31話 イカサマを見破る眼と、リーシャからの忠告
フロアに戻ると、相変わらずカジノは賑わっていた。
煌びやかな光の下で、テーブルの周りでは歓声やうめき声が入り混じり、グラスがぶつかる音が絶えない。
「よーし、バリバリ働くぞー」
ユエルは元気よくそう言い残し、別のテーブルへと駆けていった。
あたしもユエルに倣って仕事に集中することにする。選定戦の件に関しては……今は考えても仕方ない。
仕事もだけど、他にもあたしにはやらなきゃいけない事があった。
「ここにいる人でマヤ姉の事を知ってる人いないかな」
冒険者が集まっているのなら、もしかしたら冒険者であったマヤ姉の情報を知ってる人がいるかもしれない。配属された当初は忙しくてそれどころじゃなかったけど、慣れ始めた今ならそれが可能だ。
けど、どの人に聞こうか。
そんなことを考えながら、あたしはトレイに飲み物を乗せ、客席の間を移動した。
客の傾向はここ数日でだいぶ把握できた。客は大きくわけると四種類。
一つ目は、大勝して喜ぶ客。自信が顔に満ち、勝利の余韻を楽しんでいる。
二つ目は、勝ち越してはいるものの余裕の表情を浮かべる客。頬杖をついたり、口元が緩んだりと、落ち着いた態度が目立つ。
三つ目は、負けが続き始めた客。表情が険しく、物に叩くなど、苛立ちが仕草に表れている。
そして最後の四つ目は、大負けして暴れ出す客。度々ギルドのセキュリティ部隊に取り押さえられ、店の外へと連れ出されていく姿も見てきた。
一、二は比較的客側の対応もよく、話しかけやすい。三、四は負けが込み始めるので話かけても煙たがられる。
特に難しいのが二と三のどっちつかずの客。
勝利しても油断ならず負けが込むかもしれない、これは見極めが難しい。
ブラックジャックの台近くに行くと、コインが山のように獲得している人。またその逆にコインが少ない人も。
あたしは大勝している客の横にいくと空になったグラスを回収する。
「どうですか。他に飲み物がありますが」
「ああ、ありがとう。それじゃそのカクテルをいただこうか」
トレイのカクテルを渡すと、客はほくそ笑むように飲み始めた。
「コイン。大勝ですね」
「ん? ああ、かれこれ7勝もできてる」
「そうなんですね~」
「今回はツキが向いてる。これなら今まで大負けしていた分取り返せる!」
客は上機嫌で話し、こちらに乗ってきそうな雰囲気だった。
これならなにかしら情報も聞けるかも……。
そう思いながら更に会話を続けようとすると、ディーラーが割り込むように咳き込む。
「あっ、ごめんなさい……!」
あたしのせいでゲームの進行が止まっていたのを知る。
何度も頭を下げ、気まずくなったあたしはそそくさと離れ他へと移動した。
失敗した。何も考えずに話しかけるのは当然、ゲーム進行の妨げになるんだった。
なら、次はディーラーもいない、1人で楽しめる所へ。
そう、スロットをしている客へ向かう。
これならゲーム進行止まってもスロットだけだし、さっきみたいに止められることはないだろう。
「飲み物はいかがですか?」
客のうち上機嫌にスロットを回している人へと、トレイを差し出した。
適当に差し出すと、好きじゃない酒だと言って怒る客もいたからだ。
「ん? ああ、じゃあいただこうか。そうだチップいるだろ? お嬢ちゃん、どうぞ」
飲み物を取るのと引き換えに、紫コインをあたしに手渡してきた。
「わっー! ありがとうございます!」
客はあたしの顔をほころばせた様子を見て満足そうに頷くと、再びスロットに向き直った。
チップ自体この業界で貰える事は多いらしく、あたしもこの数日間で何回か貰えた事がある。もちろん貰えないほうが圧倒的に多い。
チップ自体は種類があり、手に持っている紫コインの額は、今の宿で十日以上は滞在できる計算となる。このギルドのコイン専用なので換金も可能。
ウェイターをしていると他従業員との競争になることも多く、月給以外での稼ぎ候補として名があがることもあるとかないとか。
ポケットに入れると、あたしは足取りを軽くしてその場を離れた。
「……あれ? なにか忘れているような……」
……ハッ!
