30話 セブンズミラー職員としての仕事と選定戦の誘い
「君、酒が欲しいから飲み物持ってきてくれ」
「は、はい」
あたしは小走りで、フロア続きのバーカウンターへと向かった。
カジノの派手な喧騒を背負ったバーの空気は、どこか冷ややかで大人びている。あたしは逸る気持ちを抑えながら、バーテンダーを呼び止めた。
「あ、あのお客様からお酒をご注文をいただきまして、取りに来たのですが」
「ああ、今用意するからちょっと待ってね」
少しかかるようなので、振り返るとカジノ広間の光景に呆けていた。
あたしは今、セブンズミラーで働き始めて数日になる。
ミスはあるものの、仕事は順調に覚え始めてきた。
フロアでは冒険者らしい人々が卓に座って、賑やかにカードゲームやルーレットを楽しみ、貴族達は案内されて地下へ向かっていく。住み分けなのか、それとも階層ごとに役割があるのかもしれない。
カジノにはルーレット、ブラックジャック、ポーカー、魔法で動くスロット台や小さな馬の模型レースなど、多彩なゲームが並ぶ。
見上げるとシャンデリアがフロア全体を明るく照らす。魔力に反応して淡く光を放つ。魔力を光源にした輝きは、改めてフロアを見た時に現実感を失わせるほど幻想的。そんな魔法石は、村でもたまに使われている時はあったけど、贅沢には使われてはいない。むしろ蝋燭のほうが主流だった。
「やっぱり魔法石って、すごいなぁ……」
あの輝きを放つ一つ一つが蝋燭ではなく魔法石だなんて。魔法石自体はその名の通り、魔力を宿した石だ。用途によって様々で、明るさを放つ。水を出す。風を吹かせるなど、生活用途に使われやすい。
戦闘用途でも爆発させる。魔力の貯蔵。魔法の発動補助。結界の維持などにも使われる。特に高純度は魔道具の動力源として扱われ、王都では街灯や水路の制御にも利用されている。
つまり、この一面に埋め込まれている魔法石の数は常識で考えれば、王都の豪邸が一つ建つほどの価値があるということ。
呆けて見上げていたら、肩をトントン叩かれ現実に戻る。
トレイの上にロックグラスには琥珀色のウィスキー、細長いワイングラスには深紅のワイン、そして色鮮やかなカクテルは背の高いタンブラーが置かれている。
「完成したので気を付けて持っていって下さいね」
「あ、ありがとうございます」
あたしは零れないよう、落とさないように慎重に持ち上げた。
お酒自体はグラスの形で中身が大体わかると気づいてからは、何とか覚えられるようになった。今なら二割、三割くらいは当てられる……はず。
限定せず様々な客に対応するお酒を出してくれるバーテンダーさんってすごいなあ。
そう思いながら客席を回る。
他の客からも呼ばれて飲み物を渡すと、物珍しさからか頭を撫でられてしまった。
……背が低いせいで、子ども扱いされるのはもう慣れっこだ。
横を見ると、ユエルも慌ただしく働いていて、こちらに気づくと小さく手を振ってみた。
あれこれしているうちに、ユエルが小走りでこちらに来る。
「フェル。自分たちの休憩時間ですよ」
「あ、もうそんな時間なんだ」
そう言いながら、あたしはトレイを抱えて従業員用の扉へと向かう。
バックヤードに入り、回収していたグラスを決められた箱に入れると、少し肩の力が抜けた。
ユエルと顔を見合わせ、二人でスタッフ休憩室へと足を運ぶ。
スタッフ専用休憩室には席に人が散らばって座ってる程度の込み具合。各々休憩はバラバラであるので当然後から来る人もいる。どの席も指定もないので、あたし達は空いてる席の一つに座った。
「いやー忙しいですね!」
「うん。最初はどうしようかと、不安だったけど案外なんとかなるものだね」
働き始めて数日経ってだいぶ慣れてきた。初日はどうすればいいのか分からず右往左往して、運んでいるとぶつかったりグラスを落としたりした。
接客要領は村とも違うので思うようにいかず迷惑をかけてしまった。
流石に数日もかければコツや流れは掴み慣れを実感する。
「確かに、フェルがシャンデリア壊したなんて“伝説”と比べたら天と地の差ですよ」
「もー言わないでよ……」
実はあたしとムエルニとのギャンブル対決を見た人がいたらしく、客はあたしにディーラーを頼んできたのだ。もちろんやり方すらもわからないので断ったのだが、フロアマスターらしき人からも頼まれてルーレットのディーラーと交代した。噂が噂を呼び、人が集まり、あたしは注目の的となる。
