10話 崇拝者(ムエルニ)の疑念と、再会の扉
入口の看板には“セブンズミラー”の文字が掲げられていた。
ここがサリエント様の店。
「バニーハウスって店とは違って何か大きい建物ですね」
「うん、けどセブンズミラーってサリエント様が経営している店なんでしょ? ライネス」
「ああ」
「なら何でこんなにみすぼらしい……んだろ?」
あたしは思わずそんな事を言った。
目の前にある建物は、広く大きくはあるものの、派手さもなく古びた印象を受けた。
「フェル、みすぼらしいんですか?」
あたしは建物の壁を触る。
「建物を作る素材は“木”と“コンクリート”の二つ。細かく言えば“加工”が付く三つ。例えば、一般家屋が修理の手間な木、そして一部の店もその部類に入るの。」
「王都の道中で見る建物はそのどっちかってわけですね」
「うん、あたしの村では水、砂、砂利を混ぜ合わせた、コンクリートもあったけど木もマチマチかな」
「へぇそうなんですね。なら三つ目の加工ってのは?」
「高い宿、重要施設、城かな。見た目を考慮して木は使わず、いくつもの地形で集めた金属や魔法石などを細かくした砂と魔法処理で作った水を組み合わせて固めた物を使う。そうすれば耐久性もあがり、修復する際には隙間に埋まり楽に直せるからと聞いた事がある」
しかしこの三つには資金力という大きな問題がある。
材質に種類はあるものの、木は近くから伐採すれば良いので安上がり。だけど、魔法石で加工したコンクリートは入手から加工まで手間暇かかる分、運搬費など金もかかるらしい。
この建物では木ではなく後者の魔法石を混ぜ込んだコンクリートを使っているんだろうけど、人が集める施設なら外見も派手さがありそうなのに、とてもじゃないが他と比べるとみすぼらしい建物とも言える。
「さあな。ただ外見で派手にしなくても一応公式なカジノ店。客は寄って来る」
確かにカジノだ。
あたしが聞きかじった情報を垂れ流しても関係ないか。
「まあここは他と違う特殊な事情はあるが。今も客が入って行ってるしお前たちも実際に中を見てみたらわかるぞ」
建物の中に吸い込まれるように入る人。
冒険者らしい身なり、そして貴族ぽい豪華な服の人など。
ライネスは扉を開け中に入る。
あのバニーハウスとは違う雰囲気を外見からでも分かる。
あたし達も続くように入った。
「わぁ……」
あたしは思わず声を上げてしまった。
中に入った瞬間、景色が変わる。
「中も外見以上にボロっちいんじゃないかと思っていたら、案外まともですね」
ユエルがキョロキョロと見回している。
「ここからでも複数の台が見えますね。ルーレット。向こうではブラックジャック。あれはポーカーなんでしょうかね? フェル」
聞きなれない単語ばかりが飛び出してきた。
ただポーカーだけはどこかで聞いたことあるような……。
「色んな遊びがあるんだね」
視界から写る豪華さと未だ処理しきれていない情報から、あたしは思考を一時停止した。
……まあ、カジノ店なんだからそれに使用する遊びなのだろう。うん。
そんな事を考えているとライネスが立ち止まったのに気づかずぶつかった。
鼻を押さえつつ前を見ると、いつの間にか複数人あたし達というよりもライネスの前に立ちふさがる。
「なんで止まるの」
ライネスに問いただすと、なにやら複数人がライネスの前にいるのに気が付く。
恐る恐る隙間から覗き見ると、全員同一の正装を身にまとっている所から、ここの従業員だというのが分かる。
「あの……ライネス様……武器の持ち込みは受付にて……」
「俺様に武器を取り上げるってのか?」
ライネスの声が低くなる。
「いえそんな事は……しかしここでの決まりでは……」
ライネスの睨みに怯える従業員。
この時点で立場的にライネスのほう上なのがみてとれた。
そんなやり取りをしている最中、コツコツと足音と立てこちらに近づく。
「全く」
女性……いや少女の声が聞こえた。
「ライネスはここをどこだとお思いかしら」