違う違う。今はチップよりも情報を優先したい。
チップは……あとで換金しに行こう。
「今日はもう聞けそうにできる人がいない……」
何度かフロアを回るも、情報を持ってそうな人がいない。
立ち話など近くに行き聞き耳立てたりしたが、程度の差こそあれ相手は冒険者。その道のプロだったりするのだろう。コソコソしているあたしを見て警戒しているのか口をつむぐ事が多い。
……ただの思い過ごしかもしれないけど。
いっそのこと、マヤ姉のことを直接聞いてみる?
そんな考えが頭をよぎったとき――。
「ラグンダルトさん。申し訳ないけどこのフロアはいいから地下一階の応援に回ってきてもらっていいかな?」
新しく変わったフロアマスターが、あたしの前に立ってそう告げてきた。
「はい、大丈夫です」
即答した。
今の状態だと、駆け回っても欲しい情報がでないかもしれない。
なら、いっそのこと別の場所に移り判断したほうがいい。そう思った。
地下一階に降りると、以前来た時は城の舞踏会のような雰囲気の光景だと認識していた。
前回と改めて視認すると一階より落ち着いた照明、磨き上げられた白黒タイル状の床。そこでは貴族らしきと思われる人々がゆったりと椅子に腰掛け、静かにカジノを楽しんでいた。歓声や怒号が飛び交う一階とはまるで違う世界だ。
そして何より気になる所は一階よりも広さを感じさせる造りだった。
余韻も束の間、客の波に押し出されるようにして、誰かとぶつかった。
「す、すみません」
相手は手をあげ気にする様子もなく、どこかへ行く。
応援としてきたんだから、仕事をしなければならない。
そんな中でも、あたしはマヤ姉の情報を探そうと客席を回る。
けれど、身分の高そうな人が多いからか、話しかけるのも気後れしてしまう。
仕事を始めるも、身分が違う人が多く一階よりも多少は静かである以外はそこまで大差はなかった。
探り探り働いていたとき――。
ルーレット台で座っている客の一人がなんかソワソワしているのに気づく。
ディーラーが玉を転がし、客達が次々と数字の上にコインを置く。
あらかた賭けが終わると、全員の視線は球の行方に集まった。
やがて玉は速度を落とし、吸い込まれるように一つの数字に入る。
ソワソワしていた客は途端にガッツポーズ。勝利の笑みを浮かべる。
コインの払い出しが行われる前に、すぐにまた次の勝負に挑もうとするも――。
「まだコインの支払いが済ませていないので、賭けるのはやめて下さい」
ディーラーが声をかけ制止させる。
何度も同じやり取りが繰り返されたのだろう。他の客達は「またか」という顔をしている。
払い出されたコインの量は、やや多い。
その光景に、あたしは妙な違和感を覚えた。
普通なら勝利して喜んで、ただの遊んでいる人。
客も同じような方法で再度似たような方法で賭けをする。
やはり同じように怒られている。
ルーレットは再び回る。
そして再び当たり勝利を喜ぶと再度同じ事をした。
「あっ……」
違和感の正体に気づき、思わず声が漏れてしまった。
イカサマをしているのが見えたからだ。
客は配当が払われる前に即、次の賭けをしようとして肘でコインを隠していた。
そのまま引きずるように止まった赤黒の上にコインを重ねて、ベットが成立すると配当が貰える。つまりは元々賭けていなかった場所に、確定した際にディーラーや客が意識外にいかせるために、あえて繰り返していたのはこのためだったんだ。
丁度、近くに赤黒の位置に陣取っているので、気が付きにくくなっていた。
ただ何度もしているのは怪しくなるのであと1回あるかどうかと予想はする。
「知らせなくちゃ……でも誰に?」
オロオロして立ち尽くしていると、背後から声がかかった。
「フェルじゃない。こっちの階層に来てたのね。てか何呆けてんのよ」
振り向くとムエルニが立っていた。
事情を説明すると、彼女は険しい表情でルーレットを見やる。
「確かに怪しいけど……証拠がないと、言い切れないわね」
「どうしよう……」