混乱している最中あたしは全力で玉を転がした結果、ルーレットに亀裂が入り、引っかかった玉は飛び跳ねた。普通ならそのまま落下するはずなのだけど、上空へと上がり続けシャンデリアに当たるとシャンデリアは落下。
不幸中の幸いにも誰も下におらず大事には至らなかった。
この事を知ったライネスは笑い転げ、ムエルニは怒り心頭し説教。勧めたフロアマスターは即日交代させられていた。
リーシャ様も仕出かした事が耳に入っているはずなのに、未だにお咎めもない。
「あれ? ムエルニじゃないですか? おーい!」
あたしもそちらの方に顔を向けると、休憩室に入ってくるムエルニを視認した。
服装はあたし達と同じ黒の制服。ドレスを着ていないのを見ると、幹部から一般職員に降格してしまったからなのか。
ユエルが手を振るがムエルニは一瞥するも、無視して他に空いている席に一人で着く。
「ありゃりゃ。無視されちゃいましたね。疲れているんでしょうかね? よっぽどムエルニが担当するエリアは忙しいんですかね?」
あたしとユエルは一階担当、ムエルニは経験者でもあり地下に回されていた。
ふと、クスクスと笑い声があたしの耳に聞こえた。
『ムエルニが来た途端、皆悪口言ってませんか?』そうユエルは小声で囁く。
あたしはこの前の事を思い出していた。
ムエルニは高圧的な態度を取りすぎたせいで浮いていると自覚はしていた。
あたしはユエルがいるからひとりぼっちじゃないけど、ムエルニは?
「ユエル、移動しようか」
あたしの行動を察したのか、ユエルは嬉しそうに「はい!」と元気よく返事した。
当然移動する場所はそこだ。
「ムエルニ一緒に休憩しよう」
「そうそう、せっかくなんだから休憩しましょうよ」
ムエルニの両隣に陣取るようにあたし達は座った。
「う、煩いわね! 一人静かになりたかっただけよ! あんたたちまだ入って日が浅いんだから……わ、私を敬いなさい!」
嬉しさによるニヤけ顔を隠そうと怒鳴ったが、耳まで真っ赤に染まっているのは丸わかりだった。可愛い、そんな彼女を見てそう思えた。
あたし達はこのままでも問題ない、だけど周囲の反応はあまり芳しくなかった。
あたしとムエルニはあれだけ争ったはずなのに、どうしてそこまで仲良くできたのかと。そういった反応だろう。
余計に周囲との距離が離れたような感じがした。
「ちょっと失礼しますの……あなたたちも休憩はほどほどにしなさい」
ムエルニは席を立つと、いたたまれなくなったのか足早に休憩所を出た。
寂しげなあの子の後ろ姿を見て、あたしは何も言えなかった。
「あたしたちも休憩終わろうか」
「そうですね……」
廊下に出てフロアに戻ろうとした矢先、後ろから声をかけられた。
「ちょっといいかな?」
振り向くと知らない男女二人組が立っていた。
制服を着ているのだから、このギルドの先輩職員の人間だとわかる。
「なんでしょうか?」
先輩女性は、どこか面白そうに口の端を歪めた。
「さっき見てたけどあの女と知り合いなのよね」
「はい」
「愛想よくないでしょあの子」
「そうですね」
「皆からも嫌われてるのよ」
「知ってます」
数回喋って分かったけど、この先輩どこか馬鹿にするようにしながら話している。あたしは少し不快感を覚えた。
「ふーん。なら、今度ある選定戦で私たちと組んでやっつけない?」
「選定戦?」
あたしはユエルを見るが、ユエルも首をかしげる。
先輩女性は腕を組み、小馬鹿にするようにあたしを見た。
「あら、知らないのね」
「あたし達は最近入ったばかりで何も知らないんです」
「いいわ、教えてあげる。選定戦と言うのは、このギルドの幹部を決めるもの。一席空いたから、選抜戦をして勝者の一人がその座につけるの」
ムエルニは幹部から一般職員に降格したとなれば後釜が沸くわけだ。
ただふと疑問に思う事がある。
「それなら次に近しい人がその席に座るんじゃ?」
「それが出来るのと出来ないのがいるのよ。あなたはあのライネスの席を空いたら好んで座ろうとする?」
あたしは首を横に振った。
確かにライネスみたいな代わりになんてできない。
もしあたしが代わりになったとしたら、荒事は解消できないだろうし周りも同意するだろう。ただそれ以外で出来るとなると……なんだろ?
