20話 降格を賭けた再戦と、酔いどれの百人抜き
「まさか、ユエルあなたが勝ち残るとは思わなかったわね」
「自分はフェルの指示に従ったから勝てたんです」
「ええ、あなたの信頼した所は素敵だったわよ。そしてフェル、私はあなたが勝つと思っていたのだけど」
バニーハウスで出会った、あの時の期待に応えられるようにしたかった。この人からすれば蹴落としてまでやるべきなんだろう。けど、あたしには無理だった。
諦めよう……。
「あなたの欲しがってた情報は欲しい?」
「え?」
突如選択肢を出されてあたしは内心驚いた。
情報というと、マヤ姉のことだろうとすぐに気づく。
「あっ……」
口に出して「情報が欲しい」と言ってしまえば答えてくれるだろう。
「いえ、いいんです」
横に首を振った。
「あたしは初めからギャンブルなんて似合わなかった。それにユエルに勝ってほしかったからそっちに全力を注いだまでですよ。情報は……確かに欲しいですが冒険者を続けていればそのうち手に入るかなって」
安直に思ったことを答えた。
リーシャ様はなぜか納得するように不敵な笑みを見せる。
「ふふ、そう。なるほどそうなのね。私の考えが間違っていたようね。あなたはそう言う人なの、なるほどね」
そのままムエルニさんの元に歩き始めた。
「さて、それじゃあムエルニ。あなたの処遇を決めましょう」
リーシャ様の指はムエルニの背中を這うように動く。
「っ!」
ムエルニさんはビクっとして肩を震わす。
顔を上げられず縮こまっている。
イカサマがバレた事や負けた恐怖からか、顔を見られないと言ったほうが正解だろうか。
まるで子供が親に怒られ縮こまっている。そんな風にあたしには見えた。
「あの、リーシャ様。ムエルニさんの処遇なんですが、取りやめて貰ってもいいでしょうか?」
「どうしてかしら? イカサマを見抜かれた時点で彼女はギャンブラーとして失格でもあるの。それに彼女自身自ら二人を相手にして倒すって宣言したのよ」
あたしを見るリーシャ様の目が冷たい。
背中がゾクリと震わす。
答えなくちゃ、そうじゃなきゃいたたまれなくなる気がするから。
「そうかもしれません。けど……」
どうしよう。
リーシャ様は本気でムエルニさんをどう裁くか考えてる。
あ、そうだ。こうすれば――あたしの中で閃きが走る。
「あの、ユエルが勝てたから職員になるのはわかります。だけどムエルニさんはまだあたしには負けていません。つまりは痛み分けという事で今回は互いに勝てたから、ユエルは職員にムエルニさんは降格せずって事はどうでしょう」
これなら問題ない。三者の対立があるから問題ないはず。
――バンッ!
そう強く台を叩く者が一人。
ムエルニさんだ。
「馬鹿にしないで! 私はリーシャ様の顔に泥を塗った! 期待に応えなかった! もしリーシャ様に死ねと言われれば私は死ぬし。消えろと言われれば私は消えるっ!」
あたしの提案を拒絶する。
自尊心を傷つけてしまったのだろうか。
だけど、これ以上どう収まるかをあたしは考えつかない。
「そうね。今のままだとギルド内にいる一般職員にも、見ていた客や貴族からも納得しないわね。なら、日を改めてムエルニとフェル。あなたたちの再戦を行いましょうか」
「再戦?」
「ゲームは今回、行われたサーティーンズ・デス。台は変更して不正ができないようにしましょう。そしてフェル、あなたが勝てばユエルとともにギルドに正式に入団。そしてムエルニは負ければ降格。ムエルニ、名誉挽回のチャンスをあなたはものに出来るかしら?」
「はいできます!」
先ほどの縮こまった様子はない、代わりに負けじとばかりの強気。
鬼の形相であたしを睨みつけ、気迫で周囲の貴族や護衛者の人達を黙らせる。
そんな中、一人恐る恐る手を挙げる。
ユエルだ。
「何かしら?」
「あの……自分って入団するって事になったと思っていいんでしょうか?」
リーシャ様は頷いた。
「そうね。あなたはこのギャンブルで宣言通りに勝利を手にしたのだから、入団を許可しましょう」
誰もがリーシャ様の言葉に納得する。
実際、最後に勝ち上がったのはユエルなのだから。
「いえ、あのその……自分はまだ保留……したいなって」