「仕方がない、私がディーラーをします。あなたはあの客……いえ、他にいるかもしれない。そう考えると全体をマークして下さる」
そう言い、ムエルニはルーレットのディーラーと交代する。
ディーラーはどこかへ向かうも気にせず、あたしは言われた通りに客の周囲を観察した。
「お待たせいたしました。ここからは私が務めさせていただきます」
ディーラーを務めるムエルニはプロ意識の切り替えか、真剣そのもの。
進行、目配せ、指先の一動作すら神経質なほど丁寧なのがこちらにも伝わってくる。
彼女の所作は研ぎ澄まされ、周囲の空気すら張りつめていく。
数度行われるも、イカサマは今の所やっていない。
さらに数度のゲームのあとついに動き始めた。
「やっぱりし始めた。ムエルニも気づいているはず」
例の客が、まだ配当が済んでいないのにコインを置こうとした。
ムエルニはこちらに視線を送る。あたしは首を横に振った。他の客は真っ当に遊んでいるのは確か。残りはあの客だけ。
「コインの配当が済ませていないので賭けるのはお辞めて下さい」
「すまんすまん。当たったのが嬉しくて早く次始めたくてね」
ディーラーが回収を促すが、男は悪びれもせず笑う。
数字に置いたコインは回収するも、赤黒の色に置かれた換金率の高いコインはまだ回収していない。
「お客様、そちらのコインがまだ回収されていませんが」
「このコイン? このコインは賭ける前からここに置いていた」
「いえ、私はお客様の賭け位置をすべて把握しております」
「へー、なら証拠はあるのかね? 言いがかりを付けられちゃ困る。ここには大勢の貴族がいるのだよ。証明できる物がなければ名誉も傷つけられた上に、このギルドの評価も落ちるだろう」
イカサマ客は自信満々に言い放つ。
自信満々の態度に、胸が苦しくなる。もし最初に気づいたとき掴んでいれば……。悔しさが喉を締めつける。
そのとき――。
「証拠なら、ここにあるわよ」
低く澄んだ声とともに、リーシャ様が姿を現した。
セブンズミラーのトップ――その名が示す威光に、周囲の貴族達がざわめいた。
彼女はふふっと笑い、あたしの横を通り過ぎる。
手には小さな水晶のようなものがあり、ルーレット台を触るとそこに先ほどの映像が上空に映し出される。
客のどよめきがさらに大きくなる。そこには、客が肘でコインを滑り込ませる決定的瞬間が映っていた。
「この卓には、不正防止の記録機能があるの。これで誰が何をしたか、一目で分かるでしょう。さっき証拠がないと貴族達の信用を失うとか言ってたそうなのだけど、証拠がでてきたのだから逆になったわね。それであなたは何を失うのかしら?」
ぐうの音も出ない証拠に、客は顔を青ざめ、やがて力なくうなだれた。すぐにセキュリティ部隊が現れ、彼を連れ去っていく。
見送るとあたしはホッとした気持ちになった。
「リーシャ様、ありがとうございます」
「ふふっ、こちらこそ感謝かしらね。あなたたちがイカサマしている客を見つけ出してくれたのだから」
「そう言えば、どうしてここに?」
「ムエルニ、あなたがディーラーを外すように指示したそうね。そのおかげで私の耳にまで入ってきたわよ。彼女とあなたが機転を利かせてくれたから、スムーズにことを運べたの。私の指示であなたたちの同行と邪魔しないようにと指示しておいたわ」
最高の誉め言葉だからかムエルニは嬉しそうに猫ならゴロゴロ喉を鳴らしていただろう。
あたしが監視に集中できたのも指示して下さったおかげなのだと。
リーシャ様は、あたしの肩に軽く手を置き、耳元で囁いた
「あなた、客にマーヤ・ディラントを聞き回りたいそうね。ここの客は知らないわよ」
あたしはその言葉にドキっとする。
やっている事を見透かされてバレバレなんだ。
「今は諦めなさい。時期が来たら教えてあげるわよ」
囁きを残し、リーシャ様は貴族達の輪へと溶け込んでいった。
その言葉に真実は含まれているのだと思う。
それとは裏腹に表情は不安げになる。
「マヤ姉……あなたに辿り着ける日は、本当にくるのかな……」




