21話 不安な背中と、7.0倍のオッズ
酒の大暴れ事件から、静かな数日が過ぎ去った。
現在、あたしとユエルはセブンズミラーのラウンジにいる。
いつも通りの整然とした部屋。人気のない広間の空気には、前回とは違う緊張が漂っていた。
「前回来た時より、何だか広く感じますね」
「うん……」
ライネスの姿がないだけで、空間の余白がやけに寂しく思えた。
ただの空間の広さじゃない。心の隙間まで広がるような、不安な余韻だ。
「ついにこの日がきましたね。フェルならやれますよ」
「うん……」
ユエルに対して返事の声が小さいのは、自信のなさの表れだとあたし自身も自覚している。
今回の勝負の結果次第で、勝てばあたしとユエルはギルドへと入団が確定する。
代わりにムエルニさんの処遇も決まる……。
ユエルはギルドに入団させたいが、ムエルニさんは……?
負けたとしたらあたしはいいけど、ユエルは……?
どっちつかずの考えと後ろめたさに気が引けて、返事に力が入らないのが自分でもわかっていた。
「もー! フェルったらなに辛気臭い生返事ばかりしてるんですか! 自分はフェルを信じてます。フェルならムエルニを倒せますよ!」
「そうだね……そうかな……」
「あーっ! もーっ!」
ユエルはあたしの前に来ると、両肩を鷲掴みにして、顔を至近距離まで寄せる。
いつもの呑気そうな表情とは違い、眉をつり上げて怒っていた。
「フェルは考えすぎなんですよ! たまたま自分はたまたまフェルと出会えた。そしてたまたまライネスに出会えてたまたまここに来れた。それもこれもフェルと出会えたおかげです! それで、えーっと。なんていうかわからないですが、今回、もし負けて自分が入団できなかったって他にチャンスはいくらでもあるんです! だから気負いせずにいきましょう!」
真剣にあたしを見るユエルの眼差し。
彼女の真剣な眼差しに、胸が熱くなる。
本気でそう思って言っているんだとわかる。
彼女に応えるように。
「うん……そうだね。ありがとうユエル。あたし頑張るね」
そう言ってあたしも強く握り返した。
トントンと扉のノック音が聞こえる。
丁度来たらしく、扉が開かれると従業員が入って来る。
「フェル・ラグンダルト。準備が整いました」
椅子から立ち上がると、向かう。
「それじゃ行くね」
「頑張って」
扉が閉まり部屋から出ると、相変わらず広い廊下を迷うことなく従業員は歩き始める。
あたしはその後ろについていくよう歩き始めた。
「歩きながらで申し訳ありません。ギャンブル会場の変更をお伝えいたします」
従業員が淡々と告げた。
一方、ユエルは地下ギャンブル会場の広間にいた。
「うひゃぁー、相変わらず広くて迷いそう」
一度見ている場所なのだけど、改めて見るとその広さに驚きを覚える。
ここでフェルとムエルニと対決すると考えると、少しワクワクする。
複数の台が並び、天井のシャンデリアから注がれる光は周囲を照らす。
服装から貴族と思われる人、警護するために雇われた冒険者と思われる人物も多数。
前回行った場所に視線を向けると、特殊な木のギャンブル台は宣言通り全て取り換えられているのがわかる。
「なんだか人だかりが多い」
この前見た時より人が多く感じる。
特に前回行われていた中央の台にだ。
前回は自分とフェルとムエルニの3人賭博だけど、今回は2人が勝負を行う。
自分はそこまで役に立たなかったが、フェルは戦略戦術を見せていた。圧倒していた。運が良かったなんて言う人もいるだろうけど、自分はそんな事は思っていない。
「もしそんな奴がいたら自分が噛みついてやる」
しかし、フェルとムエルニは来ていないけど、準備あるのかな?
それだけならまだしも、台の上にはデックすら置かれていないのが気になる。
「よくわからないから、歩き回ってみよう」
場に下りると、貴族達の会話で聞こえてくる。
今日行われるフェルとムエルニとの対戦の結果だ。
やはり注目の対戦らしく、どちらに賭けているのかなど。聞けども聞けどもその話題で持ちきり。
前回、自分もいたのだけど、誰も気にする様子もない。数日経ったとはいえ、そこまで注目されていないというよりも、存在感のなさに思わず自嘲気味な苦笑が漏れる。
「よお、ユエルお前も来たのか」
聞き知った声。自分はその声に聞き覚えがあった。
振り返ると相変わらずの巨体と圧迫感。そして顔に傷をつけた人物。
「ライネスじゃないっすか」
「お前を見つけて声をかけたが、フェルはまだ来てないのか?」
「いえ、フェルはさっき従業員の人と一緒に出て行ったよ。ただ探しても見つからないんっすよ。何か知ってない?」
ライネスが腕を組みながら「んー」と唸る。
「わかんねえ。今回もリーシャが担当するはずだから、もしかしたら別の所でおっぱじめるかも知れんな」
「そうっすか……フェルの雄姿を直接見れないのは残念っすね」
現在の賭け率が耳に入ってくる。
フェルが7.0倍、ムエルニは3.0倍。
前回は実質二対一だったわけで、今回から一対一。
実力的にムエルニのほうに軍配があがるのは当然だと言える事だろう。
「皆が何を思おうが自分はフェルを信じるまで」
もしかしたら前回リーシャが映した動く画像の魔法ように映されるかもしれない。
そんな淡い期待をしていると、映像が中央の台の上に大きく映った。
「やっぱり……あそこはもしかして」
「ああ、お前たちがリーシャといた場所だ」
映像は、リーシャが書斎で待ち構えていた部屋だ。
会場は地下ではなく向こうで行うらしい。