「……どうしてかしら? 理由を訊いても?」
あたしもユエルがどうして急に保留になったのか知りたい。
あれだけ家族の為に頑張ったのに……。
「自分、まだ勝ててないんですよ。いや、勝てたには勝てた。ただまだ勝ててないというか。実際あの時、フェルに勝ちを譲ってもらったのを拾っただけ勝利をつかんだのに納得しません」
「ふぅん」
リーシャ様は興味深そうに言う。
「ならあなたもこの子と同じように再戦を希望と言う事ね」
「いえ、再戦はしません。したらまた同じことになりそうで。だから」
ユエルは顔をあたしに向け、手を差し出す。
「自分はフェルに賭けます!」
表情は満面な笑みを浮かべ、自信満々にそう宣言した。
「そう、つまりフェル・ラグンダルトとムエルニの一騎打ちで、彼女が勝てば入団するって事ね」
「はいっす!」
元気に答える。
あたしとムエルニさんの一騎打ちがこの場で決まった。
次はユエルの希望を背負って、負けるわけにはいかなくなった。
「では本日のメインイベントはここまで。日程が決まり次第、使いの者を寄こすわね」
鶴の一声、言い終えると各々歓談。談笑。
こちらに来ると言うよりもリーシャに様向かい話す貴族達。
誰もあたし達には見向きもしない様子。
そのままあたしとユエルはセブンズミラーの建物外へと出ていく。
建物から出ていく途中、好奇の目で見る者が多くいたにはいた。が、あたしもユエルも気には止めなかった。
と言うよりもそれ以上に鬱陶しい存在が近くにいるからだ。
「いやー、面白かったぜ。お前たちのギャンブル。やっぱ俺様が見立てた通りだったぜ」
近づく者みなライネスが睨みつけるため閑散とする。
ライネスは体格、性格、見た目、そして知名度の全てが高圧的なためむしろ近づく者はほとんどいないだろう。あたし達を除けば。
「そうですよ。フェルはすごいんですから! それにあんなイカサマ見つける知識もありますし。尊敬しますよ!」
「たまたまだよ。あれだって知り合いになった商人の人に教えてもらえただけだし。それにあくまであのジョーカーのみだったのが運が良かっただけだよ」
ユエルに褒められるのがなんだかむずがゆく、小っ恥ずかしい気持ちになる。
「謙遜しないでくださいよ。あの度胸と気迫。自分には無理ですよ」
目をキラキラさせながらあたしの事を語るユエルは生き生きとしていた。
逆にあたしはユエルの中で大きな存在になっている事に気恥ずかしさを感じる。
「てかもう真っ暗ですね。夜とはたまげました」
ユエルの言う通り建物を出ると外は夜になっていた。
入った時はまだ明るいと思っていたけど、意外と時間が経っていた。
周囲を見回してみると、煌びやかな光を放ち、まるで別世界に来たかのよう。
「ところでお前たちどこで寝てるんだ?」
あたしは泊まっている宿の事を言う。
「あそこか、なら安心だな」
「知り合いなの?」
「あそこの亭主とはちょっとな。逆によくそんな所へ泊れたな」
「ここに来るときに案内されてね」
「そっか、なら感謝しろよ。んでユエル、お前はどうなんだよ」
「あー、自分は別の宿があるから大丈夫。明日フェルの泊まっている宿に行きます」
そう言い残し急ぎ足でユエルは去ろうとするが、あたしはユエルの腕を掴んだ。
「あたしはもっとユエルと話したい。せっかく友達になったんだし」
「けど、このあと予定が」
予定なら仕方がないのかな。
そう思い手を離そうとすると、逃さんとばかりにライネスがあたしとユエルの肩を掴む。
「あー! ケチケチすんじゃねえよ! いいじゃねえか今日ぐらい。予定なんて後回しだ、祝勝会するぞ!」
「祝勝会って、まだ勝ったわけじゃ。それに今回は保留なわけで」
「ムエルニ相手にあそこまでやりあったんだ。とにかく酒だ。さっさと行くぞ」
ライネスがあたし達を引っ張る。
酒飲みたいだけじゃ……。
まあいいか、三人でワイワイとするのも楽しそう。
この時あたしはユエルがなぜ離れたかったのかなどの理由は気づけないでいた。
宿へと着くと、ライネスは勢いよくドアを開けた。
一階は食事処となっているためか、数台あるテーブルは何ヶ所か客で埋まっていた。
ライネスの登場で客はざわつく。