あたしとユエルはライネスの隙間から無理やり前に出て声の持主を見た。
するどい眼差しがこちらを見つめる1人の少女。
「リーシャ・ウーナ・サリエント様が経営するカジノ店。カジノするにしても似合わない、そして場所に似つかわしくもない物を持ち込むとか常識がなさすぎですの」
ツインテールに結んだピンクの髪色。言葉遣いと同じように気の強そうな釣り目。背はあたしとそう変わらないだろうか、髪色と同じ綺麗なピンクのドレスを身にまとっていた。
気の強そうだが、見た目のせいかとても可愛らしく人、そしてとても綺麗な子と印象を受けた。
少女の邪魔にならないように従業員達は道を譲るように開けた。
「なんですかね。なんですかね」
ユエルが興奮気味に言う。
「フェルと同じでとても可愛い子が出てきましたよ。頭撫でたい。高い高いしたい。あの可愛い頬をムニムニして抱きしめたい!」
「そこ、うるさい!」
逆鱗に触れたのか、トランプを数十枚空中に浮遊させるとあたし達の足元に刺さる。
あたしには1枚、ユエルには10枚、ライネスには残り全てが。
「それに馬鹿にするならこの場から出て行って下さる?」
「相変わらず操作は上手いな。それにさ、いいじゃないかムニムニ」
ライネスはガハハと笑いながら、ムニムニと呼ばれる少女の頭を撫でる。
少女は怒ったように手を払いのけ駄々をこねる子供のように地団駄を踏む。
「ライネスまた馬鹿にして、私はムニムニじゃないですの!」
「ムニムニじゃないんだ。一瞬、自分が言ったことが正解だと思いましたよ」
「私の名前はム・エ・ル・ニ! ライネスは何回間違えれば気が済むのかしら! そしてそこも間違えるな!」
子供っぽい見た目に対して気迫がすごい。
「悪かったって」ライネスはそう言いながらあたし達を見る。
「そういやこいつを紹介するの忘れてたわ。俺様と同じセブンズミラーの一人ムエルニ。ここの管理を任されてる奴だ」
ということは彼女、ムエルニさんもここの幹部ってこと!?
あれ? ということはライネスも幹部だったりするの?
「つまりライネスは幹部なの?」
「なんだユエル言ってなかったか?」
「言ってないって。ねえフェル」
「う、うん」
あたしはコクりと頷く。
「そうか、まあそんな事はどうでもいいじゃねえか。んでリーシャはいるのか?」
「ええ、おりますの……して、そちらの方たちは?」
ムエルニさんの視線があたし達に向けられる。
鋭い視線、ライネス同じような威圧感がある。
「ああ、こいつらはフェル・ラグンダルト。と……あー、えー……ちび助だ」
「誰がちび助っすか! 自分の名前はユエル・タニア! というよりもユエルって名前聞いてたよね」
ユエルは怒りをあらわにしてぶんぶん腕を振り回すも、ライネスは片手でユエルの頭を押さえ制止する。
まるで大人と子供だ。
「すまんすまん。んでこのフェルはリーシャに気に入られた奴だ」
「え?」
ムエルニさんの目が見開かれる。
「嘘でしょ。リーシャ様に気に入られたって、何かの冗談?」
「嘘じゃないぜ。フェル、あの名刺見せてやれ」
「えっと……これを渡されました」
サリエント様から貰った名刺を見せると、食い入るように見つめた。
「……嘘」と小さく呟いてから、あたしの事を睨みつける。
「あなた、この名刺をいつ頂きましたの?」
「えと、昨日……かな」
「は? ありえない、ありえない、ありえない、ありえない! 私でさえ気に入られてここに入るまで長い年月かかったのに。こんなちびに、ちびにぃ! リーシャ様に気に入られるなんて嘘!」
そのまま勢いよく掴みかかってきそうなムエルニさんを、ライネスがあたしのように掴み持ち上げた。
「名刺は確かに本物だ。俺様もこいつ、フェルと勝負を挑んで負けたから実力はあると思っている」
あたし達を見ていた客も従業員もざわつく。
「ライネス、あなたは正直頭の悪い馬鹿ではあるけど、私と同じようにリーシャ様に認められてる以上実力は本物。そんなあなたが負けたって本当?」
掴み上げられながらも罵倒し始めた。
