限なしでフォールドとチェックなし」
続けるようにダリオは言った。
「それから1ゲーム中に一回カード交換ありだね。あ、対決人数はどうする?」
話が勝手に進む事に対してディーンとエールニアは困惑した表情になる。
「あ、あの僕たちそろそろ帰ろうかなと思うんですけど」
「そ、そう俺たちはこのあと用事があって」
そう言って離れようとするも、より力強く掴みながらダリオは彼等を離さない。
「だめだよ。だって君たち賭けなきゃいけない事あるもんね」
「か、賭けってなんでしょう」
「そうだね。君たちの全財産とこのギルドから解雇かな」
「え! なんで!」
ダリオは彼等の耳元で「イカサマ」と囁く。
二人はビクリと震えた。
「まあこの程度なら俺は別に問題ない、むしろ騙された方が悪いって感じだけど。他にも該当する理由をリーシャから聞いて、俺は仕方がないかなと思ったし、彼女もそう思ったよね」
「ふん! さっさと席座りなさいな!」
ムエルニは苛立ちながらポーカー台を叩いた。
まさに鬼の形相と言っても過言ではなかった。
ディーンとエールニアは逃げられないと悟ると、大人しく席へと座った。
「さて、ディーラーは彼女でいいかな」
群衆のうちの一人を指さすと、女性は嬉しそうに前へとでる。
「あ、そうだ。まだ俺たちが負けた時の賭けの対象を言ってなかったね。どうしようか」
「あんたはその席から離れなさい」
「ええー……せっかくいる事が面白いのに……仕方がない。なら君は全財産でいいか」
「そうね。軽い条件だとあなたたち飲まないわよね。ならあなたたちがここで働き続ける権利を私から打診してもいいし、そうねあなたたちの下僕なんてのも追加してあげる」
巡ってもないチャンス。そう思いディーンとエールニアは互いにニヤリと笑った。
「そ、それではディーラーを仕切らせてもらいます」
ディーラーはデックをシャッフルした。
途中、ダリオは思いついたように人差し指を上げ提案した。
「あ、そうだ。新しい追加ルールを入れよう」