そんなライネスは気にする様子もなく席に座った。
「ようマスター。くたばってないようだな」
「お前……ライネスか?」
近くにいた宿の主人がこちらを見る。
「どうしてここに」
「なに、こいつの祝勝会をしようと思ってな」
「お嬢ちゃんはファステールが連れて来たのはまだ理解するが……」
「ライネスお前まさか無理やり連れて来たんじゃないだろうな?」
ライネスはガハハと笑い店主の肩を強く叩いた。
店主は痛そうに肩を抑えた。
「改めて聞くが二人とも未成年じゃないよな?」
「冒険者組合に登録できてるからこいつら立派な成人だ。と言うわけだ、とりあえず三人分の酒くれ。酒ってお前たちもそんな所に突っ立てないで座れよ」
あたしとユエルは言われたまま席に座る。
少しして木のジョッキ酒が三つ置かれる。
ライネスはそのまま口の中に勢いよく飲み始めた。
「あたしお酒って初めてかも」
「自分は何度か飲んだことありますが味はあんまり好きじゃないですね。けど酔った時の感覚と雰囲気は好きですよ」
宿でお手伝いしていたとき、泊まっていた客が飲んでいたっけ。
みんな楽しそうにしているのを思い出した。
「二人してなに飲まずに喋ってんだよ。早く飲めって、ここの酒は中々いけるぞ」
「そうだね。飲んでみようかな」
「おお、いけいけ!」
あたしは一口、飲んでみた。
喉にシュワっとした感覚が残り、舌には少し苦味が広がる。それでも何故かすっきりする。
二口目、三口目と続くように飲み込んで、台の上に置いたジョッキは空になった。
そんな飲みっぷりにピューと口笛を吹くライネス。
「良いのみっぷり。親父追加で酒持ってこい!」
「だ、大丈夫ですか?」
心配するようにこちらの様子を見に来るユエル。
何だか気持ちが軽くなるのか無性にユエルに触りたくなる。
「じょーぶ、じょーぶ。あたしは、へーきへーき」
「ちょ、本当に平気ですか」
あたしの言葉に照れるようにユエルが少しもじもじする。
可愛い。
「それにしてもユエル可愛いね~」
あたしはユエルの顔を引き寄せ、頭を撫でた。
ユエルは嫌がる素振りもみせず無抵抗でされるがまま。
再び酒が入ったジョッキが置かれるとあたしは勢いよく飲み干した、と思う。
そこからは意識が遠のいてく感覚があったからだ。
気持ちいい……このままずっと……。
「ここは?」
目を覚ましたら、あたしはベッドの上だった。
床には鞄が置かれていたので、ここは宿の一室だろう。
昨日の事は少しだけ覚えている。
何杯かお酒を飲んで、それから何かゲームをしたような?
「よく覚えてないや」
仕方がないと思い、あたしはそのまま扉を開け一階に降りる。
すると見慣れぬ強面の男の人達があたしを見つけると、即座に目の前に列をなして現れた。
硬直する。
女性はあたし一人だ。
宿の主人もライネスも見当たらない。
襲われたら助けてくれる人は、いない。
『姉さん、おはようございます!』
「え?」
一階へ降りた途端、地鳴りのような太い声が響いた。
思わず間の抜けた声を上げた。
見れば、昨日まであたしを値踏みしていた屈強な男達が、宿の壁際にずらりと整列して頭を下げている。
「え……あ、おはよう、ございます……?」
混乱するあたしの前に、一人の男が進み出た。
「昨夜は失礼いたしました! まさかこれほどの手練れとは知らず……。あのライネスをポーカーで半泣きにさせたお姿、一生忘れやせん! 姉さんはまさに天性の才能と言うべきか」
「あ、あのどう言う事でしょうか?」
「あれ? 姉さん覚えてませんか? ここで昨日ポーカー勝負をしたって言うのは」
昨日の事、確かに何かしたって言うのは覚えているが……。
それがまさかギャンブルとは。
けどそれで、何であたしがこんなに慕われるように?
「それにしてもすごかったですよ。百人抜き。不動の強さ。ご友人のタニアさんが止めに入らなきゃ、俺たち今ごろパンツ一枚で放り出されるところでしたってあれ? またお休みですか?」
あたしは無言で階段を駆け上がり、部屋に飛び込んで鍵を閉めた。
へたり込むようにその場に座った。
何それ……。
あんな話を聞いて頭が混乱する。
昨日のあたしは何したのよ、そう思いつつ頭を悩ませるのであった。