「あれの席に座る事ができれば、このギルドの管轄の地位が確立できる。自由に操れて好きな事ができる!」
「トップに立ちたいの?」
権力に取り憑かれた欲望者。目の前の二人が、あたしにはそう見えた。
ただあたしには、彼女や彼ほどの欲や興味はなく理解はできなかった。
「その一席で取り合いになるので結局組む意味ないんじゃ?」
「そうね。けど、先に潰しておける方が確率は上がるじゃない。ライバルは減らしたほうがお得だし。いいでしょ? 組みましょうよ」
蹴落としたいからあたし達に話を持ち掛ける。
なんだか嫌。あたしは一歩後ろに下がろうとすると、逆にユエルは一歩前に出た。
「……もしかしてムエルニの強さに嫉妬っすか?」
先輩女性の眉がぴくりと動いた。
「なんだって?」
「だって、フェルとムエルニはすごい死闘を繰り広げてたんすよ? あの光景をみたら誰もが認めると思うんすけど。すごいなー自分もあんな風にやりたいって。先輩方は思わなかったんすか? 自分は思いましたよ?」
ただの疑問。ただ純粋にそう思った事をそのまま口に出したのだろう。
ユエルの眼差しに先輩方は顔を引き攣らせた。
そうだよね。ライバルって宣言されたんだ。
この人達と組んだ所で良い事はない。はっきり言わなくちゃ。
下がった一歩を戻すように、あたしも前に一歩出た。
「あたしたちはムエルニの事を煩わしく思っていませんし、なにより友達なんです」
「友達? あの子と?」
「はい、それにムエルニはすごいんですよ? リーシャ様に対する忠誠、気迫も並大抵のものじゃない。あたしも頑張ったりはしましたが、先輩もムエルニと対戦してみて下さい。彼女と」
ちゃんと言えたっ!
これでわかってくれる、そう信じて放った言葉に対し、先輩達の行動が行う。
胸倉を掴んでくる賛同とは真逆の否定の行動だ。
急な事で抵抗はできず、あたしは目を瞑るしかなかった。
「ちょっとあんたたち、いつまでそこに突っ立ってますの!」
カツカツと足音を立て、あたし達を通り過ぎる。
見開くとあたしは見た。表情を暗くして休憩室にいた彼女とは違い、今は自信に満ち溢れていたのを。
ムエルニは振り返ると手を二度叩く。
「それにお客様が待っているんですの! モタモタしない! それにそこのお二方も同じ立場になったとは言え、同僚に対して今の行為は見過ごせないわね。私の友人にそれ以上の行為を及んでみなさい。あなたたちどうなるのか……分かっているわよね?」
いつものムエルニに戻って、胸の奥で小さな灯がともるような思いがした。
先輩達は何も言い返せず、掴んだ手を放しそそくさと逃げるようにその場を離れた。
「ふん! 全く、口で勝てないからって手を出そうなんて風上にも置けない。ライネスより下品ね」
ムエルニはふんっと鼻息を立て、掴まれた部分を手のひらでさっと撫で広げてくれた。
「ありがとうムエルニ」
「ところで、あんたたちはどうなのよ。選定戦」
「あたしは……」
「まさか私に気を使って出ないなんて言わないわよね。もし言ったらぶん殴る」
じっとあたしを見つめてくる。その視線は、まるで心を見透かしているようだった。
「大丈夫。負けないよ」
「自分もだよムエルニ!」
「ならいいわ。首を洗って待ってなさい。必ず席に座るのは私なのだから」
そう言い残すと、ムエルニはくるりと背を向けて歩き出した。
彼女の言葉には、不思議と嫌味ではない力強さがあった。