「馬鹿にされてるのは気に入らんが、本当だ。だから俺様がここに連れてきた」
ライネスの腕を無理やり外すと、地面に降り立つ。
そのままドレスを整えたあとギロリとあたしに視線を向けた。
「……あなた、フェルって言ったかしら。ライネスにはどんなイカサマを? そしてどんな風にリーシャ様に取り入ったのか答えなさい!」
イカサマと言われ、あたしの中で少しムカっとした。
あの時、あの人が言ったあの言葉は、あたしの評価の真実。それを無下にされた。
それにライネスとの一戦を見てないからこうも言えるんだ。
「どちらもイカサマなんてしてない!」
思わず声を荒げてしまった。
すぐ反省するように一度、自身を落ち着かせる。
「あたしは、この人に運良く勝てただけ。あの名刺ももらえたのもたまたま運が良かっただけ」
「運?」
ムエルニさんは鼻で笑う。
「嘘よ。あなたみたいなちっぽけな人があの人が!」
頭に血が上るのが分かる。
ユエルがあたし達の間に割り入った。
「フェルもムエルニも勘違いしてます! 確かに運も入っていたかもしれないですけど、フェルは自分の目から見ても実力で勝ち取ったんですよ! ライネスとの勝負も勝ったし、そんなイカサマなんてするわけがない!」
「ユエル……ありがとう……」
沸騰していたあたしの感情はユエルの言葉によって冷静さを取り戻していく。
そして擁護してくれたユエルに対してあたしは感動を覚えた。
「気に入らない……私は気に入らない。私は私はどれだけ苦労してあの人に……勝負よ!」
「勝負?」
「ええ、これから行うゲームで私に勝てば認めてあげる」
……困った。
あたしは一刻も早くサリエント様に会ってマヤ姉の事を聞きたいのに。
「おいおい、それってリーシャを信用してないって事だよなあムエルニ」
「ライネス、なにをっ!」
「だって俺様とかならまだしもお前はリーシャを崇拝してるはずなのに、リーシャから貰ったあの名刺をお前は疑うわけだ。つまりお前はリーシャを信用してないんじゃないか」
「なっ! ちがっ……」
ムエルニは苦虫を噛み潰したような表情をする。
「……ついて……きなさい」
彼女は複数あるうちの一つの扉を開けると、上へと続く階段が現れ足を踏み入れる。
あたし達も続くように階段を上る。
「ありがとう、ユエル、ライネス」
「いえいえ、当然の事をしたまでですよ」
「まあそうだな。あいつに絡まれるとめんどくさいしこうするほうが手っ取り早いだけだ」
「うんうん」と同意するようにユエルは頷く。
そのままライネスの肩をポンポンと叩いた。
「ライネスはあの子と同期っぽいので、ここでしっかりと自分とフェルを案内しなくちゃ」
「それよりもタニアさんよー」
「なに?」
「お前、何で周りにはそんな丁寧なのに俺様だけ生意気な喋り方なんだよ。まあいいが」
「いやー、なんでだろう。」
自分でも差も不思議そうにしながらユエルは首を傾げた。
「自分、なんだかライネスとは気がある気がするんだよね。もちろんフェルとも気が合います」
前を歩くムエルニは立ち止まり振り向き、あたし達に指をさした。
あ、苛立ってる。
表情から明らか怒っているのが手に取るようにわかる。
「そこの三匹うるさい。黙りなさい! この扉の向こうにリーシャ様がおりますの。静かにして下さるかしら」
ムエルニは落ち着かせるように深呼吸をすると、ドアを叩いた。
もうすぐサリエント様に会えるんだ。そう思うとあたしの胸は高鳴っていた。
扉が開き中に入ると、一目見て受けた印象は古びた書斎。
というよりも談話室なのだろうか、テーブルに囲う七つの椅子。複数のソファー。
棚には複数の本が並び、一冊一冊が相当な価値のある代物だと見てとれた。
テーブルの一番奥、一人のティーカップを持つ女性が座っていた。
あの時と変わらない。
青い透き通るような髪。猫のような大きな瞳。魅了されるようなその表情。
一挙一動、目が離せない。
「サリエント様……」
小さく呟いた。
サリエント様があたしを見た。




